第74話

アメリカ合衆国 ペンタゴン


「大西洋艦隊の潜水艦が戦闘に突入しました」


「ついに始まったか!」


大西洋で戦闘が始まったことは、すぐにペンタゴンに伝えられた。


緊張した雰囲気が続いていた合衆国全体は事が始まったことにより、慌ただしくその巨大な官僚システムは戦争体制を維持するために動き始めた。


各地の重工業に武器、弾薬、それらの生産に必要な材料の金属、化学物質の生産が命じられ、昼夜を問わず交代しながら膨大な物資が工場から吐き出される。


特に両大陸の軍隊で不足しているのは弾薬だ。アメリカは全面戦争に耐えうる弾薬備蓄を持っておらず、比較的備蓄のあるロシア等も、長期間かつこれほど広範囲をカバーできるほどではない。


ミサイルを始めとする精密誘導兵器はもっと深刻だ。製造には高い技術と時間を要求する精密誘導兵器はひたすら生産規模の拡大によってしか需要を満たすことができない。


生産管理は官僚機構の仕事だ。何か1つでも物資が足りないと言われれば、、それは敗北への第一歩となりかねないミスである。


「ミサイルは週間使用量の2倍が目標だ。工場を強引にでも増やせなければならない」


「ラストベルトにはまだ空き地があるだろう。どんどん接収して工場建設用地にするんだ」


アメリカの生産力は大器晩成型と言える。膨大な生産力を軍需生産に割り振るまでが遅いのだ。二次大戦の時も、参戦した1941年のアメリカは以前から徐々に軍需生産を高めていたものの、全く持って生産体制が整っておらず、かの有名な戦車であるM4シャーマンは採用自体は1941年であるにもかかわらず、本格的な生産開始は42年である。


現代と当時では多少条件が変わるだろうが、戦争体制に移るまで多少時間がかかることは同じだ。その間に、今ある生産力だけでどれだけ必要なものを備蓄できるかが重要である。


アメリカという国家は戦争に向けて前進を続けた。



タジキスタン ドゥシャンベ


国連中央アジア軍の司令部が置かれるドゥシャンベでは、将官たちは緊張した雰囲気の中で仕事をこなしていた。


中央アジア方面に割り振られたリソースはお世辞にも多いとは言えない。かつてイランやアフガニスタンとの国境だった場所は断崖絶壁であり、上陸される危険性が低いこと、人口密集地帯が沿岸部から離れており、大きな防御縦深を確保できる事などから、より危険であると判断された極東ロシアやヨーロッパ方面にリソースが注がれている。


とはいえ、カザフスタンをはじめとして旧ソ連の軍事基盤を受け継いでおり、各国ともそれなりの戦力を持っているし、戦争体制に入って動員が進んでいる。


それに、いざとなればヨーロッパ方面や極東ロシア方面の予備戦力が転移してから数年間もかけて建設されたした鉄道網と空港を利用して駆けつけることになっている。


「水中に影?」


「偵察衛星の写真に紛れ込んでいたそうだ」


「潜水艦の網を抜けた奴らが要るかもしれないから確認しろと、そういうことか」


中央アジア軍はロシアでA-42によって代替されて退役し、中央アジア諸国で海賊対策に導入された哨戒機であるBe-12とIl-38を当該海域周辺に派遣したものの、特にそれといったものを見つけられず、警戒はするものの、大したものではないと放置された。


しかし、数日後にこの影は大事件を引き起こすことになる。


「戦車大隊、怪物の進路予想地点に到着。指示を待つ」


『2時間後に怪物がその地点に出現する。カモフラージュを行いつつ、現れたら各自の判断で攻撃。叩き潰せ』


「了解」


例の影は形容しがたい形をした、キメラとも言うべき怪物であった。


3階建ての建築物に匹敵する大きさであり、カスピ海の沿岸から上陸すると、そのまま東進しようとしている。


現地住民による報告と、航空偵察によって監視が行われ、近くの重武装部隊が呼び出された。


幸運にも進路上に付近に民間人の居ない地帯があり、そこで待ち伏せ攻撃が行われることとなった。


戦車と砲兵が展開し、既に空軍も周辺空域に展開している。


「2時の方向、目標発見!」


「なんじゃあれは、よくわからん形をしおって・・・どこがどういう器官かすらよくわからんな」


「どうします?」


「もちろん攻撃だ」



ダァン!ダァン!ダァン!



短い時間で巧妙にカモフラージュされたT-72から放たれたAPFSDSが次々に命中する。怪物の動きはそう素早くなく、簡単に当たっていく。


やがて砲兵の射撃と空爆が始まると、ダメージが蓄積していった怪物は倒れ、沈黙した。


「倒した・・・のか?」


「まだ息があるかもしれん。慎重に近づけ」


戦車隊が接近し、生死を確認する。機銃で攻撃してみたり、車体をぶつけてみたりと反応がないかを見る。


「反応がない・・・サーマルからの眺めはどうだ?」


「温度が急速に低下してます。どうやら殺したみたいですよ」


「思ったよりも簡単に死んだな・・・こういうのはゾンビみたいにしぶといやつだと思ってたが」


怪物自体は簡単に排除できたが、それとは別に軍上層部は大きな衝撃を受けた。回収された死体を調査した結果、怪物は冷戦初期頃の潜水艦並みの耐圧能力があり、それによって水上目標と航空目標を主に警戒し、浅深度にいた潜水艦の警戒網をすり抜けたのだ。


「潜水艦を深い深度にまで行かせる余裕はないぞ」


「機雷を使うのはどうでしょう。機雷のシステムを多少いじってやれば対応できるでしょう」

「哨戒機も使いましょう。例の影は怪物のものであった可能性が高いです。潜水艦の負担を軽減する事につながるでしょう」


すぐに新たな脅威に対して対策が講じられ、実行に移されていった。アメリカ大陸側では以前から行っていたモスボール航空機の再生を加速させ、哨戒機を増派、ユーラシア大陸側では無人機と新型哨戒機の生産が加速されていった。



旧スチームー帝国 グラムビット


生気を失った目をした労働者たちがのそりのそりと移動し、生産活動に従事する。以前のような活気にあふれた様子はなく、常に的確に指示を出し続けていた現場監督の姿もない。


うつろな目だが、以前は存在した業務時間が取り払われ、永遠ともいえる時間の間の労働は莫大な戦力を生み出していた。


数えきれないほど並べられた大砲、地平線のかなたにまで見える艦船の集合体、そして労働者と同じくうつろな目で更新して揚陸艦へ乗り込んでいく兵士たち。


その異常な光景は全世界で繰り広げられていた。ここスチームーでは機械文明の鉄と蒸気が鼓動する巨大な軍隊がつくられ、第一魔術文明圏では膨大な魔力が使われたファンタジックな浮遊艦隊がつくられている。


20億の人口全てが地球圏をつぶすためだけに動いていた。


「あまりにも奇妙な光景だ。船、船、船。そして兵器と兵器と兵器」



「さらに兵士と兵士と兵士。二次大戦の時も見たことない規模だぞ」


異世界側に位置している人工衛星から送られて来ている情報をFSBやCIAの職員たちは嫌味を吐きつつ、その莫大な敵戦力にあきれていた。


「文字通り全人口を利用して戦力拡大をしているらしいな。それに・・・」


「例の怪物の事だろ?どうやら、この資料によれば、各地の魔物の動きが極めて秩序だったものになっているそうだ」


「ああ、なるほど、つまりあの気持ち悪いキメラはそういうことか」


各地の魔物は幾つかの地点に向かって一斉に移動している姿が撮影できている。例の怪物はこの魔物が集合し、形成されたものということだ。


「しかし、結局俺たちに奴らをけしかけているのは一対何なんだ?」


「例の『声』を発した奴と想定されているが、結局何もわかってないな。クソが」


地球圏の人々は、不安を抱きつつ、明日を迎えるために、今日を生きている。

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