第75話

ベラルーシ ミンスク


ベラルーシの首都、ミンスクにはいわゆる西部戦線を統括する司令部が置かれていた。


主にベラルーシとウクライナ、バルト3国の防衛する任務を持っており、それらの軍隊とロシアの西部配備の部隊を指揮下に置いている。


「作戦開始まで12分か」


司令部内でも、空軍士官たちは特に緊張に包まれていた。


大量の敵軍の第一陣。これまで少数かつ散発的に投入されてきた浮遊する帆船の小集団と異なり、異なり、大量の黒煙を吐き出して動く大量の鋼鉄船がこちらにやってきている。


恐らくはスチームーか、機械文明圏が基になって構成されている戦力だろう。比較的近代的な装備を有するこれらの国家の戦力は危険視されており、もし上陸されれば多少の損害を負うことになりかねない。


ユーラシア大陸の西側に居を構える機械文明の戦力の多くは、地理的にそちらへ向かうと予想された。


これらの敵軍に対し、ウクライナとベラルーシの空軍を中核として、それにロシア空軍の爆撃機部隊のいくつかを加えた戦力でもって最初の攻撃を行う予定だ。


そののちに、各種海軍艦艇の行動範囲に入り次第、それぞれが攻撃を開始する予定である。無論、空軍は弾薬が底をつきない限りずっと爆撃を続ける。


仮に沿岸部にまで到達されれば、短距離弾道ミサイルとK-300PバスチオンやR-360 ネプチューン等の地対艦ミサイルによる攻撃ののち、射程に入り次第各種火砲、ロケット砲による射撃で殲滅することとなっている。


それでも上陸された場合は、通常の陸戦でもって敵軍を粉砕、殲滅するという計画だ。


「弾薬備蓄は正直心もとない所がある。効率的に殺していかなきゃならんな」


「あちこちで作ってるらしいが、倉庫に入りきらないぐらいは欲しいからな。億単位の敵相手には、特に」


5億という予想兵力。これも所詮予想でしかなく、場合によっては更に増えるかもしれない。


備蓄弾薬・装備は転移以前と比べて増えてはいるものの、その数は備蓄の絶頂期といえる冷戦期と比べればまだまだ小さいものであり、冷戦期に想定されていた「第3次世界大戦」で使われるであろう「人間」を上回る数を相手にするというのに、これだけの備蓄というのは心配であった。


「どちらにしろ、どう転ぶかはやってみなければわからん」


多くの人々が心臓の鼓動を早くする中、時計は刻一刻と迫るその時を表していた。



大西洋


そこにフランスやイギリス、スペインと言った隣接国が居なくなっても、事務上の、または新たな名前を作る余裕がなかったという理由から地球圏の人々にそう呼ばれ続けていたこの海域に、数千の鋼鉄艦船がいた。


その船を動かしている人々は、虚ろ目で、声を発することなく、ただ手と足を動かしていた。本来、船を動かすために必須の各部門のリーダーと艦長をはじめとした指導者はいないにも関わらず、不気味なほどに整った動きのもとで完璧に稼働する艦隊は、一路ユーラシア大陸を目指していた。



ボォォォ・・・ボアァン!!



多数のミグやスホーイが放ったKh-35をはじめとするASMが次々に着弾し、大型艦から順に海の底へと沈んでいく。


「なんて数だ。あんだけミサイルを打ったのに、全く減った気がしない」


「こりゃ、機体が故障するまでは休めそうにないな」


数が多すぎてレーダー上で重複して表示されている程である。1回や2回の出撃では終わらないだろう。


昼夜を問わず、骨董品だろうが最新だろうが関係なく打ち込み続ける。着実に数は減って行くが、それでも航空戦力だけではすり減らしきれない。


ついにウクライナ海軍を中心とする大西洋方面艦隊の作戦半径に侵入していく。


ウクライナ海軍は主に海賊対策と黒海海域におけるロシアとのイニシアティブ競争のため、旧ソ連構成国各国及び異世界黒海との貿易による急速な経済発展えお背景に積極的に拡張が行われた。


旧ソ連の残しものである未完成のスラヴァ巡洋艦1隻を完成させたのを皮切りに、比較的大型のフリゲートとコルベットを多数就役させている。


これらウクライナ海軍に、小規模なベラルーシ海軍と、ウクライナ海軍との競争で増強されているロシア黒海艦隊を加えた戦力でもって大西洋での戦いに挑む。


その戦力はスラヴァ級2隻を中核にフリゲート20隻以上、コルベット多数、そして30隻以上の各種潜水艦となっている。


潜水艦は既にピケットラインで戦闘を開始して以降、弾薬や燃料が減り始めた艦が補給で戻り、それ以外は現在も高価値目標に対して攻撃を続けている。


本隊に随伴しているのは補給のため、港に戻っていた艦だ。


「艦長、レーダー上で目標を捕捉。目標数は増え続けています」


「あれだけの数相手に我々はこんなちっぽけな戦力で挑むわけだが・・・各武装はいつでも使用できるな?」


「ええ」


「なら安心だ。予定ではそろそろロシアのスラヴァ級からP-1000が発射される筈だが・・・」



ボォバァァァァァァ・・・!



ロシア海軍のスラヴァ級の特徴的なミサイルランチャーからP-1000 ヴルガーン超音速ミサイルが発射される。


マッハ2以上のスピードで飛翔し、500kgにもなる弾頭を有している。


16発のヴルガーンが空へと向かっていく。


大西洋海戦が始まった。



アメリカ合衆国 ペンタゴン


「こちらにもユーラシア側のような連中がやって来ています」


「あちらと違ってクリッパー船のようなものですが。数はあちらより更に多いです」


「こっちにも来たか・・・クリッパー船ということは帆船だから時間的な余裕は結構あるな」


ユーラシアとうって変わって、散発的な浮遊帆船の小艦隊のみが来ているだけだった東海岸の接する旧大西洋・・・東方海にも遂に敵の姿が現れる。


「すぐに対処に移るべきだな」


アメリカ軍は転移によって多数の戦力を失っていたが、幾らかは回復にこぎつけており、またカナダとメキシコも軍事力を大きく増大させている。


十分乗り切れる算段があった。迎撃手順はユーラシア側とさして変わらないが、数だけはあちらよりも多い。より効率的な殺傷が要求されるだろう。



カナダ 某地


転移後、研究者たちが励んだこの異世界がどう言ったものかを解明する研究に、1つの区切りがついていた。


研究者らが出したこの異世界の成り立ちというのは、何者かによって意図的に作られたというものであった。


あまりにも構造がいびつなこの世界の人々と物質がなぜ状態を維持できたのか。


その結論は外部から無理やり維持が行われていたというものだ。精霊と呼ばれるものはその中継システムであり、魔素はいびつで不安定な部分をどうにかこうにか埋めようとして誕生したものだと考えられた。


ではその外部とは何か。例の『声』を発した存在であるとみられているが、あれがどのような生命体かは全くもってわかっていない。


少なくとも、奴はろくでもない感性とそんなやつに持たせてはいけない技術力、または能力を持っている。


また、異世界人が凶暴化した原因も判明した。


体重が21g減っていたのだ。


たびたび地球で話題になっていた魂の重さというものだが、地球人類に対しては殆んど否定されており、単なるフィクションのネタになっている。


しかし、当時のでたらめな設備ではなく、最新の遥かに優れた繊細な機器で計ったにもかかわらず、異世界人の死体は確かに21gの減少が確認された。


これらの事実を解釈する仮説として、多くの研究者の賛同を得たのは、「精神代替仮説」と呼ばれるものである。


この世界の人々が極めて多くの欠陥といびつな構造に仕上がった結果、地球人類と違い、意識と精神が構築されることなく、ただのたんぱく質と水の固まりになってしまった。


例の『声』を発した生命体は、近年のゲームにおけるキャラクターの行動を決定するプログラム、俗にAIとか、CPUとか呼ばれているものと同様の役割を果たす「魂」を作ったという仮説が、「精神代替仮説」だ。


無論、ゲームのAIに比べれ、遥かに高度で複雑な設計で、かつ人間として動くようになっている筈だ。


この仮説を真実とすると、現在の異世界人の動きも説明がつく。


つい以前まではAIがあれだこれだ色々と考慮して行動を決めていたが、操作するものがプレイヤー、つまり例の生命体へと変更されたわけだ。


『声』の内容からして、彼らは地球圏各国に何らかの役割を勝手に期待してこの世界に転移させたのだろう。


全くもって迷惑な話だ。連中は相手の話を聞かないバカに違いない、そう多くの研究者は思った。

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