第55話

スチームー帝国 シュル港


「このシルカは、レーダーと射撃管制装置を連動させ、それによって高い命中精度を誇る対空システムです」


「素晴らしいですな。これならドラゴネストと戦える」


ロシア軍事顧問団と、ドラゴネスト将校の目の前を、数両のZSU-23-4 シルカが通り過ぎる。操縦しているのはスチームー帝国軍の元トラック運転手だ。


まだまだ稚拙な部分があるが、油断し、かつ彼らの予想よりも進撃が鈍く焦っているドラゴネスト軍相手には十分な戦果を上げるだろう。


「あと数週間もすれば、ターガ空港の軍用施設が完成すると聞いています。そうすれば、我々の戦闘機も戦闘に参加できるでしょう」


「その時が反撃の時ですな」


スチームー帝国軍将校が厳しい顔をして話す。精鋭の機動部隊が敵部隊を押しとどめている間、後方で再編成された部隊は徹底的な訓練を積み、また多数の新兵器をを受け取っており、またLa-7S戦闘機部隊も、更なる前線飛行場の増設と同時に拡充される予定となっている。


スチームー帝国は戦時体制に本格的に移行し、各地の工場は砲弾を大量生産し、各地で予備役の動員が開始され、トラックや乗用車の徴用も行われていった。



ドラゴネスト第2空中都市 スチームー侵攻軍司令部


「なぜまだスチームーの半分も掌握できていないのじゃ!」


「敵にはまだ悪魔の力を利用した兵器が相当数残っている様子で、それらを有する部隊が各地で抵抗しているようなのです」



「チッ、厄介な奴らじゃの」


「しかし、それらの部隊の数もあまり多くなく、少しずつですが我々にすり減らされている様子、次第にスチームー帝国軍は抵抗力を失うでしょう」


「うむ、悪魔を使う彼ら邪悪な輩を破壊するのじゃ」


ドラゴネスト軍とケール軍の進軍は、当初の予定よりかなり遅れていた。理由は広範囲に分散した部隊に詳しい命令が届かなくなり、さらにドラゴネスト軍の特殊な体系の問題で食料を中心とした物資の供給が滞りつつあり、それが侵攻を遅らせていった。


とはいえ、食料は敵の集落から奪えばよく、命令も侵攻が鈍っている現状、指揮統制を再編する事も出来、これらの問題は時間が解決するものと見られていた。


しかし、それはスチームー帝国軍が極めて弱体化し、なおかつ新しい部隊を送り出せないほどに国力も低下している場合だけだ。



ミストラル王国 王都ミスト



「パヴァール公国に神聖ケール王国軍が展開している?」



「はい。かねてより商人の間で噂になってはいました。一時的なものだと考えていましたが、1ヶ月以上も駐屯している所か、専用の駐屯地まで建設しているようです」


「なんと、そのようなことが。一体何が目的で?」


「恐らくは・・・我々非文明圏への軍事侵攻でしょう。昔、彼らの要求を頑なに受け入れなかった国家が、交渉打ちきりの翌日には滅ぼされていたという記録もあります」


会議や外国の上流階級を招いての大きな催しが行われる王の間と呼ばれているこの場所に今いる人物は、みな厳しい顔をせざるを得なかった。


非文明圏は戦乱の続いた地域だ。常に軍拡と戦争のための最新技術が開発され続けた。しかし、地球圏の影響で平和になりつつあった。


そのため、各国軍はある程度の規模を維持しつつも軍縮が進み、人々の興味は戦争に勝つための新兵器や新魔術よりも、生活を豊かにする新技術へと移っていった。


もっとも、仮に戦時体制が続いていたとしても、国力、軍事力で圧倒的な差をつけられているケールとでは非文明圏全体が連携しても勝てないだろうが。


「まずいな・・・」


アメリカから輸出された複数の軍需製品は各国で配備されているが、高価でありまた専門技術を多数要求されることもあってせいぜい精鋭部隊や君主の近衛部隊、首都防衛部隊への供給で終わっていた。


唯一、輸出されている中では安価なリボルバー拳銃はナイフや短剣等に代わるサイドアームとして一定規模以上の国家では広く配備されていたりするものの、たかがリボルバーで勝てるほどケールは弱くない。


「アメリカに追加の援助を要請しろ、それと隣の・・・」



スチームー帝国 サリパクト市


スチームー北部の大都市、サリパクトとその周辺には、装備転換と訓練を終えて再編されたスチームー帝国軍の北方部隊が集結していた。


多数の61-Sに加え、新たに導入された85mm高射砲52-Kの輸出型である52-Sを数門と、1両のZSU-23-4、そして多量のMANPADSが配備された他、サリパクトの郊外には臨時飛行場が建設され、多数のLa-7Sが配備された。


「いよいよか・・・」


ドラゴネストへの反撃作戦の第一段は、ドラゴネスト軍が食料調達の都合上、特に分散している北方から行われることとなった。


領土奪還と報復に燃える兵士たちが一気に西進を開始し、各地で戦闘を開始する。


「仰角よし!」


「撃て!」



ドォン!ドォン!ドォン!



61-Sより遥かに巨大な52-Sの85mm砲弾が撃ち上がり、"食料調達"の途中でスチームー軍を発見し、攻撃体制に入った竜族は悉く時限信管によって空中で爆発した85mm砲弾の破片によって血まみれになっていく。



ドンドンドンドンドン!!



トラックに牽引され、最前線に素早く展開した61-Sによって、各地へ進軍するスチームー帝国軍を阻もうとするドラゴネスト軍の空襲を粉砕し、最初の目標である鉄道駅のあるベルゼン市を目指して突進した。


「前進を続けろ!北部解放だ!」


順調に進んでいたベルゼンに陸軍が到達する前に、ベルゼン上空の竜族を叩き落とす為にLa-7Sを投入する。


「司令部、司令部、こちらレオニード隊、ベルゼン上空に到達したが、問題が発生した」


『こちら司令部、問題とは一体?』


「広場にケール王国の旗を掲げた浮遊戦艦と見られる艦艇を確認した」


『はぁ?それは本当か?見間違いではないのか?』


「間違いなくケール国旗だ」


北方方面軍司令部は混乱した。なぜ神聖ケール王国の艦艇が存在する?


確かに開戦数週間前から、ケールの艦艇がドラゴネストに居たことは分かっている。しかし、それはドラゴネスト領内で発生したのであろう魔物の大量発生のため・・・本当にそうか?


魔物の大量発生はピーク自体は長くても1週間もないが、全体でみれば数ヵ月にまたがって発生し続ける厄介な事象だ。


どれだけケールの戦力が強力だと言っても、一度に発生して終わりではないため、長期間拘束されるため、スチームーへの侵攻などドラゴネストには不可能な筈・・・ただし、魔物の大量発生という予想が当たっていれば。


「まさか、奴らは我々に戦争を仕掛けるつもりで集結していたのか!」


「戦力を温存していたのもこの為か、クソッ」


神聖ケール王国の軍隊を攻撃することは外交問題になりかねない。世界最強のケールがもし懲罰を宣言して、スチームーに戦争を仕掛けてきたら、それこそ亡国の危機だ。


しかし、実質的に既に敵であるケールに配慮すべきか?もし仮に攻撃されても、配慮して反撃しないのか?


前線部隊への答えははじめから決まっていた。


「レオニード隊、レオニード隊、こちら司令部、竜族どもを落としたのち、できる限りの同地にとどまれ、トラック重砲部隊が広場へ砲撃を行う。弾着観測をせよ」


『レオニード隊了解』


司令部はレオニード隊に制空権の確保を命じ、同時にベルゼンにもっとも近づいていた自動車化された砲兵部隊である第7砲兵大隊に魔術通信を飛ばした。


「第7砲兵大隊、トラックでもってベルゼンを狙える地点に急行、152mm砲弾をベルゼン広場に叩き込め、敵の重要施設が設置されている。レオニード隊の周波数はA18だ」


『こちら第7砲兵大隊、直ちに移動を開始する』


レオニード隊がベルゼン上空で竜士団と激戦を繰り広げるなか、第7砲兵大隊は護衛の歩兵と数門の61-Sと共に、ML-20を牽引して砲撃地点に急ぐ。


『いいぞお前ら!奴らはこっちの速度と格闘性能ついてこれていない。ダンスの踊り方を死をもって教えてやれ!』


レオニード隊は優位に戦いを進め、制空権を奪いつつあった。一方で第7砲兵大隊は予定地点に到着し、ML-20をトラックから切り離し砲兵陣地を作って攻撃の準備を進める。


「弾道測定よし!初弾装填!」


「レオニード隊、こちら第7砲兵大隊、これより攻撃を開始する。観測をお願いされたし」


『こちらレオニード隊、了解した』


そして、全砲が装填と照準を終えると、大隊長が声を張り上げる。


「発射!!」



ドォン!ドォン!ドォン!



巨大な152mm砲弾が、侵略者へと放たれ、放物線をひいてベルゼンの広場へと飛んで行く。

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