異世界大戦

第71話

アメリカ合衆国 ハーバード大学


「教授、このボーリング試料ですが・・・」


「なんじゃこりゃ、埋め立て地でも掘ったのかね」


「残念ながらきちんと100m掘ったものです」


転移後、鉱産資源の開発というものは各国にとって重要なものとなった。


国家の維持に必要な物品の生産には必要不可欠な金属、プラスチック、その他石材等、特にプラスチックの原料の石油は燃料としても重要だ


ハーバード大学は資源調査の一環をになうものとして地質学の調査で異世界のボーリング試料を集めていたが、研究室に送りつけられたものは彼らの目を見開かせるのに十分なものであった。


「地層が少なすぎないかね」


「これだと・・・僅か100年程度なのか」


プラスチック製の透明な筒に入れられたボーリング試料を解析した研究チームの結論は、異世界の地層は僅か100年程度しかないというものであり、様々な業界に波紋を呼んだ。


それにさらに追い討ちが入った。異世界で産出される鉱物、鉄や石炭、その他の金属などは、前々から地球の産業界を困惑させるものであった。


見た目は9割9分一緒、しかし、溶解温度が地球原産のものと比べ低かったり、さらに金属としての性能も低かったりと、何かと問題があるのだ。


スチームーから輸出された蒸気エンジンの耐用年数が、技術水準と照らし合わせても妙に短いと評されていたが、その原因は使用している金属そのもであった。


「サンプルの原子構造を解析したところ、何というか・・・かなり質の悪いデットコピー品という所です」


「2000年代の中国で作られた雑な高級バッグの模造品の方がいい出来ですよ。見た目は完全に模倣できていますが、こっちは紙で作られてるようなもんです」


サンプルとなった「Fe」の原子構造は、研究者達にこう言わせる程の、原子としてあまりにも不完全なものであった。


なぜこれで分子構造を維持できているのか、崩壊直前のソ連の方が安定性があるレベルだ。


「一体どうやってこの世界自体維持されてるんだ?」


「あれじゃないか?魔素とかいうのが関係しているんじゃないか?」


「原子のぶっ壊れてる部分をあの謎元素が補填してるってことか?無くはないな。あれのエネルギー量は相当だし」


「コピーが上手くいかなくて別のもので無理やりどうにかしたってか?妙な構造してるよ、やっぱり」



カザフスタン ヌルスルタン


「距離が増えた?そんなまさか、冗談じゃないのか?」


「冗談じゃありません、明らかに距離が・・・長くなっています。我々とこの世界の、物理的な距離が」


「・・・具体的には?」


「穀物輸出を行っているバルクキャリア船団が・・・以前までよりも2日、2日程、目的地につくまでの時間が伸びました」


「どういう原理で距離が伸びたんだ?」


「それは私には。科学者連中の頑張りに期待するしか」


この事実は経済界に大きな衝撃を与えた。今はまだ数日程度しか距離が伸びていないが、将来的に数ヶ月、数年単位で距離が伸びれば、異世界との貿易に致命的な打撃を与える。


経済界は地球圏内部の貿易・経済関係・・・いわゆる内需の強化・拡大を望むようになった。外需を供給する世界から再び遮断されたとき、経済を維持するために頼れるのは内需のみだ。


各国間でFTA・EPAが複雑に結ばれ、異世界に支店を持つ企業は一部の資本を異世界から引き上げ、急速な異世界との切断に備えて人員の削減と迅速な事業撤退が可能なように組織改編を行った。


海外に派遣されている軍も、迅速に移動が可能な部隊に入れ替わり、多くの重量のある、すぐに移動できない装備と設備は本土へ移送され、軽量で機動力のあるものと入れ換えられた。


「一度のみならず、また切断される可能性が出てくるとはな、また転移直後の経済混乱をもう一度味わいたくはないな」


救いだったのは、地球圏の多くは有力な市場として機能する国家が多いことだ。ロシアや中央アジアには膨大な未開拓の資源があり、再開発事業はどこにでも需要があり、仮に世界から切断されようとも、十分に大恐慌の再来を防ぐだけの余力がある。



スチームー帝国 帝国新聞社


「ケールが無政府状態?」


「近隣諸国によると、つい昨日までやってきていた隊商が来なくなったり、つい最近まで毎日奴隷の要求が来ていたものがとたんに止まったらしい」


「妙だな、アメリカの爆撃で国力に致命的な損害を受けたらしいが、ケールは腐っても大国だぞ。そんな簡単に無政府状態になるのか?」


「いや、それがな。妙に思った海外に住んでたケール人が帰って親族の状況でも確かめようとしたら、国境近くの町が無人と化していたらしい。不気味でそれ以上国内にいられなかったってさ」


当初、多くの人々はケールが無政府状態になったことを信じなかった。アメリカの攻撃による被害を回復することにリソースがさかれ、他国へと干渉することも出来ない程に忙しいだけ、そう重要視されなかったこの情報は、日が経つにつれ、時間が経ったにも関わらず全くもって通信に応対しない為に、本当に無政府状態と断定された。


ケールの近隣諸国は毎日のようにやって来る理不尽な要求が無くなった事に喜ぶ一方で、いきなりの無政府状態に困惑した。


「取材渡航はやめておいた方が良さそうだな。行方不明者の噂もある」


無政府状態後のケールに行った者が帰ってこなかったという噂は広く広まっていた。事実、確認がとれているだけでも諸外国で20人以上が行方不明となっている。


ケール情勢は不穏な空気をた漂わせ続けていた。



マンター大陸


経済と産業が崩壊し、阿鼻叫喚の状況となっている敵対者に比べ、マンター大陸各地はまさに黄金時代であった。


北方国家再編と、それにともない行われた地球圏の技術供与のレベルが、蒸気機関の時代から戦間期ほどに上昇したことで、一時くすぶりかけていた経済発展が再び進展し、市民の生活水準は大幅に上昇し、国家の経済力はうなぎ登りになっていた。


特にアメリカによる直接的な介入が行われた北方と、南部の以前から地球圏と交流があり、新技術が入ってくる下地のあった国家を中心に、物流と生産設備の拡大が相次いだ。


政治方面でも変化があった。多くの君主制国家が都市ブルジョワジーとプロレタリアートの急速な権勢拡大と、地球圏からの思想の流入により、ごく短期間で絶対君主制を放棄し、立憲君主制への移行を余儀なくされ、数多くの国家が議会制民主主義への移行を果たした。


とはいっても各国で王室は留保され、貴族も没落するものは没落したものの、激しく変化する情勢に上手く対応し、所有する広大な土地を、小作農や自作農の集合体から、食料農業のみから商品作物農業と軽工業のひしめく大地に変化させ、むしろ貴族の時代からさらに豊かになった者もいた。


都市ブルジョワジーは資金力とその頭のキレのよさでやるべき事業を選別し、繰り返し組織改革と設備投資を行って自らのシマを拡大し、巨万の富を築いてその力をまし続けた。


都市下層階級と農民から生じたプロレタリアートも黙っていない。地球圏から流入した社会主義と労働運動に影響を受け、各地で労働組合と社会主義の政治組織を作り、自らの権利を声高に主張した。


各所で対立、多少の停滞はあったにしろ、マンター大陸全体ではおおむね1920年代前半のような経済発展が続き、市民は毎日暖かいスープとパンにありつき、時に娯楽用品に手をだし、キレイな夜景を楽しめるようになった。


「地球圏様々だ!少しの時間でこんだけ世界が変わるとはな!」


「このビールは旨い!どこのだ?ケティッフィ産?ボコボコにぶっ壊れたと聞いたが、復興を果たしたのか」


「このワインの風味は絶品だな。はてはてどこのか・・・ほう!ミストラル王国か!今度からワインはあそこから買うとしよう」


人々はこの・・・多少の矛盾と危険性を孕みつつも、素晴らしい世界がずっと続くものと、そう、信じていた。

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