第52話

スチームー帝国 ドゥラール


首都ガヌ・ピピアにも流れるダバビウ川の下流、喫水の低い船なら進入できる地域に、スチームー帝国の国際都市として知られるドゥラールはあった。


かつては貿易都市として栄え、今は外洋へと直接船で出られる事に目をつけられ、各国の大使館や、外交交渉に訪れた外国の外交官をもてなす高級ホテルが立ち並ぶ観光と機械文明圏の外交の場として栄えている。


「ここがロシアの大使館か」


ロシアの大使館に、数人のエルフが訪れていた。その服装はアラビア系国家の代表が民族衣装で外交交渉に望んでいる光景をよく知っている地球人であっても困惑するような物だ。


多くの人はその服装をカトリックのローマ教皇に似ていると言うだろう。宗教的権威として外国を訪問する教皇が外交の場であのような服を着ることは何も問題はないが、このエルフたちは外交官としてこの大使館に訪れている。


「神聖ケール王国の方ですね?」


「そうだ」


「ではこちらに、大使がお待ちです」


大使館の案内役に先導され、大使の待つ部屋へと通される。


大使と軽い会釈を済ませると、大使に促されてソファーに座る。


「神聖ケール王国の外交官殿、我が国と国交を持たない貴国がわざわざ伝えなければならない用件とは一体?」


スチームー駐在ロシア大使の質問に対し、神聖ケール王国の外交官は口をあける。


「野蛮で底辺な知識しか持たぬ貴国が犯した重罪を伝えに来たのだ」


この言葉を聞き、ピクッとロシア外交官の目蓋が動く。こいつは・・・また厄介なのが垂らしてもない釣り針にかかってしまった。


「重罪とは?」


「スチームーに向かうお前たち船の煙突から、生者の魂の残りカスが出ていたと聞いている。お前はこの事がどういうことかわかるな?」


世界樹だとか精霊だとかを"森のエルフ"から告げられた時のアメリカ外交官と同じ顔をする。何を言っているんだ。この神官もどきは、と。


「どういうことかわかりませんな。我が国や国連加盟各国において使用されている船舶にそのような機関は採用しておりません。貴国のその情報に誤りがあったのでは?」


「貴様・・・。どういうことかだと!?悪魔をあそこまで大々的に使っておきながら、よくもまぁ白々しい。今すぐにあのような悪魔の力を利用した物を全て破棄し、我が神聖ケール王国の命の従って悪魔を討伐するのだ!」


「悪魔とは一体?我が国国内や、国連加盟各国、いずれからもそのような生物が出現しているという報告は一切ない。根拠のない理由で我々を非難するのは止めていただきたい」


「貴様ッ!!我が国をここまで愚弄するとは良い度胸だ。もういい、今日は帰らせてもらおう」


ケール王国の外交官達はドカドカと音を立てて部屋から出ていく。


「一難去ってまた一難・・・ことわざとは面白いものだな」



スチームー帝国 バトチス要塞


「司令!国境監視のがドラゴネスト大編隊の大規模越境を確認!」


「なんだって!?奴ら、国内で魔物が大量発生してるんじゃなかったのか?」


蜂の巣をつついたように要塞は慌ただしく動き出す。男達はヘルメットをかぶり、1丁の拳銃とライフルを武器庫から取って走りだし、弾薬庫から37mm弾薬箱を何個も取り出して屋上へ向かう。


「まわせまわせまわせ!!!」


屋上にたどり着いた兵士達は、水平に倒されていた61-Sの砲身をハンドルを回して上げ、国境へと向ける。


しばらくの静寂が訪れる。トリガーを持つ砲手の手は汗に濡れ、5発の37mm砲弾クリップを担ぐ装填手の額にも汗が垂れる。


「2時の方向に敵!!」


ずっと双眼鏡を覗いていた対空監視員が大きな声で叫ぶ。


すぐさま各砲座が砲身の方向を変え、司令官の発射命令を待つ。


「射撃開始!」



ダンダンダンダンダン!!!!



曳光弾の混じった無数の37mm砲弾が空へと放たれていく。


竜族はスチームーの国境を突破する上で、綿密に計算されて配置された各地の61-Kの射程圏内に入らないことは海から迂回でもしない限り不可能である。


ドラゴネストによる国境突破はかなり難しくなっていたが、今回は規模が違った。



ドラゴネスト第2竜士軍団


ドラゴネストがバトチス要塞の攻略に充てたのは14個の竜士団から構成される第2竜士軍団だ。


元は5個の竜士団で構成されていたが、打倒悪魔のための戦時徴兵という形で、新設された9個竜士団が追加配備されていた。


『降下!降下!降下!』


火炎弾を放ちながら幾人もの竜が降下し、「悪魔の力」を使った兵器を直接物理的に破壊すべくその力を振るう。


200近い竜が大量の火炎弾を放ちながら降下したため、要塞の屋上は瞬く間に炎に包まれ、次第に対空砲火はみるみるうちに小さくなっていく。


火炎弾が魔力を消費していき、小さくなった所で彼らは要塞屋上に着地すると、その大きな体躯を生かして61-Sを破壊する。


61-Sを全て破壊すると、今度は要塞を無力化するべく開口部を探すが、長年の経験の元建設されたスチームーの要塞の開口部は徹底的に閉じられるようになっている。


『しかたない・・・支援を要請!』



神聖ケール王国ドラゴネスト派遣部隊


「ドラゴネストの第2竜士軍団から支援要請、バトチス要塞に穴を開けてほしいと」


「ふむ、穴を開けるぐらいなら1基で十分だな。やれ」


「はっ」


神聖ケール王国軍及び神聖府の連合部隊のうち、バトチス要塞を狙える位置にいるのは王国軍の一等級浮遊戦艦だ。


神聖府の船に載せられているオリジナルのアーティファクトと比べると威力ではかなり見劣りし、聖なる力もない。しかし、小型で小回りがきき、そして安い。


「ドラゴネスト竜士団の一時撤収を確認!」


誤射の危険を無くすためのドラゴネスト竜士団の移動を確認した砲手は、バトチス要塞の方へ向いているパラボラアンテナに取り付けられた発射ボタンを押す。



チュチュチュルルルルルルルルル‥‥



すると、パラボラアンテナの表面に光の粒子が発生し、やがてそれが楕円形の球状になると、幾分か収束し、光のビームとして放たれる。



ピゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!



猛烈なスピードでバトチス要塞へと放たれたビームは、一瞬の間に要塞へと到達する。



ジュゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥



コンクリートの要塞表面を超高熱で溶かし、内部にまでの穴を作る。


照射が終わると、開かれた穴にこれまで待機していたドラゴネスト竜士団が殺到し、内部に炎ブレスを吹き込み、焼き殺す。


同じような光景が、各地で繰り返された。



スチームー帝国 帝都ガヌ・ピピア


「なん・・・だと?」


ガヌ・ピピアの宮殿の大会議場では、先程まで絶えまい努力でのしあがってきた平民出の官僚と、貪欲に知識を吸収してきた法服貴族、そして様々な身分から上がってきた軍人らが、騒がしく予算を取り合い、自らの権益を主張し、国の方向性について議論していた。


そんな中に投下された爆弾は、並大抵のものではなかった。


国境を膨大なドラゴネスト軍が突破、さらに彼らはかの超大国、神聖ケール王国の軍事支援を得ているという。


「な・・・な・・・なんという」


超大国ケール。その軍事支援を受けているという事は、彼らにとってあまりにも大きなショックであった。


歴史上、正確だと断言できる記録、そうではない曖昧な記録両方において、記録として残っている中で最強の存在。


今まで負けた事はなく、兵士1人1人に至るまで犠牲者は殆んど皆無だったと言われ、これまで滅ぼしてきた国家の数は1000を超えると言われている。


大会議場は絶望の空気に包まれる。


しかし、彼らは近代国家の公務員である。彼らの使命は1つ、国家の維持。


彼らはすぐに仕事を再開した。


どんな絶望的な状況でも、突破口はあるはずだ。


まずは味方を作らねばならない。孤独な戦いほど、寒く、絶望に満ちていて、寂しい物はない。

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