第49話

"森のエルフ"ファストナ帝国監視所


「最近は帝国の連中が来ない代わりに、冒険者どもがワラワラとやって来やがるな」


「あっちで何かあったんだろうか?」


「簡単に幻惑魔術にかかって出て行くから、楽っちゃ楽だが‥‥奇妙だよな」


巧妙に隠された幾つもの監視所は先のファストナ帝国軍の攻撃の際にも発見されず、その後出入口を作り直し、再びファストナ帝国との最前線となっていた。


とはいえファストナ帝国軍はあれだけの損害を負ったのだ。暫くは偵察も少ないだろう。


しかし、相手は思いの外早くエルフへの攻撃を再開した。兵士ではなく冒険者を使ってだが。


冒険者の多くは少し・・・いや、かなり殺意の高い装備でもって森に侵入し、「エルフはどこだぁ?」とか「いい報酬が貰えるんだ」と言っており、エルフへの攻撃や、誘拐等を目的としている事は明白であった。


「なんで冒険者どもが大量に?」


「ファストナの連中が何かやったんだろ。例えば俺を誘拐してくきたら報酬とか」


「なるほどなぁ・・・」



"森のエルフ"の里


「高位の風精霊の巫女が死んでいた!?」


老エルフ達は驚愕した。巫女達は実戦経験こそ少ないが、多くの魔力を保持し、高いレベルの魔術を扱える。


ただでさえ強い魔力を持つものしか到達できない高位の巫女、その中でも優秀な者は、本来何らかの触媒を必要とする結界魔術を単独で使用できる。もっとも、触媒を用意したときよりも無理をする形になるので、結界の性能はかなり落ちてしまうが。


そんな高位の巫女の一角が全員殺されていたのだ。驚く以外ない。


そして誰かが殺されたと聞いて、次に聞いた者達が口にする疑問は古今東西決まっている。


「一体どこの連中に殺されたんだ?」


「それが・・・どうも・・・現場を見たところ、アメリカ軍のようだと」


「なんだと!?」


アメリカ軍が?そんなバカな。彼らは同盟者だ。高位の風精霊の巫女らに一方的に攻撃を仕掛けるなどしない筈だ。


もっともアメリカ軍を敵視していた彼女らなら、一瞬の感情で攻撃を仕掛けていたりでもしていなければ・・・していなければ?


老エルフ達が最悪の事態の想定にたどり着いたとき、会議場のドアが叩かれる。


「アメリカ軍の方々のです」


外へと注意を移すと、距離が遠いから減衰して小さくなっているが、「ドゥンドゥンドゥン」という彼らの乗り物が放つ音を聞き、老エルフは苦い顔をするしかなかった。



アメリカ陸軍


「諸々の調査の結果、ハリアーを撃墜し、パイロットを拘束したのはエルフの風精霊の巫女であるとの結論がでた」


アメリカ陸軍の士官達を乗せているのはM113装甲兵員輸送車だ。少々古い車両だが、ハンヴィーやストライカー等と違い、装輪式ではなく装軌式であるため、多少地盤が悪い場所でも楽々突破できる。


その後ろをアメリカ陸軍主力歩兵戦闘車M2ブラッドレーが護衛として1両随行している。ブラッドレーには7人の歩兵も搭乗している。


2両はかつてハンヴィーが通過した道に無限軌道の特徴的なあとをつけながら移動し、:森のエルフ"の里へとたどり着く。


「早速だが、2日前、我が国の海兵隊を運用するハリアー攻撃機が何者かに撃墜された。パイロットは脱出し、命に別状はなかった」


「しかし、その後謎の女性の集団に拘束され、暴行を受けた。あろうことか彼女らはパイロットを救出しに来た部隊に対し攻撃を仕掛けた」


「彼女らを排除し、パイロットは救出できましたが、調査によってパイロットを拘束したのは風精霊の巫女であり、撃墜したのも彼女らである可能性が高いという結論に達しています」


ツリーハウス型の会議場から降りて、いつもは食事場として使われている丸太を半分にしたテーブルを境に、椅子に座って顔面蒼白となりつつある老エルフと数人のアメリカ陸軍の士官が向かい合う。


「それについては・・・先程、我々も・・・報告を受けました」


老エルフは、途切れ途切れになりつつも言葉を繋ぐ。


この同盟を切られたら、困るどころの話ではない。最悪滅亡。そうでないにしても、莫大な損害を負い、ファストナ帝国に従属せざるをえなくなるだろう。


「どのような経緯であのような凶行に至ったか、徹底的な内部調査と関係者の引き渡しを要求する」


アメリカ軍の士官達が厳しい顔で話す。それだけ重大なことなのだ。


「了解しました・・・」


老エルフは弱々しくそう答えるしかなかった。



ファストナ帝国 ブターニ


ファストナ帝国南西部の交易都市、ブターニには、エルフの征伐に向かう皇軍が物資の調達、貯蓄と、情報の精査、兵員の英気回復を行っていた。


ブターニは特段大きな都市というわけでもなく、特色があるわけでもないが、地域の食料供給能力の限界により、ブターニで彼らは物資の貯蓄を余儀なくされていた。


「物資は集まっているか?」


「あと1、2週間もあれば集まります。ブターニが交易都市だったのは幸いでした」


ブターニは小さいとはいえ交易都市であり、いくつかの大商会の支店や、大規模な物の流れに対応する能力があった。


このことは皇軍にとって良い方向に転がり、当初よりも多少ではあるが足止め期間は短くなった。


「そろそろ先遣隊を送り出すべきだろう。討伐者どもの情報はあまり当てにできないからな」


「そうですな。あやつらは軍隊としての常識もなければ、ならず者集団としての常識もないバカどもです」


ファストナ帝国の討伐者ギルドのギルド長の采配によって森へと多数の討伐者が偵察及びエルフの誘拐を目的の侵入していたが、結果はあまり芳しくなく、正規のファストナ軍による偵察が必要であった。


「エルフは高いレベルの幻惑魔術を使っているらしい。魔術師を中心に送るべきだろう」


討伐者どもと違い、ファストナ帝国の魔術は対人戦に少し偏重しており、魔術対魔術という場面においては相手と比べて魔力量と人数で拮抗していれば、戦術と実力で撃破できる。


エルフは一般的な人間種と比べて魔力量が多いが、その分数は少ない。先遣隊も人数はそこまで増やせないが、偵察程度の活動で出会うであろうエルフも少数であると予想できる。


ファストナ帝国皇軍先遣隊は森へと向かっていった。



"森のエルフ"の寺院


現場にいなかった事で生き延びている下位の風精霊の巫女と、現場を目撃した者を集め、老エルフら"森のエルフ"の上層部は情報収集を進めた。


その結果出てきた様々な事に至るまでの経緯は、彼らの胃をさらに痛めるには十分以上だった。


「アメリカの鉄竜に対して、高位の風精霊の巫女は、突発的に攻撃してしまった、とな・・・」


巫女達は精霊達の意思を汲み取り、必要な判断を下さなければならず、魔術師としてだけでなく、学者としても優秀な筈だった。


しかし、先鋭化した精霊信仰は柔軟性を失い、危機を乗り越える為の措置というものさえも敵と見なしてしまったのだ。


彼らは厳しい判断を下した。


残った下位の風精霊の巫女達のうち、今回の事件を目の当たりしている者をアメリカ軍へと引き渡し、これまでは精霊様の意思を汲み取るべき場所に、精霊との関係の薄い部外者は入るべからずという規則を撤廃し、監視員を配置することを決めた。


信仰心の強い彼らにとっては苦痛であった。風精霊の巫女以外からも幾らか反対意見が出た。


しかし、生き延びる為には必要な、残酷な事である。



ファストナ帝国 皇軍先遣隊


「我々の任務は不遜なエルフどもが隠れる森の調査と、一撃離脱によるエルフの戦力の消耗の促進だ」


「まずは地理調査から行う、各々は必要な装備を用意し、再度集合!」


先遣隊は半分が魔術師、もう半分が偵察任務に適した訓練を受け、弓などの(この時代における)ステルス装備を持った兵士によって構成されている。


本隊に先駆けて旧征伐軍拠点に到着し、その近くに小規模な野営地を設立し、エルフへの攻撃を開始した。



"森のエルフ" ファストナ帝国監視所


「この前の連中、明らかに装備と服装が違った。あいつら、多分ファストナ兵だな」


「こりゃ、そろそろ次の連中がやって来たってことか?」


一方で、エルフ側も先遣隊の存在を感知し、監視所の情報が後方へと回される。今の所、幻惑魔術による防衛ラインは破られていないが、新しく現れ始めた連中は明らかにこれまでの討伐者と比べて高い実力を持っており、これが破られるのも時間の問題であった。


報告を受けた後方のアメリカ軍は主防衛ラインの強化を行い、二度目のファストナ帝国軍による攻撃に備えた。

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