第68話
デメレト連邦軍 第1機械化歩兵師団
「先鋒が敵の前線と接触しました」
「敵は川のラインで一旦停止するつもりらしく、第2師からの情報でも、彼らは不用意にヴェッド川を越えるつもりがないようです」
フィルッツ軍はホッレース半島の北端近くに流れるヴェッド川のラインに進出すると停止し、ヴェッド川を挟んでデメレト連邦軍3個師団と対峙した。
「敵がこちらにわたってきた時のみ対処、同盟軍の集結と米軍の支援が受けられるまでそれまではこちらも陣地を構築する」
致命的な領土損失も戦力差も無いため、デメレト連邦軍は戦線の維持と戦時への移行に注力し、アメリカの指導のもと形成された同盟網によって周辺各国から多数の軍隊が移動を開始した。
同盟軍にとって厄介なのはケール艦隊だ。頑強な防御力、圧倒的な打撃力、図体に見合わない機動力。非文明圏国家である場合、突出しての孤立でもしたところに国家の総力をあげた攻撃を受け、その上でよほど運が悪かった時でもない限り、沈めることは不可能だ。
しかし、彼らとしては相手に広く侵出する様子が無いならば、あれらは時期に無視できる存在になると見ていた。
アメリカ空軍がいるからだ。ハープーンに対地ミサイルの数々と、一度動き出せば止められる軍隊はいない。
「アメリカがいつ頃動き出せるか知りたい。政府に掛け合ってくれ」
「了解しました」
メルフィス都市連合国 アメリカ空軍飛行場
「デメレトから?」
「いつ頃作戦行動を開始できるかとのことです」
アメリカ空軍の準備は戦前で既に済んでおり、多くの弾薬備蓄と万全な状態に整備された機体がある。
が、敵の情報が足りない。以前は急速に変化する情勢に対応するため、ろくに情報を集めず、とにかく素早く戦闘に移ったが、今回は幾らかの余裕がある。
「詳細な攻撃目標の情報を寄越すよう伝えてくれ、航空偵察と偵察衛星だけでは見落とすものもある」
航空攻撃は強力だが、目標を正確に把握していなければただただ地面を耕すだけになってしまう。
航空偵察や偵察衛星は基本的に上からの視点であり、二次大戦中に形作られた旧ソ連赤軍のマスキロフカに代表される極めて高度なカモフラージュと偽装に欺かれる可能性がある。
ましてや魔術なんていうものがある世界だ。こちらの常識では図れない方法で偽装やカモフラージュを行う可能性もある。
地形を熟知している他、魔術の専門家である魔術師の配備されている現地国家軍の方が限定的な範囲に限られるものの、より優れた偵察報告を得られるだろう。
フィルッツ=ケール連合軍
当分進撃する予定のない連合軍は、攻撃に備えて部隊を保護する陣地の構築に力を入れており、彼らなりに厳重にカモフラージュしたり、各軍の戦訓を元に塹壕などに似た壕を掘ったり、主陣地から前進した位置に観測地点を設置していた
ケール艦隊は前回、地上に停泊していたところに爆撃を受けた事は極めてショックであり、停泊時の攻撃対策がとられた。
まずは艦の結界システムに手を加え、これまで常に最大出力でしか展開できなかったものを、様々な出力での展開が可能になるように改造し、停泊中は最低出力で結界を展開しておくことで、攻撃を一回は受けとめられるようにした。
しかし、これだけでは心もとないため、土魔術を利用して穴を掘り、そこに艦を半没させている。これは仮に被弾した際に艦の姿勢が崩れて二次被害が発生することを防ぐためと、地表に露出している面積を減らし、結界の展開面積を小さくしつつ、艦を守るもうひとつの防壁でありカモフラージュでもある土魔術で作成されたドーム状の土壁の大きさを小さくするためだ。
また周囲に歩兵や魔術師を適度にちりばめ、偵察による発見をできる限り阻止し、同時に兵力の過度な集中による爆撃時のダメージの軽減を図った。
外側から順に、カモフラージュ、ドーム壁、結界、そして陸上戦力と、完全に無防備だった以前と比べ、大幅に進化したと言える。
・・・ただし、相手がケール人の常識のように蛮族であれば、の話だが。
デメレト連邦軍 前線司令部
「偵察の結果、多量の魔力を検出した地点があります。恐らくはケール艦隊かと」
地形を熟知した兵士たちと、アメリカの優秀な装備、そして非文明圏基準とは言えきちんと訓練された魔術師達は、上官から要求された任務をこなした。
訓練を積んだ魔術師は一定以上の大きさの魔力を消費して発動された魔術を察知できる。大きな魔力が動き、幾らかの魔力ロスが生じるからだ。
「事前に発見した中で、前線近くにある小規模な火点と防御陣地は潰すことになった」
「砲兵隊は作戦地図を頭に叩き込んでおけ、ミスったら減給だぞ?」
米軍の準備も整った2日後、M24チャーフィーを主力とする同盟軍機甲師団の攻勢開始と同時に全戦線で攻勢が開始された。
アメリカ空軍
F-16を中心とする戦闘爆撃部隊として再編されたメンフィス駐屯航空部隊は、攻勢初日から激しい爆撃を開始した。
『フォックストロット隊各機、攻撃開始!』
この任務に望むF-16は翼端にサイドワインダーを取り付け、それ以外のハードポイントには対地ミサイルやJDAMを満載している。ケールの浮遊艦隊には空対空ミサイルのほとんどが通用しないため、サイドワインダーの搭載数は最小限にし、さっさと地上撃破するためである。
「レディ・・・ドロップ、ナウ」
ガコン・・・フウウウウウ・・・バカァン・・・
「目標破壊確認」
まともな対空装備を持たない敵相手であるため、命中精度を高めるために比較的低空から爆撃を行い、アメリカ空軍はその実力を遺憾なく発揮し、前線に設けられている大規模な拠点をほとんど破壊した。
同時に同盟軍による防衛拠点への一斉砲撃により、各拠点を疲弊させてからの自動車化攻勢によってフィルッツ=ケール連合軍の前線は食い破られていってしまった。
この時点で、フィルッツ=ケール連合軍は、爆撃を恐れての戦力分散を行うときの落とし穴にはまっていた。
それは波の形で行われる近現代的な攻勢に対して、点々とした防衛法はあまりにも無防備であるということだ。
それに加え、連合軍は自分達と同じように同盟軍も準備が整っていないと信じていた。なぜなら、本来なら同盟軍は槍と剣、そして馬の軍隊であったはずだからだ。
しかし、アメリカの援助によって鉄の巨獣の軍隊と化した同盟軍を相手取るのは、厳しいものであった。
フィルッツ=ケール連合軍
「第15陣地、応答なし」
「第42陣地、応答なし」
「なんと言うことだ。奴ら攻勢に出たのか。しかもかなり強力だ・・・。悪魔の力を使ったか!」
フィルッツ=ケール連合軍は戦況の現実は見えていたが、相手の力についてはいまだにオカルトにハマっていた。
「すぐに浮遊艦隊を出撃させられないか?」
「できたとしても明日になる。防御壁の除去と艦全体の準備が整うにはそれぐらいの時間がかかる」
「クソッ、打つ手なしか」
連合軍の切り札足る浮遊艦隊は極めて強力だが、地球の水上艦隊運用のそれと比べるとまだ運用のシステム化、体系化が不十分であり、軍隊として未完成であると言える。
出撃まで1日、それまでこの蹂躙劇を見続けなければならないというのは、彼らのプライド、自尊心、そして軍人として極めて屈辱であった。
ただ、彼らとしてはまだ希望は十分にあった。本国から港に攻撃が行われる前に既に出発している艦隊と兵力はこちらに向かってきているし、浮遊艦隊に到達するまで縦深は幾らか存在するから、連合軍の中核に到達されるまでに防御を固められるだろう。
「大変です!司令官殿!」
「どうした?」
「現在こちらに向かっている艦隊が敵の白い悪魔の攻撃によって壊滅させられ、フィルッツとケール本国に・・・」
「本国に・・・?」
「大規模な悪魔の力による大破壊が行われ、多数の被害が出たと・・・」
将官達は絶句した。艦隊が攻撃を受けけたのは、壊滅という大きな被害をうけたとは言え、理解できる。
フィルッツ本国も、2度も攻撃を受けたのだから、まだ理解できるし、大きな被害が出たのも悪魔の力なら納得できる。
しかし、ケール本国というのはあまりにも予想外だ。悪魔に対する魔術防御は完璧に行われているし、重要区画には強力な結界も張られている。さらにはケール本国浮遊艦隊と精鋭の陸軍部隊もいると言うのに、大破壊が実行されたというのだ。
将官たちは、その場に立ち尽くすしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます