第69話
スチームー帝国 ターガ国際空港
フィルッツへの初撃を成功させたロシア空軍は次なる獲物を探していた。
ひとまず敵の補給路を吹き飛ばすことには成功したので、復旧されるまでは相手を追い込む戦略を行うこととした。
戦争疲労を加速させ、継戦能力を低下させ、抵抗できなくなったところに降伏勧告を叩きつける。
どこでも見飽きた常套手段だが、恐るべきナショナリズムや思想にでも染まってもいなければ、大抵は受け入れるだろう。最も、国家と言うものが受け入れられる最低ラインは見極めねばならないが。
先の港と航行中の敵艦隊に対する攻撃の後、ターガにはロシア本国から空中給油機が配備され、より長距離の作戦が可能になった。
これを利用してロシア空軍は大胆な作戦を実行することにした。ケール本国への攻撃だ。
今まで犯されことのないケール本国への攻撃は、前線にいるケール浮遊艦隊への増援を防ぐというのに加え、「世界最強」と謳われた国家でさえ敵わないという国際的なプロパガンダ効果、そしてケール国内への戦争の持ち込みである。
これまでケール国民は戦争とは無縁の生活を送ってきただろう。世界最強の国家の本土に手を出せた国家は、建国期の記録に残る程度しかないと考えられる。
敵が本土に攻撃してきたとき、ナショナリズムが高まっていれば、国民の戦意は維持され、損害は物的損害に止められるとなるが、長らく平和を享受してきたケール人はそうはならないだろう。
戦意の喪失、生産性の低下、経済の低迷、物的損害の回復の遅滞。
仮に戦意を削ぐことができなくとも、戦意というものは人の精神的な部分であるから、プロパガンダなりなんなりで多少回復できるものだとしても、物的損害は一瞬で回復できるものではない。各所で様々な影響がでるだろう。
ターガに存在するロシア空軍司令部は、フィルッツとあわせてケール本土への攻撃を決定した。
神聖ケール王国 王都エフラエン
神聖ケール王国の政治体制は封建的神権君主制という比較的見慣れない政体となっている。地球の歴史上存在した国家で近いものは古代エジプトというところか。
君主制に封建主義と古い制度を維持しているが、近世国家並みの生活水準と近代級の都市と工場を有する
尤も、地球や一般的な国家と違い、その労働力の大半は国民ではなく、各地から収集された奴隷たちだ。
国民の多くはいわゆる享楽民で、1日の生活で必要となる家事程度しか行っていない。その家事も魔術を利用して大部分が半自動化されている
ただし兵役は例外で、高度な魔術的素質と知識を要求されるため、運搬などの単純作業はともかく、兵器の操縦などは奴隷がやることができない。そのため平民が兵士として徴兵されている。
とはいえ、余程運が悪かったり、足を滑らせたりしない限りは死んだり負傷する事はなく、戦争にならばければ2年で退役することになっている。
さて、今日ものんびりと豊かかつ幸せに暮らしてきたケール国民の上空に、一本の槍が現れた。
キィィィィィィン・・・
獰猛な金切り音をあげながら、慎重に獲物へと迫っていく。
GLONASSの誘導に従い、エフラエンの魔術産業区画のへと1発のKh-55が着弾。
それまで地上の楽園として、まるで天国のような場所だと有名であった光景に、炎と破壊が吹き荒れ、次々と地獄が産み出される。
「うわぁっー!」
「助けてくれぇ・・・」
「熱い!熱い!熱い!」
次々に着弾するKh-55に、たった1区画ではあるものの、大量の黒煙と炎が発生する。
ケールの受難は、まだ始まった始まったばかりだ。
フィルッツ隷従国 ケルトラン 軍司令部
「エフラエンが攻撃を受けただと!?」
ケールと基本的な情報の共有を行っているフィルッツにも、エフラエン攻撃の情報はすぐに入ってきた。
「まさかここまで奴らが強大とはな。悪魔の力とやらはやたらと強力と見える」
現在フィルッツは港湾施設の再建とマンターへ送る戦力の用意、そして防空体制の構築に躍起になっていた。
そんな中でのエフラエン攻撃は、彼らに再び本土が攻撃されるのではないかという懸念を生んだ。
当初、2つの港への攻撃はかなり無理をして戦力を抽出した物と見られていたが、今回ケールへの攻撃も行ったことにより、地球圏にはまだ価値ある予備戦力が残っていることが判明した。
前回の攻撃で2つの港のみを攻撃したのは戦略的に優先されたからだろう。補給路を潰すことは重要だ。恐らく、次は産業が狙われる。
フィルッツの主要産業が集中するバルブドスと多量の資源を産出するコフス島の防備を固めるべく、多数の哨戒ワイバーン部隊と、高速目標を仕留めるために特別な訓練を受けたワイバーン特殊部隊の2種類の部隊を配備している。
哨戒ワイバーンが地球圏の「槍」を発見し、できる限りの追跡、そして迎撃部隊を集中して投入して迎撃、という戦術だ。
似たような戦術はごまんとあるが、問題は「槍」を捕捉・追跡するための手段が低速のワイバーンかつもくしであり、さらに迎撃を行うのもワイバーンで、目視照準の為命中精度が低い事だ。
どれだけ運用を工夫しようとも、どれだけ練度を高めようとも、根本的な技術の差を生めるのは極めて難しい。
かつてアフリカ南部に住むズールー族が当時世界最強と呼ばれたイギリス軍に対し、多大な犠牲を出しつつも幾度かの勝利を得ているのは、ひとえに当時としては極めて高度化されたドクトリンと、高い士気、蛮族の武器とはいえ十分な数の装備と部隊を揃えていたからだ。
対するフィルッツ軍はどうかというと、確かに部隊への装備の充足は十分だし、戦術も比較的先進的だが、数が足りない。
哨戒部隊の物量はレーダーと張り合うにはあまりに少なく、迎撃部隊の面制圧能力も命中性能を補うには不十分であった。
「警戒を厳となせ、妙なもの1つ見逃すな」
「迎撃部隊はいつでも離陸できるように備えよ」
24時間いつでも対応できるよう、各地の防空拠点と部隊は交代制で稼働し続けていた。
『こちら第16哨戒隊3番騎!「槍」が東からバルブドスに接近!』
「迎撃隊全力出撃!」
格納庫から次々とギャアギャアと鳴き声をあげながら、多くの地域で空の王者として知られるワイバーンが飛び立って行く。
「各員「槍」を見失うことは許されない!捜索を厳となせ!」
ツゥィィィィィ・・・
「「槍」です!「槍」の声がします」
「全員声のする方を向け、攻撃用意!私に続いて放て!」
ワイバーンの口先に火炎弾が形成され始める。縦横に広がって展開し、国家を守らんと前進する。
声が程よく大きくなったところで、隊長は発射の決断を下す。
「撃てぇっ!」
ボォッ!、ボォッボォッボォッボォッ!
隊長騎に続き、次々に火炎弾が発射される。
「どうだ!?やったか?」
フゥフォォォン!!
空気を切る音を上げて、Kh-55が颯爽とバルブドスへと向かっていく。
何日にも感じられた時間がたった後、バルブドスの中層に着弾。
バルブドスは炎を上げて、その生産活動を一時的に完全に停止した。
「あ、ああ、ああ・・・」
フィルッツの人々は、その様子をただ、唖然とみることしかできなかった。
フィルッツ人ではない、一部の人々を除いて。
アメリカ海軍 オハイオ級原潜
「艦長、司令部より、「グニングールを投げろ」と」
「作戦開始だ。フィルッツの国力を徹底的に破壊する」
アメリカ海軍のオハイオ級原子力潜水艦は、同型艦のうち5隻が改良型オハイオ級原子力潜水艦として改造されており、多数のトマホーク巡航ミサイルを装備しており、短期間で効率的な敵拠点などの破壊が可能である。
「しかし、ロシア空軍の攻撃を受けてもくたばらなかったか、以外としぶといんだな」
「しぶといとは別なんじゃないか?ただ意地張ってるだけだよ」
「どうだかな」
元はSLBM用であったVLSから、トマホーク巡航ミサイルが次々に発射され、慣性航行装置の誘導にしたがってフィルッツへと低空を張って向かう。
戦争は、クライマックスに入りつつあった。
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