第73話
ロシア連邦 モスクワ ユーラシア国連軍総司令部
国連軍は2つの大陸を防衛するに当たって、安保理を最高司令部とし、それぞれの大陸に1つずつ司令部を設置。
ユーラシア側の司令部はモスクワに設置された。理由はあれとかこれとか色々述べられたが、実際には旧ソ連の首都として整備された軍事指揮能力と、単に他の大都市、一大軍事拠点より内陸部に存在しているから、という単純なものである。
「まだ通信可能な衛星からの情報によれば・・・」
「最初に接敵するのはベラルーシ、ウクライナの西の海域か」
「衛星の情報から想定される敵軍総数は5億人・・・呆れた数だ」
地球圏を除いたこの世界の人口は約20億を超えている程度だ。マンター大陸は戦乱がやみ、食料品の大量供給が進んで人口増加が軌道にのり、スチームーを中心とした機械文明圏は経済発展で医療や福祉が発達していたため、人口増加スピードが上昇しつつあり、将来的な30億の突破もそう遠くないと見られていたが、今回の戦争状態によりパーとなっていることだろう。
閑話休題。両大陸の国連軍にとって、防衛戦を続ける上で重要なのは敵をいかに海の藻屑にできるかだ。
5億人、大陸2つに半分づつ来るとしても2.5億。旧ソ連とアメリカ合衆国の人口の⅔に匹敵する数値だ。
これら全てを地上戦で殲滅しようなど誰も考えもしないだろう。もし揚陸部隊が一度にやって来るのならともかく、彼らは帆船に蒸気タービン船に浮遊帆船等、速力の違う船舶でこちらに続々とやって来ている。
つまり、各個撃破のチャンスなのだ。ミサイルや大型ロケットを中心とする射程距離の長い装備をうまく活用すれば、上陸されずに殲滅することも不可能ではないだろう。
特にユーラシア側の国家の装備は、このような作戦で有効な物が多くある。弾道ミサイルや長射程の対艦ミサイルや火砲、ロケットを多数有している。
残弾の残る限り、魚の住処をいくらでも増やすことが出来るだろう。
「しかし、やはり謎なのはなぜ彼らがいきなり、しかも全世界同時に敵対的になったのかだ」
「あのよくわからない『声』が原因なんだろうが・・・」
地球圏内にわずかに残存していた少数の異世界人も、明確にそうであるかはわかっていないが、『声』の影響で暴徒と化し、拘束されて施設へと送られ、現在原因の究明に”活用”されている。
「意味がわからない!なぜ彼らには神経系が無いんだ!?」
「筋肉と骨の強度が低い・・・低重力でもないのになぜこうなったんだ?」
フィンランドで名高い東フィンランド大学で"不幸にも"拘束中に不慮の事故によって死亡してしまった名もなき異世界人の解剖が行われていたが、その結果は研究者達をますます混乱させた。
骨や筋肉の強度が低いのはまだいい。この世界のたんぱく質やカルシウムにはどこか地球のものと比べ"低品質"なのだろう。
研究者達を最も驚愕させたのは神経系が存在していない事だ。
動物としてあまりにも矛盾している。研究者達は流石に神経系の形が地球人類と違うだけで、同じ機能をもつ器官があるだろうと探したが、結局どこにもなかった。
この謎を前に、様々な仮説が飛び出した。魔力を利用した無線通信のようなもので代替していただとか、電気信号を細胞1つ1つを介して届けていただの。
「しかしあの『声』には一体どういう作用があったのだろうか?」
「神経系を調べればいくらか判明すると思っていたが、そう簡単には行かなかったな」
今のところ、幸いなことに地球人類への『声』の影響は全く確認できていない。
恐らくは影響がおよぶ範囲は異世界人限定だろう。しかし、なぜ異世界人限定なのかもよくわかっていない。
仮説は所詮仮説でしかない。科学の分野では仮説を無限に修正していくのが常道だが、軍事学上では情報というものは正確なものでなければならない。
研究者達の苦悩は続いた。
カザフスタン共和国 アクトベ
数年間におよぶ継続的な投資によって、飛躍的に工業力を増加させた中央アジア諸国でも、資源と広い土地を持つカザフスタンの工業化は素早く、そして大規模だった。
市民と国家を富ませたそれらの巨大な工業地帯は、今、地球人類の存続のために必要なものを生産する巨大なシステムの一部として機能していた。
ロシアが膨大なモスボール装備の再生に注力する一方で、国連軍から中央アジア諸国の工業に要求されたのは大量の弾薬類だ。
「全世界を相手取る以上、弾薬はそれの数倍を数えなければならない!その任務を完遂する義務が我々にある!諸君!人類の救世主となれ!」
街中ではプロパガンダとトラック、そして貨物列車があふれ、第二次世界大戦時のアメリカのデトロイトを彷彿とする軍需工場の複雑な連合体は昼夜を問わず動き続けた。
同じ光景は、アメリカにおける生産業の衰退で廃墟街とかしていたデトロイトでも繰り広げられていた。
異世界転移後、生産業の復興によってかつてほどではないにしろ回復を見せていた五大湖工業地帯は、地球圏と異世界の戦争突入により、アメリカ産業界の巨人としての風貌を取り戻しつつあった。
廃墟とかした工業は取り崩され、莫大な資金が投じられて最新式の内装の工場へと生まれ変わっていった。
「五大湖の巨人は再び立ち上がり、世界を再び救う!」
こちらでもプロパガンダは途切れず流れ続けた。労働者の戦争への協力を取り付け続けるためには、継続的な宣伝が欠かせない。
人類の巨人は腕をふるいはじめていた。
アメリカ海軍 シーウルフ級原子力潜水艦
大西洋の暗い水中に潜み、水面の監視を続ける潜水艦隊は、ひどく静寂に包まれていた。
航空機も周辺の監視を行っているが、長らくの軍縮の影響で遥か広範囲の監視を行えるだけの航空機が不足しており、潜水艦も動けるものは全て監視任務に駆り出されていた。
しばらくすれば新型の就役とモスボール機の再生によって哨戒体制は磐石となるだろうが、今は穴だらけであり、全くもって油断できない。
「今のところは静かだが、いつ奴らがやってくることか・・・」
急速に拡大する異世界との境界のため、この世界の主要な船舶である帆船はかなり後になってから地球圏を捕捉するだろう。
しかし、浮遊する帆船だとか、地球圏の援助で建造された長距離を素早く移動可能な船舶はその限りではない。
やってくるであろう異世界船団への最初の攻撃も潜水艦隊が担う予定だ。海上船舶には魚雷で、浮遊帆船には飛行プログラムとして浮遊帆船向けが追加されたハープーンを、といったように攻撃予定である。
「・・・艦長!10時の方向に浮遊する物体を発見!」
艦内に緊張が走る。艦長はすぐに詳細を聞き出す。
「数は?」
「10ほどです」
「形状は?」
「・・・帆船です」
「攻撃準備、1番から4番発射用意!」
半分暗がりのような明るさの艦内が少し慌ただしくなる。
ミサイルが目標を正確にとらえられるよう、艦の向きが変えられ、武器システムのロックが外される。
そして、発射管の蓋が開けられ・・・。
「発射!」
ボォシュォッ、ボグゴォゴゴ・・・
カプセルに入れられたハープーンは、水面に達すると、勢いよく空中へ向け飛翔、浮遊艦隊へ向け異世界では見ることもできない高速で迫っていく。
そして、やがてレーダーで浮遊戦艦を捕らると、浮游戦艦から発されるビームには目もくれず、真っ直ぐ向かっていき、結界に着弾し、大爆発を起こしていく。
それは、地球人類が経験した事の無い史上最大かつ、未知数で、そして故郷へ帰るための大戦争の開始のゴングであった。
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