第54話
カナダ連邦 オタワ
「我々との貿易の中止を行った国家は僅か小国かつ12ヵ国のみ、被害は極めて小さいと言えます」
「食料は巨大な市場であると同時に強力な外交カードになる。もう外周国家群は我々なしでは生きていけん」
カナダは食料自給率の極めて高い国家であり、外周国家群への輸出を行う地球圏国家の1つである。
地球圏の膨大な生産量で、食料のみならず様々な物品を比較的安価(地球基準ではかなりの高値だが、万年食料不足の非文明権では地球以上に国際市場では値段が上がっていた)に外周国家群の国際市場への供給を実現し、圧倒的シェアを築くことに成功。
常に剣を振りかざす戦乱の時代から、損得勘定をできるような時代が非文明圏に降り注ぎ、神聖ケール王国の要求を突っぱねる恐怖よりも、地球圏の不興を買う恐怖と物資不足の恐怖が上回り、地球圏は神聖ケール王国の権威を崩すことに成功していた。
「ケールは今頃悔しがっているだろうな。世界最強、世界最強と称えられ、敬れてきたのがくずれているのだから」
「いい気味だ。奴らのバカみたいな要求のお返しだよ」
今の地球圏の不安は、彼らの経済圏と勢力圏として固まりつつあり、各地の軍事的な権利も取得して防衛体制も整えられている非文明圏よりも、盟主スチームーが攻撃されている機械文明圏に向いている。
非文明圏よりも技術的に進んでおり、経済力が比較にならない機械文明圏は今や地球圏の一大貿易先であり、同時に技術レベルの低い物品の主要輸入先でもある。
地球圏製では精度と構造が複雑すぎて輸出に使用できない物が大量にあり、貿易摩擦の低減も含めて、その穴をスチームーをはじめとした機械文明圏各国からの輸入で賄っている。
そのため、あらゆる手段をもってスチームーの防衛を成功させなければならないのだ。
ドラゴネスト 第8竜士団
スチームー南方の制圧部隊の1つである第8竜士団は、順調に全身を続けていた。
あと数キロも進めば、スチームー西南部の鉄道路線の中心地である交通の要衝、イガーヌにまで到達する。
道中度々スチームー軍と遭遇したものの、彼らの強固な鱗で耐えられる程度のボルトアクションライフルの攻撃を受けたぐらいで損害は皆無であり、数十人規模の小部隊を既に幾つか壊滅させている。
『ふん。悪魔の力さえ粉砕すれば、スチームーごとき敵ではない』
『国境に集中配置していたのが運のつきでしたね。我らの一斉攻撃を受け止めきれなかった』
はっきり言って彼らは油断していた。国境の突破後、スチームー帝国軍の"悪魔の力"を使った兵器は現れていない。
ドラゴネスト軍の多くはスチームーがすべての兵器を国境に配備していたという楽観論が広がっていた。
そして、そんなスチームー軍に対して、これまで国境での屈辱を返すのごとく、各地で撤退する部隊に追撃を仕掛けており、低空を這っている状況であった。
そんな油断した彼らを、2kmほど離れた林から狙うスチームーの小部隊がいた。
彼らはスチームー軍の自動車化された機動防御部隊の1つである。後方に配置されていたため、早くにロシアのイグラとストレラ-3を受領し、南方へと進軍する敵軍の防衛を任されていた。
各所に巧妙なカモフラージュを施した兵士を配置してピケットラインを形成し、林の中に隠れた部隊は木製のダミーでMANPADSの射撃までの操作訓練を繰り返した。
そして、彼らのピケットラインに第8竜士団が引っ掛かる。
MANPADSが最大限の能力を発揮できる距離までの到達時間がアメリカから輸入された電卓を使ってすぐさま計算され、結果が部隊に通達される。
「・・・発射!」
まずストレラ-3より高性能なイグラが発射され、敵編隊を崩しにかかる。
ボォォン!!
イグラは正確に竜族の体内器官のが発する赤外線をとらえ、まっすぐ名も無き竜族へと飛んでいき、一瞬の間に命中する
『な、何事だ!』
『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
あるものはいきなりの攻撃に困惑し、あるものは爆発で飛び散った死体に恐怖を叫ぶ。
しかし、悪魔はそう簡単に見逃してはくれない。大きく崩れた編隊に数秒間隔でイグラかストレラ-3が襲い掛かり、次々に撃ち落とされていく。
必死に高度を上げようとする者もいたが、上昇の為に動きは単調になり、簡単に追い付かれて爆発の餌食となった。
スチームー帝国 ガヌ・ピピア 軍総司令部
「南部において機動部隊が20以上の敵を撃墜しましたが、いまだ奴らは止まるつもりはないようです」
「北部低インフラ地域からの住民の避難が完了しました」
スチームー帝国軍の総司令部の軍人たちは、少ない使える部隊を各地に配置し、損害を受けた部隊や、装備転換の終わっていない部隊を後方へ下げて再編を急がせる。
今の軍の任務は、外務省が地球圏のさらなる支援と介入を引き出すまで、国家を防衛し時間を稼ぐ事だ。
全軍が空を飛ぶドラゴネスト軍の進撃速度は凄まじいものだが、各地の完全制圧を目指して進軍していると見られ、想定より進軍速度が遅い。
「戦闘機部隊の戦果は?」
「は、既に50以上の敵を撃墜していますが、ドラゴネストの竜は尽きる様子がありません」
「クソッ、ジリ貧状態か・・・」
La-7S戦闘機部隊は性能差を武器に果敢にドラゴネストの竜士団に攻撃を仕掛け、未だ撃墜された機体もなく戦果を上げ続けているが、総動員体制のドラゴネストを相手にするには数が足りない。
全員が苦い顔をしながら書類を処理していると、総司令部のドアがバタンと大きな音を立てて開けられる。
「外務省より、ロシア連邦がターガ空港の軍用施設が完成次第、部隊を派遣するとのことです!」
「ついにやったか!すぐにターガ空港の軍用施設の完成を急がせろ。ターガの縦深も絶対に確保しておけ!」
「はっ!」
ロシアの、地球圏の軍隊が自分達を助けにやってくる。
飛行機という、自分達の常識を覆す機械を作り出すほどの文明が味方になったのだ。
勝てる。
そのような雰囲気が、総司令部全体にかけわたった。
アメリカ合衆国
「ロシアが部隊派遣を決定したか」
「我々も派遣しますか?」
「我が国にはつてがない。古い型のスティンガーをスチームーに送るぐらいしかできんな」
アメリカはスチームーと特別な関係を持っていない。そのため、表立って可能なのは武器支援だけだ。もっとも、文明レベルの差が大きいこの世界ではそれだけでも強力な物となるが。
「大統領、スチームーの件とは別に、1つ」
「何かあたあのか?」
「神聖ケール王国の命令に屈服した国家に、ケール王国軍が駐屯していると報告がありました」
「ケール王国軍が?どういう意図だ?軍事圧力のつもりか?」
「わかりませんが、これまでの新世界国家の行動からもわかるように、軍事的圧力をすぐに通り越して戦争を仕掛けてくる可能性があります。用心する必要があるかと」
「これまた厄介な・・・」
神聖ケール王国は地球圏各国に自らの命令が受け入れられなかった事を腹いせに、外周国家群に地球圏との貿易を停止するよう命令を出したものの、多くは受け入れなかった。
いかに世界最強の列強とはいえ、大した橋頭保もなく、3万km以上の距離を移動し、かつ大量の国家を相手に軍事行動なり圧力をかけるとなると、少しつらい部分があった。
そこで、僅かに従った国家に更なる圧力をかけ、国土を橋頭保として差し出す事を要求し、これを認めさせ、現在進駐を進めていた。
神聖ケール王国 非文明圏派遣軍
「あの無礼者どもに神罰を下す準備は進んでいるか?」
「ええ、ここいらの国家は我々に従順で助かります。全く、あの愚か者どもは身の程をわきまえていない」
「最近になって文明が発達したようだが、世界を知らなかったのが運の尽きだったな」
神聖ケール王国にとって、地球圏各国に命令を拒否された事はきわめて屈辱であり、そして明確なまとまりすらなく、バラバラの非文明圏の多くにすら命令を拒否された事はもはや神聖府だけの話に留まらず、非文明圏への影響力を維持するため、他国の外務省に当たる組織である世界先導府も介入する事となり、神聖ケール王国の非文明圏における威信をかけるにまでなった。
神聖ケール王国の作戦は簡単だ。準備が整い次第、非文明圏国家に次々と電撃的に侵攻し、最終的に地球圏国家を包囲。そして彼らに降伏を勧告し、従わなければ兵力を増強して彼らの文明を破壊する。
神聖ケール王国の部隊はすべて浮遊艦で構成されており、その進撃速度はこの世界で比較になる国家はそう多くない。さらに少ないとはいえ各地の橋頭保となる非文明圏国家が存在し、そして非文明圏各国の戦力は誇り高き神聖ケール王国に比べればザコ同然である。
「神に選ばれし3種族である竜族のみならず、我々エルフ族まで侮辱するとは、いい度胸だ。地球圏め」
神に選ばれし3種族とは竜族、エルフ族、そして妖精族で構成されている。神によって直接創造され、それぞれの領域を支配することを任された神聖な種族だとされている。
竜族は空と大気を、妖精族は地下と植物を、そしてエルフ族は魔術と魔力を、それぞれつかさどる種族とされている。
・・・もっとも、自称しているだけでそれを裏付ける証拠などは何もないのだが。彼らが強力な文明と種族的な高い能力を備えていることは事実なものの、それも地球圏によって崩れつつあった。
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