第66話

スチームー帝国 ターガ国際空港



ゴーーー・・・キッ、キッィィ!



滑走路に降りていくTu-160を、スチームーの整備士達が眺める。


Tu-160は大型の爆撃機であり、戦闘機であるMiG-31やSu-27とは見た目は大きく異なっている。


高い殲滅力を発揮するための大量の空対地装備と長大な航続距離のための莫大な燃料を搭載するべく設計された大型爆撃機の機体サイズは、戦闘機とは比較にならない。


また、アメリカのB-1同様、高速性の維持と離陸および着陸時の飛行安定性の確保の為に可変翼を採用しており、これは他の可変翼機とおなじく外見上の大きな特徴である。


「ロシアのヒコウキか、何をしにここまで来たんだ?もう戦争は終わったってのに」


「多分フィルッツとのいざこざだろ。なんでも地球圏から子供達を誘拐したとかなんとか・・・」


「どっちにしろ、いい話じゃなさそうだな」


「全くだ」


着陸したTu-160は誘導員の指示にしたがって滑走路から移動し、滑走路には管制塔の指示のもと、着陸を待つ次の航空機が誘導される。


「物騒な事が続くもんだ。早く終わってほしいもんだよ」


「ああ」


スチームー人にとって、ようやくあの忌々しいドラゴネストの巨竜を倒して手にいれた平和と安定は何物にも変えがたいものだ。


毎日のように新聞にはどこかがドラゴネストに襲撃されたという記事がくっつき、いたずらに拡大を続ける被害者と被害施設への補償は政府支出を圧迫し、社会不安は資本の動きを鈍らせ、経済の停滞を招いた。


しかし、ドラゴネストは敗れ、地球圏の新技術と、巨大な市場によって経済発展は大きく進み続けている。


彼らが今、見ている未来は明るかった。



フィルッツ隷従国 政院


「なんだこの要求は!」


「奴ら立場をわかっていないのか!?」


一応は中立国であるスチームー帝国を通じてフィルッツに送られた地球圏からの要求が届くと、政院は紛糾した。


フィルッツにとって地球圏は国家戦略に巨大な亀裂を生んだ下手人である。しかも、非文明圏のど真ん中にある野蛮人がそれを行ったというのは彼らのプライドを刺激した。


「今すぐに拒否すると回答を・・・」


「いや、待て、返事を遅らせるのはどうだ?」


「どういうことだ?」


「我らと同じく、彼らもこの事を重要視しているように見える。返事を遅らせれば、奴らの動きを遅滞させられるはずだ」


「なるほど、確か、まだ軍の準備は終わっていないと聞いているが・・・?」


「軍としては、準備時間は今のところあればあるほどありがたい。現状でも最前線となるトヴァル王国には先遣隊が既に到着していて、いくらか物資もあるが、少数で橋頭堡の確保が限界だ」


「せめて本隊の一部でもトヴァルにつくまで引き伸ばすべきか」


フィルッツは戦争のための時間稼ぎと戦力の移動に入った。地球圏へはとりあえずそれらしい理由を述べて回答を引き延ばし、一方で、新世界秩序に下った国家の中で最もマンター大陸に近いトヴァル王国へと地球圏討伐軍本隊の移動を急がせた。



デメレト連邦 首都グレーメン市


先の神聖ケール王国による侵攻ののち、アメリカによって作り出された国家の1つであるデレメト連邦。


現地の方言で海岸を意味するデレメトという名前のとおり、領土は沿岸部と島嶼が多くを占める。


元となったのはネルマー王国の沿岸部とその北方海域に点在する島々だ。


「長官。トヴァルにケールの浮遊戦艦と少数のフィルッツ軍が集結しているのをメルフィスの情報機関が確認したそうです」


「あまりよい話ではないな。我が軍はアメリカ製の装備で編成されているが、数はそう多くない。特に浮遊戦艦への対抗策は深刻な不足状態にある」


デレメト連邦軍は第二次世界大戦相当のアメリカ軍の装備と軍事顧問団による訓練を受けており、陸戦では他国に十分に対抗できるだろう。


しかし、育成が短期間で済む陸軍と違って海軍と空軍はその限りではない。海軍は船さえあれば反復練習で最低限の操船技術は取得できるが、空軍はパイロットの育成に手間取っている。


現状、ケールとフィルッツを相手に戦争をする場合、航空戦ではアメリカ空軍に頼りっきりになってしまうだろう。無論航空攻撃に全くもって対抗手段がないわけではない。陸軍にはM1 40mm機関砲とM2 90mm高射砲が配備されており、海軍艦艇にも幾らかの防空装備は存在する。


レーダーは存在しないものの双方ともに傑作対空砲であり、近接信管も性能がデチューンされているものの供与されており、いくらかの防空戦闘が可能だろう。


どちらにしろ、フィルッツとケールの脅威はすぐそこまで迫っている。


「弾薬と装備の集積を始めろ。すぐにでも戦争が始まりかねない」


「ハッ!」



アメリカ合衆国 ペンタゴン


「トヴァル王国にフィルッツとケールの軍隊が集まっている・・・か」


「マンター大陸各国には第二次世界大戦時、最低でも第一次世界大戦以前級の装備をばらまいていますが、ケールの浮遊艦隊相手には分が悪い」


「一体誰なんだ?ケールの技術水準が第二次世界大戦頃レベルだって言ったのは」


「CIAもあの頃は少ない情報でやりくりしてたんだ。手元にあった情報源はインチキ神話だけだぞ?」


アメリカもメルフィス同様、トヴァルに"敵軍"が集まっているのを察知していた。


ただ、今トヴァルに存在する舞台の規模は思っていたよりも少ない。こちらを侮っているにしてもあまりにも少数だ。


それほどまでの少数精鋭なのか、単に移動が間に合ってないだけか。どちらにしろ、数の少ない今のうちに軍人としては叩いてしまいたいが、現代のシビリアンコントロールの下で戦争を始められるのは軍人ではない。


「メルフィスの航空戦力を強化すべきだ。マンター大陸各国の少数のワイバーンは少しも使えない」


ケールの浮遊戦艦は打撃力はともかく、防御力と機動力は本物だ。見た目が帆船とは思えない機動力と、結界を利用した防御力はかつての戦艦に匹敵するだろう。


火力は図体に比して大したものではないと言っても、そこらのコンクリート壁を破壊するぐらいは簡単にできる。十分な脅威だ。


「奴らは返事を伸ばしているが、おそらく時間稼ぎだろうな」


「後続が本土から出ていっているのも確認できている。開戦となった時はロシア空軍のお手並み拝見だな」


遠征軍という存在にとって、補給は極めて重要だ。特に現地調達という手段を取ることが難しい近世以降の軍隊は特にそうだ。


かつては補給物資といえば食料と矢程度で、食料はそこらから略奪すればよく、矢は戦場でも幾多かは回収できるし、そもそも矢というもの自体が軽量で小さいために大量に持ち運べるから、そこまで苦にもならなかった。


剣や槍のような武器も必要ではあるが、戦闘中に何度も切り替えなければならないほどぽこぽこぶっ壊れていくものではないので大した負担にはならない。


無論、こんな軍隊でも数が相当に多かったり、長く戦っていると、略奪しすぎて略奪できるものがなくなってしまったりして物資不足に陥るのだが、銃だの大砲だのを使い始めた近世以降では、現地調達での補給は本格的に難しくなった。


国民皆兵の時代が到来すると、戦場の兵士の数は激増し、兵士1人が消費する物資も大幅に増加し、さらに略奪というものは倫理観や戦時国際法・・・そしてそもそも略奪できるような住民は既にいないというパターンが増え、補給線の維持は重要事項になった。


フィルッツ軍の補給は、近代軍ほどではないだろうが、彼らに重くのし掛かるだろう。フィルッツ軍の戦術は物量に頼っているが、その物量を維持するためにはこれまた膨大な物量の補給システムを整えねばならない。


ロシア空軍ははるばるここまでやって来た連中の補給線を破壊する任務もある。もともとあまり多くなかった被害の修復が終わり、物資と兵士を吐き出す2つの港は重要な破壊目標に入れられている。


「ロシア人は昔から補給線の寸断が大好きな連中だからな。どこまで抵抗できるか見物だ」



フィルッツ隷従国 政院


「これで三度目の催促か」


「文面がきつくなっている。そろそろ厳しいだろう」


「軍の移動はどうなっている?」


「とりあえずは上陸と橋頭堡の防衛くらいは可能な数が揃っている」


「ならもう始めてしまおう。次の催促の時に宣戦布告すべきだ」


「賛成だ」


最初に回答を引き伸ばしてから幾分。フィルッツは2度の催促を乗り切ったが、3度目で限界が見えた。


これ以上の引き伸ばしはあちら側の戦争準備を加速させかねないこと、幾らかの戦力の移動が終了した事を受けて、政院は開戦を決断した。


ケールにその旨を伝え、両国は戦争に向かっていく。

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