第63話

国連軍艦隊


アメリカ海軍の空母打撃群を中核とし、そこへ両用即応群2つが加え、更に各国の艦艇を加えた約50隻にもなる連合艦隊は、一路フィルッツへと向かっていた。


アメリカ海軍の揚陸艦には海兵隊や各国水陸両用部隊が搭乗し、一方で完成してまもないロシア海軍の23900型強襲揚陸艦には多数のヘリコプターが搭載され、ヘリボーン部隊の輸送とその援護を行う攻撃ヘリの運用を担当している。


護衛艦と潜水艦は最新鋭かつ多機能、そして高練度の艦が集結している。この世界においてどのような手段をもってしてでもこの艦隊を止めるのは不可能に近い。


遂行する作戦計画の分類としては救出作戦や人質解放作戦に相当するが、動員された兵力とその作戦規模は前代未聞である。


「史上最大の誘拐から救出作戦、か。総兵力7000近くとはかなり出したな」


「最大編成の海兵遠征部隊1つと、ロシア海軍歩兵にウーシマー旅団。豪華絢爛だ」


「どこからどこまでも精鋭1色だ。失敗は許されないぞ」


艦隊は時折突っ込んでくる海賊を軽くあしらいながら西進して行く。


そしてF/A-18E/Fの戦闘行動半径にケルトランが入ると、早速最初の攻撃に艦隊は取りかかる。


「よぉし野郎共。映えある一番槍の栄誉は、俺たちが担当することになった」


パイロット達は配られた資料を見ながらスクリーンに目を度々飛ばし、必要な情報を頭に叩き込む。


「必要なことは幾つかの敵防衛拠点の爆撃と敵航空戦力の撃滅だ。露助のLHDに乗っている連中は奴らのワイバーンの格納庫か移動用ワイバーンの発着場から内部に侵入予定だ」


作戦決定後も更なる情報収集を行っていたところ、上層のワイバーン格納庫と滑走路と見られていた箇所の一部は、実際には上流階級が移動に使っているワイバーンの発着場であると判明し、全てのヘリが上層の移動用ワイバーン発着場へと目的地を変更している。


「ワイバーンは低速かつ攻撃能力も貧弱だが、ヘリにはそれでも脅威だ。全て叩き落とす必要がある」


ヘリコプターは最高速度こそワイバーンよりも速い機体はいくつもあるが、初歩的な空戦機動さえ取ることは余程高い機動性を持たされている機体でもなければ不可能であり、ヘリボーン中の空中静止している時は特に無防備である。


「港湾施設付近のバリスタやら塔やら、兵舎なんかは全て吹き飛ばす。容赦はするな。こいつらは全員クソッタレの誘拐犯だ」


軍事作戦において事前に爆撃を行うことは重要だ。敵が爆撃によって弱体化するだけでなく、ダメージの復旧にリソースを割かねばならず、戦闘準備は遅れ、結果的に戦闘で不利となる。


「説明は以上だ。健闘を祈る」



アメリカ合衆国 ニューヨーク


『国連は、今日23時59分までにフィルッツが誘拐した19人の返還に応じなければ、19人の命と尊厳を守るため、やむなく軍事作戦を実施するとのことです』


『新世界への転移以後、突発的な戦争や』


各国のテレビは毎日のようにフィルッツによる誘拐事件を報じ、国連によってその事実が発表された日の新聞の見出しとメインの記事一面に載った。


そして、現在時刻23時58分55秒。


円卓に座った何人もの高級軍人が腕時計に目をやり、秒針を追いかける。


「・・・5、4、3、2、1」



ガチン



壁に掛けられている時計の針が動く音が鳴り響く。


「時間切れです」


「作戦開始を命令」



フィルッツ隷従国 マネケス港


ケルトラン本体の南に存在するマケネスは、一応は大国と言えるほどの基礎国力を有するフィルッツ相応の大きな港だ。


「今日も外国船で埠頭は一杯か」


「全く、こいつらも必死だなぁ」



ヒュン!ヒュン!



「なんだ?」


港湾施設にいた者らは、複数のなにかが高速で空から落ちてきたことに気づく。


直後。



ボォォン!!



港の警備を行う衛兵詰所は爆炎に包まれ消滅した。


「なっ、ど、どこからの攻撃だ!?」


港湾事務所は大混乱だ。どこからもわからない攻撃、一撃で数十人は常駐する詰所ほどの建物なら吹き飛ばす破壊力。


恐怖にかられた人々は必死で攻撃者を探し、そして少しでもそれから遠ざかろうとする。


そして、膨大な対空監視員が発生すれば、自ずと少なくとも1人は目標を発見できる。


「あ、あれは一体なんだ!?」


雲の間からスーパーホーネットを見つけた人々は、我先にと逃げていく。


「あれが敵か!今すぐに軍に連絡しろ!全部吹っ飛ばされちまうぞ!」


「は、はい!」



フィルッツ隷従国 第7飛兵舎


「マケネスの事務所からの連絡です。敵性勢力のワイバーンらしきものから攻撃を受けているとのことです」


「先ほど発生した火災はそれが原因だったのか。すぐにワイバーンを出せ。港がやられるのはまずい」


全てのワイバーンが個体ごとに割り振られた部屋から専属の騎手によって滑走路へと連れていかれ、順次発進準備を整えると、順番に誘導員の声にしたがって滑走路を走って大空へと羽ばたいていく。


フィルッツに生息しているワイバーンは、フェルドル諸島がジャングルに囲まれ、それに加えて長い滑走路たりえる場所が少ない為に、STOL性が高く、またすみかを小さくせざるを得ないことから小さい体を持つ。


小さい分、体力は大きくなく他の地域のワイバーンと比べ1割から3割ほど航続距離、戦闘行動半径は小さい。また生成可能な火球も、小さい分弾速は速いがいかんせん火力では他に見劣りする。


機動力とSTOL性では他のワイバーンに勝る分、それだけ単純な火力は低下しているというのがフィルッツのワイバーンの総評である。



アメリカ海軍航空隊


『こちらホテル3、敵ワイバーン離陸を確認』


「ホテル1より各機、高度を維持し、ワイバーンが全て排出されるまで待機」


ホテル隊はワイバーンの上ってこれない高度を低速で巡航し、ワイバーンの出撃完了をまつ。


ワイバーンは元々STOL性が高く、そこからさらにSTOL性の高いフィルッツのワイバーンは数十分もしないうちにほとんどが出撃し、空中で編隊飛行に移る。


そして彼らが敵を視認し、同じ高度を目指して上昇しようと言うとき。


「各機降下、敵ワイバーンを殲滅せよ」


スーパーホーネット全機が順次降下し、次々にサイドワインダーを放っていく。


多数のミサイルによって機械的に訪れる死に、多くの騎手は顔を真っ青にして回避行動に移り、本能的にその場から離れようとする。


「1匹たりとも逃がすな!」


のちのヘリボーンと目標の救出を確実とするために、必要となる完全な作戦遂行が要求された米海軍航空隊に慈悲はなかった。


ボトボトと墜落するワイバーンと、轟音をあげてそれらを撃ち落とすF/A-18E/Fの姿に市民はパニックに陥り、ケルトラン本体と港を繋ぐ連絡通路は大混乱に陥った。


フィルッツ軍はマケネスと別のもう1つある港の上空でも壊滅的被害を被り、保有するワイバーンのうち、全体数では6割を喪失し、現在残っているワイバーンも、その多くが体調不良であったり、繁殖用で空戦には対応不可能であるため、実質的に航空戦力は全滅状態となってしまった。



ロシア連邦海軍 23900型強襲揚陸艦


遠洋揚陸戦力の深刻な不足に直面したロシア海軍がリソースを集中し、当初の半分の期間で建造した23900型は、元々導入予定であったフランスのミストラル級に近い規模となっている。


約900名の海兵を搭載可能な23900型強襲揚陸艦の甲板には、現在多数のKa-29がローターを回しながら待機していた。


Ka-27を元にして複数の武装を追加し、内部に16人を搭乗しての強襲攻撃が可能である。


今回、ケルトラン上層部へのヘリボーンを担う予定であるのは23900型に乗る400人ほどの各国特殊部隊を中心とする兵員である。


Ka-29と艦載攻撃ヘリKa-52Kが先陣を切り、降下地点を確保次第、Ka-29同様Ka-27から派生した多目的輸送型Ka-32Tと、弾薬のきれたKa-29を使用して継続的に兵力を輸送し、上層部を制圧する。


順調に艦隊が移動し、作戦開始海域に到達すると、順次Ka-29が離陸し、ついで格納庫からKa-52Kが甲板にあげられて離陸する。


「遂に作戦の最重要段階がスタートか」



ザァァァァ・・・



「海兵さんのLCACも出撃済みか。これから騒がしくなるぞ」


彼らヘリボーンチームの眼下には、巨大な水しぶきをあげる米海軍LCAC-1級やムレナ型LCAC、そしてACVやBMP-3Fが沿岸へ向けて進んでいる。


フィルッツの、終わりの始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る