第53話

ロシア連邦 モスクワ


「ドラゴネストがスチームーに対して宣戦布告無しの侵攻だと!?」


ドラゴネストによるスチームーへの侵攻という大ニュースはすぐさま地球圏にも流れ込んだ。


経済的な結び付きを強めていた機械文明圏でも、リーダー的存在であるスチームーの影響力は大きい。こと貿易では今やスチームーが列強と呼ばれた元来の経済力もあって地球圏の対外貿易の¼を占めており、仮にドラゴネストがスチームーを征服すれば、周辺諸国への輸送コスト増加も相まって、経済への打撃は大きなものとなるだろう。


「スチームーに対して緊急支援、及び軍事顧問団を派遣しろ」


「国境軍は警戒を強化、商船への攻撃は絶対に阻止せよ」


矢継ぎ早に命令が出されていく。せっかく回復し、成長段階に回帰できた経済への打撃を無視することはできない。


国際空港も建設しているし、あの傲慢なドラゴネストに占領された場合の大量に存在する邦人への被害を考えればスチームーには勝って貰わねばならない。



スチームー帝国 ドゥラール


ドゥラールの中心地近くの帝国が所有する古城は、古くから外交の場として知られていた。


今この古城には、長いテーブルを挟んで地球圏各国の駐スチームー大使と神聖ケール王国の外交団が対峙していた。


機械文明圏との交流を主導しているロシアの大使が口火を切る。


「貴国はいきなり我々との会談を望みましたが、貴国は何を我らに求めるので?」


「ふん、無礼な。まぁいい。我が国からお前達に命令がある」


「命令とは?」


「お前達が自らの犯した重罪、悪魔の利用を世界に謝罪し、既に貴様らが召喚してしまった悪魔を打ち倒す為に、我が国の傘下に下るのだ」


「悪魔とは一体?」


「悪魔すら知らないのか、この蛮族どもめ。悪魔とは地獄に堕ちた邪悪なる者達が地上への執着をもとにして生きる魔力生命体だ。奴らは罪のない市民を食らって力を増し、いずれはこの地上の人々全てにとって脅威となるだろう。こんな常識も知らないとは、蛮族が」


侮辱的な物言いに、大使達の顔は軒並み不機嫌になっていく。


「それで、我々がそのあくまでもとやらを召喚した証拠は?根拠のないようであれば、即刻このような不当な要求は取り下げていただきたい」


「貴様らは悪魔と取引したのだろう?そうでなければ、貴様らの船から、我が国の神聖府の打ち祓い師によれば、生者が食われた魂の残りカスが出ていたと報告が出るはずがない」


「その報告が正確である根拠は?映像も画像もなくそのような戯言を繰り返さないで頂きたい」


大使達にとって極めて常識的と言えるこのも返答は、神聖ケール極めてにとって極めて非常識で野蛮なものだった。


「貴様らっ!重罪を犯した愚かなお前達を救ってやろうというのに、なんなのだ。その返しは!愚かな蛮族に期待したのが間違いだったな!」


神聖ケール王国の外交官はその重量のある豪華な礼服を大きく動かしながら会議場の大きなドアへ向かい、出ていってしまう。


「さて、奴ら、次はどう動くのかね?」


「おそらくは世界最強の列強という名前をもって外周国家群に対して圧力をかけ、我々への経済的な圧迫を仕掛けるでしょうな」


外周国家群とは、地球圏が非文明圏のことを言うために作られた言葉である。


いくらこの世界で一般的の非文明圏と呼ばれていたとしても、侮辱的な意味が込められている事は一目で分かるため、地球圏の外周に存在する国家の総称として作られ、現在では民間にまで浸透しなかった非文明圏という言葉にかわって使用されている。


「同時にドラゴネストに対する支援も行うでしょう。スチームーに対して支援をより一層強化する必要が出てきますな」


既に神聖ケール王国はドラゴネストに対して支援を行っていたが、秘密裏に準備していたことと、スチームー帝国軍が国境にて報告する間もなく殲滅され、さらにケール王国軍の攻撃が遠距離からの攻撃であったために、参戦が察知されていなかった。



神聖ケール王国 王都エラール


王都エラールは中心街の神聖府の、機械文明圏及び第2魔術文明圏における事業を統括する第2局では、偉大で神聖なるケール王国の寛大な対応を突っぱねた無礼な地球圏への制裁を議論していた。


「まずは経済的に押し込まなくてはな。おそらく"燃料"に使っているのは奴隷だろう」


「だが、経済制裁だけではやはりダメだろう。いくらかすれば奴らは経済的に困窮し、軍も弱くなるだろうから、その時に実力行使と行こう」


「我らの技術は非文明圏と比べて極めて優れているが、我々が動かせる戦力はそう多くないからな。それに、その頃にはドラゴネストがスチームーを下しているだろうから、あそこらを基地として使えるな」


神聖府は武力を有する組織ではあるものの、あくまでも魔物の大量発生等を想定した戦力しかなく、国家対国家の戦争の対応可能とは言えない。


今回は相手が多数の悪魔ということもあり、そして複数国家の軍を相手にしなければならないという事を受けて王国軍が協力してくれることになっているが、それでも大した数ではない為、相手をできる限り弱体化させる必要があったもである。



ミストラル王国 王都ミスト


「神聖ケール王国からだと!?」


ミストラル王国の首脳部は苦い顔を隠せなかった。


世界最強の列強、神聖ケール王国から非文明圏各国に通告された、「地球圏封鎖命令」は、今や貿易収支のほとんどを地球圏に依存するようになってしまった彼らにとって、この命令は経済的な困窮を意味している。


人口に対して戦乱が長く続きすぎた為に農業技術の発展が追い付いておらず、常に食料不足気味であった非文明圏は、数十年おきに発生する飢饉の度に大量の飢餓死者を出し、土地柄的に農業生産が少ない国や、生産している作物が偏っている国では王族ですら満足に食事が取れないことすらあった。


現在、国外で活動する地球圏の企業向けの簡単な工業製品や、鉱山資源、地下資源などを販売し、それらによって得られた資金で食料品をはじめ、様々な物品を購入できており、生活は遥かに豊かになった。


簡単であっても工業製品を製造するところまでにたどり着いた国家は周辺諸国にそれらを売りさばくこともできていた。地球圏の企業は技術流出の規制によって多くの工業製品を輸出できていなかった為、それらの需要に入り込み、大きな利益を上げた。


「目的は明らかですな。地球圏への経済制裁」


「地球圏が悪魔を利用しているとの事ですが・・・」


多くの者が、国王に自信のない目線を向ける。もはや、自分達では処理しきれない。最高権力者の国王に判断してもらうしかない。


「・・・かつては彼らが絶対と、皆が思っていたが・・・今や我々は切手も切れぬ関係を地球圏と結ぶようになった。手を切った時、我々に何が残るのか」


今のミストラル王国はGDPの半分以上が地球圏との貿易による物であり、仮にこの命令に同意したときの被害は計り知れない。


国王は手をすっと出し、神聖ケール王国からの命令書を手に取る。


「我らの事を駒としか思わぬ者に呪いを!」


そういうと同時に、命令書をビリビリと破り捨て、宣言する。


「我が国は地球圏につくぞ!」


「「「「「はっ!」」」」」


世界最強の列強に逆らうことは確かに恐怖にまみれているが、地球圏との経済的、食料的な結び付きは、もはや後戻りできないところまで来ている。


それまで判断を決めかねていた国家の多くは、この地域大国の動きを受けて、神聖ケール王国の命令を突っぱねる判断を下す。


世界が変わりはじめていた。



スチームー帝国 シュル港


地球圏の船を受け入れるために、数度の拡張工事を経たシュル港には、巨大なロシア籍のコンテナ船が停泊していた。


港の警備員達は、コンテナの積み降ろし作業を観察していた。


「でっけ~、先輩、あのコンテナの中にロシアの武器が入っているんですね?」


「ああ、そうらしいな。中身はよく分からないが、まぁ地球圏製だ。あのクソどもに大きな損害を与えてくれるだろう」


ロシアが供与した兵器は多岐に渡る。


まずはドラゴネストの竜族を叩き落とすための対空兵器として61-Sを在庫分送り付け、それに加えて在庫のある9K34 ストレラ-3や、最新の9K38 イグラなどのMANPADSも多数供与した。


これらに加えて、軍事顧問団の到着と同時に貸与という形でZSU-23-4がいくつか送られ、戦闘機のLa-7Sも多数が供与される予定となっている。


スチームー帝国軍は限られた戦力を利用してドラゴネスト・ケール連合軍に抵抗しつつ、これらの供与武器を装備する部隊の再編成を急いだ。

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