第70話

アメリカ合衆国 ペンタゴン


「ロシア空軍の成果が明らかになりました。相当なものですよ」


「バルブドスを構成する4つの都市建造物のうち、内部が完全に産業施設で埋め尽くされている1つを完全に破壊、さらに地上の輸送網にもダメージを与えています」


「コフス島の各地も吹っ飛ばせています。有力な鉱山はしばらくは再開できないでしょう」


ジャングルを大きく開くことを嫌ったフィルッツの人口と産業の集中具合は、地球で大きな産業と人口が点在していて、夜の衛星画像で点々としか光が存在しないロシアと比較しても異常だろう。


「それで?露助は仕事をこなしたが、奴らの反応は?」


「ないです。なにも」


「チッ、多少は予算を余せると思ったが、かなり固い連中だったか。潜水艦隊に連絡、フィルッツへの攻撃命令を出せ、今度の仕事は俺たちだ」


ペンタゴンは潜水艦隊に命令を発し、フィルッツへの戦略攻撃をロシアから引き継ぎつつ、次の手を考え始めた。


正式な宣戦布告が発されている以上、降伏させるまで戦争を続けねばならない。


「フィルッツは再起不能になるとして、ケールを戦争から叩き落とす方法について、何か意見はないか?」


「やはり戦略爆撃しかないのでは?上陸するには遠いですし、何より中東のようになるのが目に見えています」


「やはりそうなるか。問題はどういう形でやるかだが・・・」


ミサイルや誘導爆弾による攻撃なら、人的損害や発射母体の損失は無いだろうが、インパクトに欠ける。


いきなりそこらで爆発が起こり、それが連続して発生するのは、確かにインパクトがあるにはあるが、一般人はむしろ困惑の方が大きく、恐怖を発生させることは難しいだろう。


むしろ、奴らの頭の中で何か悪い化学反応が発生したら、遠くからチマチマ攻撃するしか脳のない卑怯者と言われるかもしれない。そうなれば、相手の戦争協力を加速させかねない。


「見た目の上では、B-52が適任でしょう。問題は制空権の確保と浮遊艦隊への対象ですな」


「B-52は空中給油でどうにかなるが、戦闘機は流石に航続距離が足りんな。付近に飛行場もないとなると、空母しかないか」


元から航続距離が長い戦略爆撃機のB-52はともかく、戦闘機はマンター大陸の航空基地、スチームーのターガ国際空港、その他幾つかの島々、どれから飛ばしても航続距離が足りない。


このような場合の時のための空母である。アメリカの場合、空母自身は原子力化されており航続距離は極めて長大。随伴艦も補給艦を1隻か2隻用意すれば十分に燃料は持つ。


「B-52を集めておけ、空母がケールを戦闘行動半径に納めるまでは時間が少しかかるだろうからな」



神聖ケール王国 総司令部


「先日の王都及び各地の産業拠点への攻撃を受け、防空体制の見直しを行うこととなった」


ケール本土に常駐する防衛艦隊の司令官達は、総司令部に召還され、新体制の説明が行われた。


今までは地球でいうピケット代わりの監視塔が離島や沿岸部に置かれ、少数の人員が常駐し、何かの侵入があればすぐに中央に報告し、中央から対応するに最もふさわしいであろう部隊へと命令が行く、という体制であったが、これは実質的に機能していなかった。


というのも、長く平和な本土にはそもそも哨戒体制など不要であり、監視塔も検問として併用されている物を除いて無人となっていた。


新体制では、新たな艦艇と装備を艦隊は受領し、それを生かした哨戒体制を構築することになっている。


新たな艦艇とは、地球圏の空母に強く影響を受けた竜運艦である。ケールはワイバーンではなく、亜竜と呼ばれる様々な点でワイバーン以上、竜族以下と呼ばれる生物を航空戦力の主力としているが、ワイバーンには浮遊戦艦の能力向上が続いて艦隊にとって大した脅威ではなくなり、竜族とは友好関係が続いている為に、式典用に少数が運用されているに過ぎなかった。


しかし、地球の戦闘機を脅威と見て、少しずつではあるが拡張され、さらに決して長いとは言えない航続距離を補うために竜運艦が用意された。装備とはこの亜竜である。


亜竜による哨戒網を構築し、ミサイルを事前に発見、複数の艦艇を集結させて攻撃を行う。


フィルッツの防空体制に似ているが、亜竜は準知的生命体といえる程の知能があり、そもそもの飛行物体としての性能も高く、捜索効率は段違いに高く、さらに竜運艦のお陰で捜索範囲は遥かに巨大である。


「悪魔の国家め・・・この防衛網を再び突破できるとは思うなよ」



アメリカ海軍 ジェラルド・R・フォード級航空母艦


カタパルトに平行に立った黄色のベストを着たギャングが手振りをしてパイロットに状態を問う。


そして準備が整ったことを確認すると、姿勢を低くしてまっすぐ空母の進行方向に腕を向ける。



・・・キィィィン!



レインボーギャングは毎日大忙しである。航空母艦上であらゆる業務をこなし、航空機を計画通りに飛ばす役割を果たしている。


どんぶらこと航海を続け、ケールの攻撃目標ことエフラエンをF/A-18E/Fの戦闘行動半径に納めた空母打撃群は、作戦行動に移った。


既にB-52爆撃機隊は空中給油を挟んでこちらに向かっている。彼らがケールの上空に到達するまでに制空権を確保し、B-52を脅かしうる対空装備を破壊しておかなければならない。


航空隊が飛行を続け、ケール沿岸が雲の切れ目から遠目に見える距離にまで接近すると、音で気づいたであろう敵航空隊と浮遊艦隊の一部がこちらに向かってくるのがレーダー上でわかる。


「各機攻撃体制、射程に入ったやつから落としていけ」


F/A-18は全機サイドワインダーのみを装備して出撃している。これはまずはケールのドラゴンどもを撃ち落としてから浮遊戦艦を叩き落とすという作戦に基づいてだ。


亜竜もワイバーンも、竜運艦でなくとも地上から発進可能であり、戦闘機相手に敵わないと悟られて逃げられては万が一の場合B-52に被害が及ぶかもしれない。


そのため、先に亜竜を叩き落とすこととしたのだ。


「FOX2!FOX2!」


パイロンに無数の取り付けられたサイドワインダーが次々に発射される。


侵入者を迎撃すべく、まっすぐ空母航空隊に向かっていた亜竜は、無様にサイドワインダーの餌食になっていく。



グーン・・・ブォォォォォォ!!



サイドワインダーの尽きた機隊は、M61 20mmバルカン砲に切り替えて亜竜をミンチにしていく。


「フォックストロットリーダーより司令部、展開中の敵航空戦力を殲滅」


『司令部よりフォックストロットリーダー、全機帰還せよ。次は空飛ぶ戦列艦を廃船にする』


「了解」


殆どの武装を使い果たしつつ、目的を達成した航空隊は順次空母へと帰還し、装備を対艦装備に換装して再び空へとカタパルトに引っ張られて飛び立つ。


エフラエンのケール防空艦隊の終わりはすぐそこに迫っていた。



神聖ケール王国 エフラエン


「さっき亜竜がぐちゃぐちゃになっていたわ!」


「この前みたいな攻撃がくるんじゃないか!?」


「軍は何をやってるんだ!?」


「避難した方がいいんじゃないのか?」


エフラエンは大混乱の渦中にある。300万を越える人口を誇り、戦乱が続いている為に人口が分散しがちなこの世界では有数の大都市である。


その上空を優雅に舞い、市民からは曲芸飛行を見るような目で見られていたが、それがいきなり轟音と共に爆散していったのだ。


ただでさえ産業区画だけといえつい最近攻撃を受けたばかりだ。市民には不安が募っていた。


亜竜が比較的低空を飛行していたが、それは市民に軍はきちんと防衛体制を整えているというパフォーマンスでもあった。


市民も警戒状態から徐々にもとに戻っていっていたところに、このアメリカ軍の攻撃開始である。


エフラエンの混乱は収拾できなくなり、兵士や物資の移動に支障を来している始末である。


「お、おい!ありゃなんだ!?」


「なんだ、あの巨竜は・・・!?」


パニックが広がり続けるエフラエンの遥か上空に現れたのは、黒い体色の巨竜の群れ。


珍妙な形をした竜だと、市民は上を向いて眺める。驚きで一時的に市内の騒乱は収まる。



ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・



「なんだ!?」


「笛か?竜が笛を吹いているのか!?」



バカバカバカバカ!!ボォゴン!バァガン!



エフラエンは炎に包まれた。第二次世界大戦中のドイツ、日本への爆撃よろしく、徹底的な爆撃を行った。


飛来したB-52の数は、ドイツを焼きつくしたB-24やB-17、日本を燃やしつくしたB-29らよりも遥かに少なかったが、B-24の4t、B-17の5t、B-29の9tに比べ、B-52は27tもの搭載力を持っている。


エフラエンの都市機能を破壊するには十分な量の爆弾が投下され、この世の天国は遂に地獄へと完全に姿を変えた。


道路には人が溢れ、軍と行政は統制を失い、政府は混乱するだけであった。


「あぁっー!家が、家が!」


「まま!まぁま!!」


産業を消し飛ばされ、国土を荒らし回された2国にこれ以上全面戦争を続ける力はなく、実質的な停戦状態に移行し、地球圏は監視を続けつもこちらも平時へと復帰し、戦争は終わったも同然となった。



神聖ケール王国 大聖堂


「神よ、我らは、我らはどうすれば?」


「ああ、神よ、あの悪魔達にどう戦えばよいのですか?」


神聖ケール王国のもっとも格式が高いとされるエフラエン郊外の大聖堂には、希望を失いかけている数万の人々が押し掛けていた。


貴族・平民・軍人、様々な地位のエルフ達が必死に神に祈る姿は、ケールという国家が既に末期状態に移行しつつあった事を示していた。


「ん?」


たまたま、偶然、そう、なんの意味もなく、祈っていた者の1人が上を向いたとき、大聖堂の巨大なステンドグラスの奥が、一瞬光ったように見えた。


彼は疑問に思いはしたが、すぐに祈りに戻る。


それが、世界の、終わりの始まりであったとは、気づかずに・・・

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