第57話

アメリカ合衆国 ペンタゴン


「奴ら、本当に戦争を仕掛けてきやがったのか!」


「抑止力というのが本当に存在しないのだなこの世界は!」


予想外のケールによるマンター大陸諸国への侵攻に、ペンタゴンは動揺した。


アメリカ軍はこれ程大規模な戦争の準備ができていない。ケールがここまで傍若無人でかつ戦力差を理解していないとは考えられなかったからだ。


「敵の主戦力は?」


「浮遊戦艦と呼ばれている大型帆船のようです。飛びますが」


「まさにファンタジーだな。こいつらを現地国家軍が止められるか?」


「不可能でしょう。政治的な方法での侵攻の中止が失敗すれば、本格的な部隊派遣の準備が整うまで、何らかの方法で足止めする必要があります」


「浮遊する大型艦船への攻撃が可能な兵器はあるか?」


「ハープーンを高空巡航モードで飛ばしては?シースキミングと違って陸上に干渉しないでしょう」


あまり知られていないが、ハープーンには高空巡航モードが存在する。ハープーンはアクティブ・レーダー・ホーミングで誘導されており、綿密に待ち伏せの体制を取れば、誤射を気にせず浮遊戦艦とやらに大打撃を与えられるであろう。


「恐らく政治的努力による侵攻阻止は失敗する。本格的な派遣部隊の編成完了までの間、ハープーンを投下して敵船団を動きを止める。準備を始めろ!」


「はっ!」


アメリカ軍は空軍とハープーンを用意し、U-2偵察機と偵察衛星による監視を始め、ケール船団の情報収集を開始した。


一方で、望みは薄いが、一応という形で政治的・外交的なアプローチも行われたものの、いくらケールとの会談の場を要求しても拒否されるのみであり、アメリカ政府は軍事力による解決にシフトチェンジし、軍に作戦行動を開始するよう指示した。



スチームー帝国 総司令部


この日、総司令部には多数の将軍と、それを一つ高い目線のところから見る皇帝とその側近達が集まっていた。


彼らはいくつもの矢印と日程のかかれた巨大な作戦地図を眺め、時折腕時計に目を落とし、そして額に汗をかいた。


「・・・作戦開始時刻です」


この時、スチームー上空に待機していたMiG-31とSu-27、そしてその下に控えるLa-7Sは、作戦行動に移った。


最初にSu-27がR-27中距離空対空ミサイルを発射し、空中哨戒中の竜複数が数十km先から一方的に撃墜された。


MiG-31は、浮遊戦艦の存在とそのスペックをスチームーからの情報提供で知った本国から急遽運び込まれたKAB-1500KRでもって空中に居る浮遊戦艦への攻撃にかかる。


KAB-1500KRはテレビ誘導爆弾であり、映像を人間が見ての誘導が可能であるため、物理的情報の少ない浮遊戦艦にも誘導できる。


「何かが落ちてくるぞ!」



ボォォォォン!!



1.5tの爆弾の爆発は派手だ。爆風も爆炎も巨大である。


どうにか1発のKAB-1500KRに耐えた浮遊戦艦の結界だが、次々に投下され、テレビ誘導で正確に攻撃してくる巨大な爆弾にすり減らされていく。


「艦長!結界が持ちません!至急撤退を!」


「バカな!未開の蛮族ごときの攻撃でそんな消耗したわけがn」



ピギャン!バガァン!



左側に展開していた1隻の結界が耐えきれなかったらしい。金切り音を鳴らして結界が崩壊し、その直後にもう1発、不幸にも1.5tの火薬の塊が着弾し、爆沈した。


「あ・・・あ、あぁ!?」


爆発し、炎に包まれながら重力に引かれて墜落していく様は、今までの神聖ケール王国の覇権の崩壊を、象徴しているようであった。



スチームー帝国軍


上空での戦いがLa-7Sと竜士団の乱闘に拡大するなか、地上部隊も前進を進めた。


中でも52-Sを有する高射砲部隊は、突出して前進し、浮遊戦艦を射程圏内に納めようとする。


52-Sはスチームーの現在保有する他の対空砲と比べて長い射程を持つため、浮遊戦艦にとって死角の多い下方に潜り込んで攻撃しようと言うのだ。


「降車!砲撃準備!」


トラックが止まり、将校が命令を叫ぶと、兵士達はすぐさまトラックから降り、次々に自分の仕事に移っていく。


トラックから砲を取り外し、しかるべき操作を完了させ、砲身を上げる。


そして砲手が照準器に目をやりながら角度を調整し、装填手が砲弾を薬室に叩き込む。


「撃て!」



ダァン!ダァン!ダァン!



一斉にレバーが倒され、いくつもの陣地から無数の砲弾が上空の浮遊戦艦に襲いかかる。


85mmの砲弾が持つ炸薬量は、上空でMiG-31が投下しているKAB-1500KRと比べはるかに少ない。


しかし、一方的に毎分10~12発が撃ち込まれており、結界への負荷は無視できないものに積み上がってしまうだろう。



バァッ!ボォゴォン!



また不幸な1隻が炎を上げて崩壊する。次第にケール艦隊は士気が急激に低下して敗走していく。


『ケールの!ケールの浮遊戦艦はどこだ!?』


『逃げました!ここにはもう我々しかいません!』


『クソッ!腰抜けどもめが!』


ケール艦隊の撤退と、それに伴う対空砲の目標変更、そしてロシアのSu-27が簡易的なAWACSとして動いたことにより、ドラゴネスト竜士団は追い詰められていく。


『地上の奴らを優先しろ!あいつらはすぐには動けない筈だ!』


余裕のある者が降下し、地上の52-Sを狙うが、共に展開している61-Sと、地上部隊の切り札ZSU-23-4の猛烈な鋼鉄のシャワーをあびることとなった。



バラァァァァァァ!!!バチャァ!



ZSU-23-4の発射速度は毎分1000発×4、つまり毎分4,000発であり、そこらの航空機でさえ余程良い角度で突入しなければ簡単にバラバラになる。


そんな火力を航空機よりはるかに脆い竜族が受ければどうなるかと言えば、一瞬の間に命のない有機物質の塊になるだけである。


比較的弱小とみていた地上部隊への攻撃で大損害を出し、そして航空機にジリジリと追い詰められ、ドラゴネスト竜士団はそのほとんどが墜ちていった。



メルフィス都市連合国


職人と商人の連合体として知られ、各地から資本と原料が集まり、各地にそれらを幾人もの職人達が加工して送り出していくメルフィス都市連合国の寂れた僻地に建設されたアメリカの大規模飛行場には、多数の航空機が集結し、それらはハープーンを積めるだけ積んで出撃に備えている。


「離陸開始!離陸開始!」


甲高いエンジン音を鳴り響かせながら、戦闘機たちは次々に長い滑走路を蹴って離陸していく。


数時間もあれば、作戦に参加する機体は全て空中に移動していた。


「司令部より各機へ、作戦を開始せよ」



カッ、パシュゥゥゥゥゥゥゥ!!



事前の偵察によって割られたケール艦隊の位置と、偵察衛星と各国から得られた都市等の情報を総合し、発射された多数のハープーンは、的確に最も高い戦果をあげられるであろう場所に向け、慣性誘導されてゆく。


マッハ0.85の速度で高空の巡航する空飛ぶ誘導される捕鯨銛は、巨大なクジラの代わりに、傲慢な侵略者に狙いをつけ、勢いよく進んでいく。



ケール王国軍


「進撃は順調だな」


「ええ、敵軍は現れず、各地では多少の疎開しか行われていない模様、抵抗がないのはよいことです」


「大陸全土の掌握は簡単そうだな」


マンター大陸西部を進む彼らは、順調に進む自らの状況に気をよくしていた。


「艦長!右舷から何かが接近しています!」


「なんだ?大陸国家のワイバーンか?」


「距離が遠く、よくわかりません!」


「引き続き監視!敵対勢力なら撃ち落としてしまえ」


「はっ!」


彼らは鳥の大群か、あるいは愚かな小国が自らの力量もわきまえず突っ込んできたのだと思っていた。


しかし、数秒後。



バァァァン!!



最後尾の艦の結界に巨大な爆炎が出現し。地獄は幕を開けた。


「正体不明の物体は爆裂魔法の封じられたものの模様!」


「迎撃しろ!あれほどの威力では何発も当たっては結界がもたない!」


彼らは何発ものビームを打ち上げるが、黙視での照準であるため、マッハ0.85で突っ込んでくる物体には全くもって当たらない。



ギャキン!バガァァァァン!



そして、ついに限界を迎えた艦が脱落を始める。


1隻がハープーンによる結界の破壊と同時に侵入した爆炎による誘爆で沈むと、彼らは進撃を断念し、まだ結界に余裕のある艦が余裕のない艦をかばいながら後方へと逃げる。



ギャグキグン!!ベガァァン!!!



また1隻が沈み、彼らは必死に逃げる他なかった。


各地で繰り返されたこの惨状に、ケール軍司令部は一時進撃を中断し、被害状況の確認とどこの誰が攻撃したかの特定を急ぐ。


しかし、古くさい傲慢なやり方のケールではそれらの情報は全く集まらない。


無駄に時間を浪費している一方で、アメリカ軍は準備を整えつつあった。

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