第60話

神聖ケール王国 世界統制府


「愚かなっ!」


「たかが新興国がこのようなっ!」


「忌々しい!」


ケール王国軍と徴用軍が敗れ、マンター大陸から追い出されたのち、アメリカ合衆国の発表したワシントン勧告は、自らを世界の中心、頂点と信じてやまない彼らをひどく怒らせるのに十分であった。


ワシントン勧告は、ケール王国軍がいかなる目的であろうとも、マンター大陸への進入を許さないというものであり、大陸の全国家とアメリカ、カナダ、メキシコの連名の元発表された。


本土から非文明圏派遣軍への援軍として2個艦隊がマンター大陸へと向かっていたが、橋頭堡を喪失し、現地の部隊も降伏済みであったため、とりあえずは帰国させ、次はどうするかとなっていた時に発表されたこの勧告は、彼らを激怒させた。


とはいえ、橋頭堡となりえる国家が近くになく、戦力を損耗した神聖ケール王国は一旦行動を止め、戦力の回復・増強と非文明圏国家の引き抜きに動いた。


戦いに敗れたとはいえ、あくまでも局地戦にすぎない。まだまだ世界最強の看板は下ろされておらず、十分に機能している。


「島国に圧力をかけろ。補給路の確保だ」


「陸軍に外征部隊を創設するべきだな」


「物量も重要だ。数を増やせ」


神聖ケール王国は一気に軍事力に国力を投入し、急速に軍拡を推し進めるが、練度の向上と大軍に必須の補給路の確保には世界最強という看板でいくらか小国の土地を使えるとはいえ物理的な問題も多く、時間がかかり、しばらくはこれらの問題につきっきりとなった。



アメリカ合衆国 ワシントン州 A収容所


転移後、捕虜の移送場所として建設されたこのワシントン州の収容所に、クタルとの戦争から長らくやってこなかった新たな仲間が加わった。


マンター大陸から移送された数百名のケール王国兵である。


「降りろ」


施設の職員によって連れられ、施設内を案内される。彼らが施設内を見て感じたのは、最初に送られたクタルの将兵と全く同じ内容だった。


捕虜の為にこんな広大な施設をわざわざ?しかも、ベッドをはじめとする部屋の中の設備も、ケールの基準からすればあまりにも豪華だ。


「これが・・・食事だと?」


トレーに乗せられた食事は、かなり上等なものだ。


無論、貴族のパーティーに出てくるような、珍味と高級素材、そしていくつもの調味料で作られた上等な料理、という意味の上等ということではない。


捕虜にだされる食事など、よくて残飯、悪くて無し。


そもそもこんな場所へと送られること自体、ケール人からしてもおかしいのだ。


「おかしな考え方の国だ・・・」



タジキスタン ドゥシャンベ



カシャッ!カシャ!カシャ!



16個の旗の前に16人の各国の代表者が並び、マスコミからのカメラの応酬を食らう。


タジキスタンの首都、ドゥシャンベに集まった旧ソ連構成国とフィンランド、あわせて16ヶ国の代表による交渉の末、北ユーラシア国家連盟が成立。


アメリカが中心の北アメリカ連合と同様に、EU型の国家連合をユーラシア側の転移国家で組んだ形となる。


各地で紛争などの問題を抱えつつも、妥協を繰り返して主に経済面の協力を優先した。転移後に大打撃を受け、一定の回復と発展を見せたものの、未だに少し不安定な経済の解決が各国に取って急務であったからだ。


また、一方で全転移国家が参加する現地国家への輸出規制の一元化を行う条約の交渉が進んでおり、地球圏は1つの勢力として更に固まりを強めつつあった。



フィルッツ隷従国


「おお、ついに準備が整ったか!」


「はい。主な魔石輸入先のクタルが複数国に分裂した時はどうしたものかと思いましたが・・・」


「ふん、新興国はバカで助かる。多少値段は高くなったが、簡単に輸出してくれるとはな」


フィルッツ隷従国の首都、ケルトランは郊外をジャングルに囲まれ、都市自体は階をあげるごとに住んでいる者の地位と物理的な直径が小さくなっていく巨大な石造の円柱を積み上げた構造となっている。


「後は最終確認と儀式のみです。それさえ終われば・・・」


「世界は我らのものだ。して、巫女の準備は?」


「万全です。いつでも儀式に取りかかることができます」


「最終確認はいつ頃終わる予定だ?」


「あと数刻もすれば終わります」


「よろしい」


都市の地下深く、儀式場と呼ばれ、歴史上、妖精族の重要な儀式が執り行われた場所に描かれた儀式陣。魔石から供給された魔力で妖しく光っている。


「・・・何度見ても素晴らしい。我らを覇道に導いてくれる偉大な光だ」


しばらく彼らが儀式陣を眺めていると、最終確認が終わった旨を彼らの部下が伝えに来る。


「よし、巫女達を並べ、儀式を始めよ」


「はっ」


フィルッツでの巫女とは、いわゆる修道女等に類するものだが、魔術の専門家、儀式の実行役という役割も持っている。


儀式場に19人の巫女が均等に感覚を開けて並び、儀式陣の中央に魔石が運び込まれる。


「神よ!」


「邪悪なる者共は!」


「世界は追い詰め!」


「我らは!」


「世界の端に追いやられ!」


「我らは滅びに!」


「滅びに向かっています!」


「我らに!」


「異世界の!」


「我らを救う!」


「勇者を!」


「神よ!」


「我らに救いを!」


「どのような邪悪でも!」


「打ち砕き!」


「我らに救いを!」


「もたらす!」


「勇者を!」


「神よ!」


19人の巫女がそれぞれのセリフを言い放つと、集められた魔石が強い光を出し、空中に浮かび上がると、19個の集団に別れ、それぞれから空へと巨大な光の柱が発射される。


「素晴らしい・・・」



エストニア 首都タリン


『・・・警察総監へのインタビューによれば、近く19ヶ国の警察機関による合同捜査本部が設立され、本格的な捜査が開始されるとのことです』


「いやねぇ、物騒だわ。あなた」


「ああ、各国から1人ずつ、しかも一瞬の間にな・・・」


ここ数日、地球圏のニュースはとある1つの話題につきっきりだ。


19ヶ国同時誘拐事件。


19ヶ国、すなわち全ての転移国家の16歳の男女が1人ずつ、空から舞い降りた光の柱によって誘拐されてしまったのだ。


一体どこの誰が、どうやって光の柱を出現させ、そしてなぜ誘拐したのかすらわかっていない。


数日後、カナダのバンクーバーに設置された合同捜査本部に集まった数百名も各国から派遣された警察官達の見解は外国・・・特に魔術の発達した第2魔術文明圏と第1魔術文明圏の関与を疑った。


外周国家群の友好国に要請して魔術師を呼び、事件現場の魔術的な調査を依頼。


各国から派遣された魔術師は、国のために、そしてまだ成長途中の自らの孫や子を頭に浮かべ、その親の悲しみを思い浮かべて全力で調査を行った。


合同捜査本部が用意した最高の環境で、彼らはあらゆる手段を用いて調査に当たったが、結局ひねり出せたことは少なかった。


「わかったことは、少なくとも非文明圏より外側のこの世界のどこかに飛ばされている、ということだけです」


「それだけでもわかっただけ成果だ」


しかし、十分な影響力を持つ外周国家群と機械文明圏なら満足な捜査ができるだろうが、それより外側となると満足な捜査は不可能だろう。


「早速行き詰まったな・・・」


各国への働きかけは数年単位の時間が必要だし、この世界の権威主義の横行を考えれば、「平民の子が何人か消えたくらいで・・・」となる可能性は高い。



ミストラル王国 王城


「大陸の危機は去りましたな。陛下」


「ああ、平和と安定を取り戻せた。また未来を見ることができるな」


ミストラル王国はマンター大陸の平和と安定が回復し、また工場からの出荷品が売れることを喜んでいた。


「所で陛下、フィルッツより使者が届いておりまして・・・」



スチームー帝国 帝都


「まさかドラゴネストに完全勝利できるとはな」


「地方の復興はまだ終わっちゃいないが、これは偉大な勝利だ」


スチームー各地では復員と戦災からの復興が進んでおり、少しずつではあるが戦前の豊かな暮らしが戻りつつあった。


「そういえば、フィルッツからの使者が来たらしいぜ」



神聖ケール王国 王都


「軍拡で息子が軍にとられてしまったわ。ほんと嫌わね。軍隊って」


「本当!兵士って結構めんどくさいの多いしねぇ」


急速な軍拡の進むケールでは、小さいながらも不満が噴出し出していた。とはいえ、軍拡では不満とはどこでも発生するものである。


「そういえば夫から聞いたんだけど、フィルッツからの使者が来てたらしいわよ」



フィルッツ隷従国


「ふふふ、ハハハハハ!」


「笑いが止まりませんなぁ!」


「奴らはこれから自らが我らに従わなくてはならないという屈辱を味わうのに!」


「全くもって滑稽ですな!」

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