第64話

フィルッツ隷従国 ナマーク港


「クソッ、奴ら空からやってきやがった!」


「ワイバーンはどうしたんだ!今こそあいつらが必要なのに!」


ケルトランの東に位置するナマーク港にはアメリカ海兵隊が押し掛けて来ており、僅かに残っている警備戦力が抵抗していた。


LCAC部隊の揚陸開始と同時にヘリボーンで降下した部隊はフィルッツ警備戦力の壊滅と連絡網の混乱を引き起こし、とりあえず攻撃されているとしてケルトラン内部から次々に軍が逐次投入されるが、その頃にはジャングルを走破した重装備の部隊とAH-1Z攻撃ヘリが展開し、圧倒的火力と空からの攻撃で一方的な消耗戦に追い込まれた。


「うぁぁぁぁぁっ!」


「あの鉄巨獣をどうにかできんのか!?


「ダメだ、どんな魔術を当てても壊れない・・・」


フィルッツ隷従国の妖精族からなる正規兵は、数こそ少ないが全員が魔術師である。


無論、魔術師は遠距離兵科であり、前衛が必要である。そのため、通常は奴隷を前衛として展開させ、その後ろから魔術の弾幕を放って敵を圧倒するという戦術を取ってきた。


しかし、通路としては広いケルトランとの連絡路は、フィルッツの基本戦術を行う戦場としてはあまりにも狭すぎた。


魔術師の正規兵を守るための奴隷部隊は密集せざるを得ず、そして正規兵も密集しているため、機関銃陣地や車載機銃の弾幕に押し負けており、全く前進できていなかった。


それでも、圧倒的な奴隷の物量をもってすれば、相手の魔力・・・弾薬が尽きる可能性にかけて、次々にケルトラン内から部隊を送り込む。


港湾の破壊は、フィルッツの世界戦略に大きな損害を発生させかねない。勇者という世界最高の武力を有しているにも関わらず、港の1つや2つすらを守れなかったというのはあまりにも大きな評価の後退である。


「全部隊を召集して投入しろ!」



国連軍 カモフヘリコプター部隊


Ka-29の編隊はKa-52の先導のもと、最高速で各自の強襲地点を目指して飛行する。


「敵を発見」


「攻撃する」



ドンドンドンドン!



運悪く強襲地点にいたフィルッツ兵が、Ka-52の30mm機関砲によって粉砕され、その跡地へとKa-29、1機あたり16人の兵士を代わる代わる降ろし、彼らは次々に内部へと突入していく。


内部は上流階級が移動したあとに入ってくるターミナルということもあって、それなりに広い。現在は敵対組織の攻撃を受けているため、通常時存在する人員は既に避難し、少数の兵員が居るだけだったが、僅かな兵員は報告の暇さえ与えられずに排除され、ターミナルは制圧される。


「降下降下降下!」


次々にKa-29とKa-32Tが往復して兵員を運び、少しずつ"宮殿"内部へと侵入する。



タタタタン!



「巡回排除」


「前進」


ヘリコプターから下ろされた各部隊は分隊規模にわかれ、まずは降り立ったフロアの制圧にかかる。


大した兵員はおらず、非戦闘員は既に避難していたが為に、複数のフロアが完全に制圧され、更に送り込まれた増援と共に上層階へと足を踏み入れる。


最初に突入した部隊が手頃な使用人を見つけると、直ぐ様拘束する。


「うぐぁっ」


「声をあげるな。勇者はどこにいる」



使用人から聞き出した部屋へと、複数の経路から途中に出会う全員を拘束して気絶させるか、射殺しながら向かっていく。


道中で合流しながら部屋へと到着した部隊は、突入準備を整える。ーーードアは開いている。


ハンドサインで確認をとり。



バンッ!



「うわっ!?」


「なっなに!?」


ビンゴである。荘厳な装飾と多数の武具が壁に立て置かれ、部屋の中央には質素な寝間着を身につけた19人の少年少女。


「司令部、こちらチャージャー、目標を発見した。これより脱出に動く」


『こちら司令部、了解した。いつでも脱出出きるように手筈は整えておく』


「さて、おじさんたちと一緒にここから家に帰ろう」


「家に帰れるの?」


「ああ、だから一緒に行こうな」


19人を連れ、突入部隊は最も近い階段へと急ぐ。



フィルッツ軍 上層階司令部


上層階の衛兵等を統括する上層階司令部は、先ほどから少し騒がしくなっていた。


「第5小隊、通信無し」


「第12中隊、全小隊通信途絶を確認」


「どう言うことだ!?どこからか侵入者でもいるのか!?」


「これはまずいですな。今中階層にまで下がっている精鋭の第9大隊を持ってきましょう」


「クソッ、侵略者め、我々の新世界秩序を本気で破壊するつもりらしいな」


「しかし、なぜ勇者がいる上層階を狙ったのだろうか」


「勇者を暗殺しようにも逆に全滅させられて終わりだと言うのに・・・」


「それはそうとして上流階級の連中は奇襲に弱い。部隊を急がせろ」


「了解しました」


上層階司令部は勇者・・・19人の少年少女の故郷からやってきているのが今の"侵略者"であることを知らない。


更に"侵略者"との戦力差も分かっていなかった。上層階にとどまっている部隊が次々に消えていくと言うのに、たかだか多少優良な部隊1つを送った所でどれだけの戦力になるか。



ナマーク港 アメリカ海兵隊陣地


「司令部からだ。突入部隊はカモフで脱出。俺たちも撤退準備に移れとの事だ」


「よし、通路に煙幕を展開してから撤退する」


「了解!」



ポヒュンポヒュンポヒュン



車両から発射された煙幕弾が煙幕を展開し、視界が遮られた隙に歩兵はAPCやIFVに搭乗するなりタンクデサントするなりして車両で撤退にかかる。


浜辺にはLCACが既に待機している。重車両は素早くランプを通ってLCACに入り、水陸両用車両はそのまま海上へと漕ぎ出す。



パタタタタタタ・・・



「お、VIP様をのせたカモフがあれか」


彼らの上空をゆうゆうとKa-32Tが通過する。一連の救出作戦は、国連軍には犠牲者がなく、無事に終了した。


艦隊は大型艦を先頭にそそくさと帰路につく。今はフィルッツにこれ以上の用はない。



フィルッツ軍 第9大隊


中層階から上層階に呼び戻された第9大隊の全兵員は、その額に小さな汗を浮かばせ、全員が険しい表情をしていた。


「急げ!勇者がどうなっているか確かめるんだ!」


全速力で上層階の大部屋・・・勇者達に割り振られた場所へと向かうケルトラン上層階旅団第9大隊。


いくら待てども暮らせども、勇者達からの賊どもの討伐報告が届かない。


まさかやられてしまったのか?そんなははずはない。恐らくは・・・何らかのトラブルだろう。


「ドアが・・・開いている!?」


「このまま突入するぞ」



バン!



「そ、そんな馬鹿な!」


そこはもぬけの殻であった。19人の勇者・・・フィルッツの巨大な力となるべきであった者共は存在しない。


「とんでもないことになった・・・」


フィルッツの提唱する新世界秩序・・・その政策は勇者に殆どの武力を頼って居るのだ。


全てがひっくり返ったときだった。



ジョージア トビリシ


『ヘルシンキに到着したロシアの揚陸艦からヘリコプターで19人は病院へと運び込まれ、現在、医師によって健康状態の確認が行われています』


『国連安保理はフィルッツに対し、19人の誘拐に使用した技術の放棄や、賠償を求めることで一致し、現在各所で調整が行われています』


「19人も誘拐したんだ。きちんと罰を受けてもらわなきゃな」


「フィルッツはいったい何を考えて19人も誘拐したんだろうな。それも子供を」


「さぁな。どうせろくでもないことだろ?」


救出作戦が成功裏に終わり地球圏は熱狂に包まれた。遠い異国の地に拐われた、それも子供たちが、一人も欠けずに帰ってきたのである。


子供たちが帰ってきたからには、各国政府の次の行動を見るために大勢がテレビ、動画配信サービスに釘付けになり、人々は盛んに叫んだ。


「懲罰だ!」

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