第62話

フィルッツ隷従国 外務局


「ハッハッハッハッ!」


「笑いが止まりませんな」


「これ程奴らが弱腰に出てくるのは滑稽ですなぁ!」


フィルッツ隷従国の新世界秩序計画は順調に進行しつつあった。


勇者、いにしえの時代、国ひとつを容易く滅ぼしたとされる何人もの悪魔を打ち倒し、世界を外部からの脅威にさらされ続ける時代に終止符を打ったと伝えられている存在。


その召喚方法は数百年程前、世界的な災害が多発した頃に儀式陣ごと破壊されてしまい、以後は歴史学者や考古学者の扱う物へと変化していた。


しかし!妖精族の魔術師の権威達は長い研究の末、各地に散らばる当時の遺跡から勇者召喚の方法を再現し、遂に召喚に成功したのだ。


各地に封印されるか潜伏している僅かな弱小な悪魔では召喚されてまもない勇者でさえ簡単に倒すことができる。


一方で通常戦力であれば、そんな弱小な悪魔でさえ倒すのには苦労する。過去に悪魔が出現したさい、ケール王国でも大量の浮遊艦隊を並べた上で隙を狙って神聖府の浮遊戦艦かた一撃を加えるという手法で膨大な死者と被害を出して悪魔を討伐した。


すなわち、勇者は個であるにも関わらず単体で戦略兵器として機能する。それが19人も居るのだ。


「しかし、不遜なやからが1つありましたな」


「たしか・・・地球圏といいましたかな?」


19人が地球圏の人間だとは彼らは更々信じていなかった。持ち込まれた書類にも目さえ通さず、勇者を横取りしたいだけ。とその場で結論づけた。


しかし、それが大きな間違いであり、これが国家の存亡の危機にまで発展するとは、誰も考えて居なかった。


強大な戦略兵器である勇者を召喚できた以上、もはや彼らに逆らえる国家など、いないと思われたからである。



アメリカ合衆国 ニューヨーク 国連軍司令部


ニューヨークに設置された司令部の会議室に集まった各国軍参謀部の代表者が集まり、巨大なスクリーンに分厚い書類を持って向き合う。


「集まってくれてありがとう。我々の任務は知っての通り、誘拐された19人の少年少女を救出することだ」


スクリーンにフィルッツの存在するフェルドル諸島が表示され、フィルッツの領土にズームされ、やがてケルトラン市がアップされる。


フェルドル諸島は大きな少数の島によって構成されており、元はそれなりの大きさの大陸が勇者の召喚方法が失われた時代に災害によって分裂して形成されたといわれている。


「ケルトランは縦に伸びた巨大な円筒都市だ。通常の特殊作戦のやり方では1フロアの制圧も難しい」


「誘拐された19人の居場所は・・・最上層付近?」


「何処かからかヘリボーンをしかけられないかな」


情報は十分とは言い難かったが、それなりには集まっていた。特に最重要の19人の位置については大体判明していた。


最上層付近の"宮廷"に収容されているという情報を"勇者への謁見"を行った国家から収集できていた。


ヘリボーンか、もしくはヘリを使用して侵入できそうな場所がないか血眼になって探す。


「これは・・・何かの発着場か?」


幾つもの偵察写真や国外から収集された地図などを見聞するなか、見つかったのは大きな開口部を通って内部から外へと伸びる構造物だ。


「内部と繋がってるのか?」


「この地図によると・・・ビンゴだ」


この構造物は滑走路であった。フィルッツの運用する航空戦力の詳細は手に入れられなかったが、少なくともワイバーンの現地種を使用していて、それが内部の格納庫に相当する箇所と繋がっていることが確認できた。


「最上層近くにも幾つかあるみたいだ。侵入場所はこれで決まりだな」


外部に突き出ている滑走路はUH-60やMi-17等の中型多目的ヘリコプターが着陸するに十分な広さがあり、1つ下の階層まできちんと石で頑丈に作られているようであり、着陸しても相当手抜きか老朽化していない限りは問題はなさそうである。


「19人の救出経路はこれでいいとして、問題は作戦中に奴らの軍隊が大挙して上層部に押し掛けられないように釘付けにしなければならない」


「港湾部に釣りだすのはどうだ?例外的に発展しているようだからな」


ケルトラン本体の周りにはジャングルが広がっているが、南と東にそれぞれ1ヶ所ずつ港湾設備とそれに伴う住宅や倉庫群が建設され、貿易や外国とのアクセスの為に使用されていると見られている。


「ジャングルは沿岸まで広がっているみたいだが、さすがに薄いな。近くのビーチに工兵を先頭に突入して重装備は投入できそうだ」


「重装備の上陸と部隊の揚陸が終わったら、港への直接のヘリボーンもやるべきだな。敵を混乱させなければなるまい」


19人の少年少女を救出する為にたてられた作戦は、ケルトランという都市の特殊性と、相手が国家であるという事、そして隠密作戦がケルトランの構造上不可能である為、巨大なものとなった。


複数の揚陸艦と航空支援を行う空母、そしてそれらの護衛と艦砲射撃やミサイルによる火力支援を行う艦艇の選定が進められ、それが終わるとすぐさまヘリコプターに乗って敵の頭上から強襲を行う部隊と港湾部に上陸する部隊の選定が始まる。


部隊はもちろん各国の精鋭に決まり、さらにどの兵器を使うかにも話は広がる。今回はただ威力の高い高火力兵器では最悪ケルトランの崩落などを招きかねない。


できる限り高い効果を発揮しつつ、柔い石造の巨大円筒建築に負荷をかけないようにしなければならないのだ。


そしてすべての決めるべき事項を終えると、彼らは会議室を出て各々の場所へ戻る。


戦争の計画が立てられた。あとは実行されるのみである。



神聖ケール王国 世界統制府


フィルッツの新世界秩序宣言への対応を迫れているのは、世界最強の列強ケール王国も同様であった。


「厄介な事になりましたな」


「今はとりあえず回答を延期しているが、いつか結論を出せねばならぬな・・・」


「しかし勇者とはな・・・」


ケールとしては新世界秩序に入るつもりは更々ないが、勇者という戦略兵器をフィルッツが持っている以上、そう簡単に断るわけにはいかない。


「そういえば・・・」


「何かあったのか?」


「あの勇者が自国の国民だと悪魔の巣窟・・・地球圏が主張しているらしい」


「ほう。それは・・・いいことに使えそうだな」


「そりゃ一体?」


「吹き込むんだよ。フィルッツにな。あいつらは悪魔を使っていて、それがバレた時が怖いからお前たちの勇者をかっぱらおうとしているってね」


「なる程な。いくら勇者でも、地球圏の抱える悪魔の数は相当数あるだろうから、それなりに損害を負うだろうし、上手くいけば共倒れさせられるかもな」


ケール王国としては世界最強の列強の立場は最近揺らぎ続けている。


非文明圏と機械文明圏での敗北と、それぞれの文明圏の実質的なケール王国の統制下から離れた結果、ケール王国の国際的な影響力は低下の一途をたどっている。


原因は明らかだ。


地球圏、非文明圏の中心に存在し、非文明圏を大きく東西に分けていた中央海に突如として現れた地球圏。


異世界からやってきたとのたまっているが、実際には最近になって外洋を航行可能な船舶の開発に成功したという事だろう。


やからの本来の国力は、ケール王国どころかクタル程度であっても吹けば飛ぶ程度でしかない筈だ。


しかし、奴らは禁忌、そう、禁忌である悪魔を使っていたのだ。


それも全貌はつかめていないが、かなり大規模なようで、奴らの文明の根幹に位置しているようである。


地球圏はこの悪魔の力で連戦連勝を重ねており、世界の情勢を塗り替えるつもりだ。そして2つ目の新たなチャレンジャーまでも現れた。


ケール王国は自信の影響力を保とうと、必死に謀略を張り巡らせた。

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