第58話
アメリカ合衆国 ペンタゴン
ハープーンによってケール艦隊を後退させ、時間を稼ぐことに成功したアメリカ軍は、次の行動へと移ろうとしていた。
既に現地国家の諜報機関や偵察機、偵察衛星によって情報は十分集まっており、あとは戦力を用意し、作戦をたてて実行に移すだけである
「CIAと現地国家の諜報機関によれば、敵戦力の多くは内陸の都市部に後退し、再編成と補給を行っている模様です」
「離陸して結界を張られては厄介だ。地上撃破すべきだな」
「敵地上戦力は先の勧告に屈服した国家からの徴用で貧弱なようだ。これなら簡単に蹴散らせるな」
ケール王国軍は懲罰的な軍事行動が大半を占めており、それには浮遊艦隊による上空からの攻撃だけで十分であり、陸上兵力は他国と比べかなり少なく、本土から動かすつもりは更々ない。
そのため、懲罰戦争の度に忠実な現地国家から徴用することによって毎度占領地の維持等を起きなってきたが、ケールの浮遊艦隊がもし排除されたとき、士気は低く、市民の人気の存在しない彼らは現地国家にも簡単に排除できるだろう。
「今は時間が惜しい、陸軍はC-130で運べるストライカー旅団を中心に投入し、空軍はB-52で地上の敵艦隊を吹き飛ばすんだ」
空対空ミサイルに対艦ミサイル級の威力があるものは歴史上でも少なく、空対空ミサイルで結界という強力な防御手段をもつ浮遊戦艦を撃破するのは難しいが、ひとたび彼らが地上目標となれば話は変わる。
ミサイルでも爆弾でもGPS誘導で停泊している所に飛ばして吹き飛ばしてしまえば、そこに残るのは焦げ臭い残骸だけだ。
会議が終わり、作戦が決まると、すぐさま戦力の移動が開始された。
多数のC-130にストライカー旅団が積み込まれ、それらの護衛も兼ねて追加の航空戦力とそれらの備蓄装備も迅速に輸送される。
ハープーン攻撃の衝撃とその混乱から立ち直られる前に奇襲を仕掛けなければ、敵軍の完全な排除は見込めないだろう。
現状ほぼ全ての浮遊戦艦が停泊し、後続の徴用されたであろう歩兵も移動中であり、今攻勢を仕掛ければ最も高い戦果を得られるとペンタゴンは結論を出した。
スチームー帝国 国境地帯
「遂に逆侵攻か」
「奴らが負けていくのは清々するな」
激しい戦闘の末、遂に元の国境までの地域を解放したスチームー帝国軍は、次の行動を決めかねていた。
敵の戦力の大半を粉砕したため、和平交渉を行ってもいいが、帝国の上層部の多くは国境から山岳地帯までの間に少しだが存在する平野の掌握を望んだ。
国内までの縦深を確保するためというのもあるが、あの自尊心の塊であるドラゴネスト上層部が国境まで押し返された程度では敗けを認めず、だらだらと戦争に付き合わされる可能性が高い。
そのため、抵抗を粉砕して占領地を拡大する必要があると考え、進撃を決定した。
「砲撃用意!・・・撃て!」
バァン!バァン!バァン!バァン!バァン!
スチームー帝国軍は全戦線で事前に偵察で割り出したドラゴネスト軍陣地に対して攻勢準備砲撃を敢行、元々強力な砲兵を有するスチームーの砲兵は戦時下において強化されており、運良く戦争を生き延びたドラゴネスト兵は、この砲撃をこう呼んだ。
「鉄の暴風」と。
ドラゴネスト軍 前線司令部
スチームー軍の山岳と国境の間の平野への攻勢は政治的な意図が大きく、資源等については特に考慮せずに計画されたが、ドラゴネスト側としては事情が違った。
平野の先にある軽い山脈を越えると、そこには巨大な魔石鉱脈が存在しており、ドラゴネストの財政と製造業を支える根幹であり、他国からのテロ攻撃を恐れて極秘扱いであった。
無論ドラゴネストのすべての魔石需要がこの鉱脈に依存しているわけではないが、この鉱脈は周辺地形が穏やかなのもあって規模が大きく、産出量でトップを走っており、これが欠けるとドラゴネストにとっては経済的に苦しくなってしまうため、絶対に守らなければならず、下層民を徴兵された下級兵からなる地上部隊も配備した。
「報告!前線にて敵軍の砲撃が行われました!」
「前線部隊はどうなった?」
「前線部隊はそのほとんどが結界を突破され・・・壊滅しています!」
「ば、バカな!前線の結界は魔術師によるものとは言え、あの劣等種族に打ち破られたと言うのか!」
下級兵は魔力も身体能力も貴族出である竜士団所属の上級兵や魔術師に大きく劣っているが、通常の人間種は大きく引き離している。
高い身体能力と魔力による強化で銃弾にもある程度耐えることができ、そこへ防具や魔術具を組み合わせることによって高い防御力を発揮してスチームー帝国軍の武器をはねのけ、一方的に攻撃することでスチームー帝国軍を疲弊させ、その隙に竜士団を後方で再編成・増備して再度スチームーに侵攻するという計画であった。
しかし、その戦略の根幹たる前線の歩兵部隊はスチームー帝国軍の砲兵火力に焼かれ、必要な場所にもはや存在しない。
「山脈まで一気に突破されてしまうぞ!」
ケティッフィ王国 王都グラドル市郊外
「まだあの攻撃がどこからなのかわからんのか!?」
山岳に接し、豊富で良質な石の取れ、それによって作られた工芸品や、石材の輸出で知られるケティッフィ王国は、現在ケール王国軍の占領下にあった。
グラドル市内、元は王城であった場所に設置されている非文明圏派遣軍司令部は大混乱の最中であった。
「一体あの攻撃がどのように行われたのかわかっていないのか?」
「全く魔力を使っていないようでして、詳細は一切・・・」
「クソッ!これでは前進できないぞ!」
ハープーンによる攻撃に衝撃を受け、情報収集を進めたものの大した情報は手に入らず、部隊の再編成は終わったものの前進を再開できずにいた。
「司令!大変です!」
「どうした?」
「各地の浮遊艦隊が攻撃を受けています!」
「なんだと!?被害は!?」
「結界を作動させていなかったため、壊滅的な、被害が・・・」
司令部の士官たちは、開いた口が塞がらない。世界最強の軍隊が一方的に損害を負い、その組織的戦闘能力を失いつつある。
「ば、バカな・・・」
そう言うのが、やっとであった。
アメリカ軍 マンター大陸派遣軍
B-52から発射されたJSOWによる爆撃によって、各地の停泊している浮遊艦隊は壊滅的な被害を負わせることに成功したアメリカ軍は、戦果を確認し、攻撃が効果を上げていることを確認するとすぐさま次の行動へ出た。
「ストライカー旅団前進、占領された地域を解放せよ」
多数のストライカー装甲車が北上を開始し、各地で占領軍との戦闘に入ったが、ケール王国軍は元々殆どが艦艇の乗組員であり、占領軍は士気が極めて低いこともあって簡単に排除された。
ケール王国軍と占領軍が排除されたあとには、ストライカー旅団の後ろを追う占領された各国の亡命軍やそれに協力する各国軍が続き、現地の統治を一時的に担うか、亡命政府へと移管されていった。
「爆撃の効果はてきめんだな。世界最強という看板の微塵も感じられない」
アメリカ軍は更なる前進を続け、ケール王国軍司令部はケティッフィ王国、グラドル市から脱出し後方の都市への逃避行を余儀なくされた。
「ここで止めなければ、奴らに占領地を全て奪われるぞ!」
ケール王国軍は北西部の山岳地帯の中に存在する丘陵地域、ケマーティと呼ばれている地域に残る戦力を展開して進撃の阻止を試みた。
ケティッフィ王国の国名の由来にもなっているケマーティには、長い年月のなかで幾度となく変わった支配国家の手によって第3魔術文明圏との貿易港を持つ大陸北西部の沿岸との道路が整備されており、北西部に大規模な兵力を送り込むにはここを通るしかない。
「司令、敵はこの先の丘陵に戦力を集中させているようです」
「デカイ山脈に阻まれているからな。そこに戦力を集中させるのは自明の理だが、相手が悪かったな」
神聖ケール王国の引き起こした2つの戦争は、終結へと急速に向かっていた。
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