第56話
ベルゼン 中央広場
「ええい、まだ飛空準備は終わらないのか!」
「浮遊魔術を発動させる魔石の消耗が予想より早く、現在全て取り替えをさせているところです。もう数分もあれば準備は完了します」
ベルゼンの中央広場に停泊している2隻の一等級浮遊戦艦は、大気中魔力の少ないコール大陸での活動でバッテリーとなる魔石を消耗させており、バッテリー切れによる墜落を危惧して予備の魔石と総取り替えを行っていたが、そのタイミングでLa-7Sとドラゴネスト竜士団の戦闘が始まり、無防備な今攻撃を受ける訳にはいかない為にすぐにでもベルゼンを離れようという所だった。
しかし、そうは問屋が卸さない。もうすでに第7砲兵大隊はベルゼンの広場を射程圏内に入れ、砲撃を敢行しているのだ。
バァァン!バァン!バァン!
「うわぁっ!」
甲板にたつ兵士が悲鳴を上げる。どこの戦場でも砲撃に対してほとんどの兵器は無防備であり、分厚い装甲か結界にでも守られていなければ即死だ。
ケール王国が誇る魔術文明の極致が産み出した最強の兵器、浮遊戦艦は木製だが、各所が金属製部品で補強されている他、一等級浮遊戦艦ともなれば図体も大きいため、複数の結界魔術発生魔石が配置されており強固な防御力を有する。
しかしそれは戦闘態勢時の話であり、停泊中は魔石の含有魔力の消耗を押さえるために起動されておらず、仮に起動されていたとしても、浮遊魔術魔石の消耗などによる緊急着陸の際に艦底のものが起動されるようなもので、当然ながらこのベルゼンの2隻は起動していない。
「火炎魔術かっ!」
「魔力は感じませんでした!これはスチームーの大砲によるものです!」
「バカな!奴らの大砲はここまで大火力ではなかった筈だぞ!」
これまでスチームー帝国砲兵の数的主力を担ってきたのは78.4mm野砲であり、速射性能と機動性は申し分なかったが、弾頭が空気抵抗への対応重視で小型化されたこともあって一発の威力では他と比べて劣っていた。
しかし、第7砲兵大隊をはじめとして北方の部隊にはML-20や、より大口径であったり長砲身の数の少ない砲を集中的に投入している。
結界を展開していない木造の帆船を吹き飛ばすには100mmを越えていれば火力は十分だ。
「クソッ、修正射が来る前に逃げるんだ!作業を急がせろ!」
「奴隷の調子が悪く、予定どおりに交換作業が進んでおらず、まだ数分かかります・・・」
「っ!クソッ、こんな所で誇り高き神聖なる我々g」
この船の艦長である彼が喋ることができたのはここまでだった。
ML-20の第2射は、弾着観測に基づいて修正されており、正確に2隻の浮遊戦艦を木っ端微塵に吹き飛ばした。
アメリカ合衆国 ホワイトハウス
「ミストラル王国が部隊の増強を要請?」
「付近の複数国家にケールの部隊が駐留したそうで、それらを恐れているようです」
「ケールか、厄介なことをするのが大好きな奴が口先だけでは我慢できずついに首を突っ込んできたって所か」
クタルについで、危険な国家として地球圏に認知されているケール王国の戦力展開はあまり喜ばしいことではなく、すぐに戦争を始めるこの世界の国家の性質を考えるに、経済界に不安を持たせない為にも各地の駐屯戦力を増強すべきかもしれない。
しかし、ただでさえ地球において海外駐屯していた戦力の大部分を喪失している為、戦力の増強をアメリカは渋った。
「外周国家群の軍事力自体も技術力の向上で上がっているし、軍需品の値段を下げる程度でいいいでしょう」
「あとは現地部隊の装備追加や転換だけで十分でしょうな」
パヴァール公国
パヴァール公国は大陸北西に存在する小国だ。
大した特産物はなく、島嶼部が国土の⅓を占めているため農業生産が周辺国と比べて低く、海産物料理が発達している事が特徴なだけだ。
そんなパヴァール公国がケールに従ったのは、もちろんケールの世界的な権威と言うぶぶんもある。
しかしそれ以上に、パヴァール公国には4つ隣国あるのだが、そのうち地域大国のネルマー王国がケールを支持したことが大きい。
ネルマー王国はパヴァール公国の3倍の国土を持ち、国力も相応にある。経済力もそこそこで、パヴァールの主な貿易相手である。
後は教会勢力の圧力も強かった。世界中の教会は、その大多数が総本山をケールの大教会としている。総本山に従えと言うわけだ。
そして現在、パヴァール公国政庁。そこには公国の国家元首たる大公と、ケール軍の司令官が相対していた。
「して、司令官殿、本日は一体?」
「大公殿、なぜ我々がここにいるのか、それはもちろんご存じでありますな?」
「それは悪魔を使う地球圏を討伐するためと聞いているが・・・」
「本日、ようやく討伐のための戦力が集まりましてな。数週間後に彼らを討伐するための戦争を開始します」
「それは喜ばしいことですな。して、なぜ我々にそのお話を?」
「それは悪魔を使う彼らに屈服した者共の占領統治の為に、貴国の軍を使いたいのです。よろしいですな?」
「りょ、了解した。急ぎ、編成をさせておこう」
パヴァールをはじめ、ケールの軍門に下った各国で同様に動員が開始され、占領軍が編成されていった。
そして、戦力の集結と占領軍の用意が整ったと判断したケールは、ついに軍事行動を開始した。
ミストラル王国 王都ミスト
各地から開戦の報告が届き、ミストは大騒ぎになっていた。
あちこちであっちはこうだの、あそこはああだのと議論が重ねられ、官僚はすぐに羽ペンのインクを切らして行く。
裏方の軍人らは少しでも多くの物資を確保しようと自身と部下を走らせ、前線で戦うべく鎧も身につけた者は地図とにらめっこする。
「遂に始まってしまったか!」
「周辺国の戦況は絶望的であり、既に複数国の貴族より亡命要請が来ています。それと莫大な難民も」
マンター大陸内では列強と言って差し支えないミストラル王国には、大陸各国からの有力者の亡命が相次ぎ、既に各地で家財を抱えた難民が目撃されていた。
「亡命要請は適当に処理しろ、難民そこらにキャンプ場を作るなりして処理だ。各国にはできる限りの支援を行え。アメリカには即時支援と参戦を要請しろ」
「はっ!」
遂に、あの世界最強のケールとの戦争が始まってしまった。
マンター大陸の全国家の力を結集しても、一度の会戦で勝てるかどうかという相手だ。普通に考えれば勝ち目はない。
しかし、多くの国家の人々はまだ希望を持っていた。彼らの後ろには、異世界からやってきた超文明国家が居る。
彼らの持つ武器は凄まじい。音より速く飛ぶヒコウキ、鋼鉄に包まれ、強力な兵器をいくつも装備した船、どんなに屈強な兵士の突撃さえも防いでしまうであろういくつもの銃。
アメリカ軍駐屯地にたなびく星条旗、彼らはそれに、希望を見いだしていた。
スチームー帝国 ターガ国際空港
「予定まで残り2分か」
「遂にロシアのセントウキが来るのか」
急ピッチで建設作業が進められたターガ国際空港の軍用区画に、幾人かの軍人が集まっていた。
「やってくるのはセントウキと、その運用のための機材を積んだユソウキ、これで間違いないな」
「ええ、そのように通達されています。事前にセントウキとユソウキが着陸するのに必要な機材とそれらの運用人員は展開済みです。もんだいありません」
「では、あとは歓迎の準備だけだな」
「そうなります」
ターガ国際空港の職員は、あわただしく動き続けた。戦局を変えるための戦力を迎え入れるのだ。全員が緊張感をもっていた。
キュゥゥゥゥ・・・
「おや、どうやら来たようですな」
ロシアから派遣されたレーダー手が呟くと、周りの人間は全員が音のなる方を向いた。
そこには、MiG-31戦闘機4機とSu-27戦闘機3機、そしてその後方にはIl-76輸送機2機がいた。
MiG-31は、ソ連初の第4世代戦闘機として、MiG-25をベースに大幅な改良を施した迎撃機であり、MiG-25譲りの高い高速性能でもって領空に侵入する敵機をいち早く迎撃する任務を持っている。近年はマルチロール化が進んでおり、空中発射弾道ミサイル「キンジャール」の発射母体にもなっている。
Su-27はMiG-31同様第4世代戦闘機であり、同時期に開発されたMiG-29と共にTsAGI、中央流体研究所の研究成果に影響を受けている為、非常に似通った見た目をしている。大型かつ複雑なSu-27はF-15やF-14と対比される強力な戦闘機であり、現代にいたるまでソ連・ロシア空軍の主力を担い、派生型も数多く輩出している。
Il-76もソ連で開発された輸送機であり、優れた極寒環境への適応能力に、軍用輸送機として必要な設備を人おり揃えており、標準的な輸送機としては申し分ない性能を持っている。
「あれがロシアのセントウキか、エルエーとは全く違った見た目をしているな」
エルエーことLa-7Sとは大きく違った見た目の航空機にみな興味津々に空へと目を向ける。
十数分もすれば、彼らは順々に着陸アプローチに入り、滑走路にタイヤをくっ付け、キキィという音を鳴らして着陸して行く。
「ロシアのセントウキは随分でかいんだな」
「ユソウキはもっとでかい。どれだけの物を運べるのやら」
MiG-31とSu-27は、そのまま格納庫へと運ばれ、Il-76は格納庫の近くに止まり、搬出作業が行われる。
多くの職員がその様子を物珍しそうに眺め、軍人たちはロシア軍人と握手し、情報の交換と指揮系統の構築を進める。
「反撃に向けての最後のピースが揃ったな。奴らを追い出してやる」
軍人たちは、国土奪還と復讐に向けて、闘志を燃やす。
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