第45話

ファストナ帝国 "森のエルフ"征伐軍駐屯地


「物資集積、完了しました。1ヶ月連続で戦っても尽きないでしょう」


「武具は全てピカピカに磨いてあります。革防具程度は簡単に貫通できます」


「兵士の士気は十分であります。睡眠と食事を贅沢に取らせた甲斐がありました」


ファストナ帝国の"森のエルフ"征伐軍は、遂に森のエルフを征服するために必要と計算したすべての要項を達成した。


十分な練度を持つ圧倒的な兵力、長期間の戦闘に不可欠な膨大な備蓄物資、弾幕を絶やさぬための補給路たりえる経路の捜索。


兵力が増強されてから数ヵ月もかかってしまったがようやくあの忌々しいエルフどもに痛烈な攻撃を浴びせ、征服する準備が整ったのだ。



"森のエルフ"


「報告!帝国兵多数が森に侵入!」


「遂にかッ!」


長い期間森から少しはなれた場所の駐屯地に籠っていたファストナ帝国軍が動き出した。


度重なる偵察によって兵力が大幅に増強されている事はとっくの昔に判明した。


今までの戦力では勝ち目は到底ない。しかし、我々の後ろにはアメリカ軍が控えている。


彼らの兵力はファストナ帝国軍より遥かに少ない。だが、巨大な鉄の船を作るような国家の軍隊である。強力な魔術と武器を持っている筈であり、必ずやファストナ帝国軍を打ち破ってくれるだろう。


「偵察員を引かせろ、ここも一旦放棄し、偽装して隠すぞ」



アメリカ陸軍 防衛ライン


深い森林地帯は遥か古代から歩兵の独壇場だ。大型兵器を持ち込むことが困難であり、視界の悪さと凸凹な地形は兵士同士の近距離での戦闘を誘発した。


近代においても、ベトナム戦争においてジャングルに潜伏したベトコンに対し、米軍は歩兵と火炎放射機、ナパームに、枯れ葉剤までも使用したにも関わらず、ベトコンをジャングルから排除できなかった。


ジャングルと比べれば、この森はさほど地盤がぐちゃぐちゃになっているわけではないが、平地と比べれば有視界は劣悪である。


「今回は重車両を多数持ち込めなかった。代わりにこいつらの出番だ」


アメリカ陸軍は派遣部隊に多数のロケットランチャーM72 LAWと自動グレネードランチャーMk19を携えさせていた。


M72 LAWは元は使い捨て対戦車ロケットランチャーだったが、戦車側の性能向上に伴い、対戦車兵器としては陳腐化してしまった。しかし、小型軽量かつ安価で簡便なLAWは後継となるAT4やSMAWが登場したのちにも、その目標を軟装甲物や簡易陣地へと変えて今なお使用されている。


Mk19は自動グレネードランチャーの1つだ。40x53mmグレネード弾を毎分325〜375発発射でき、強力な火力を広範囲に展開可能な兵器だ。


この2種の兵器はいずれも歩兵が運搬可能かつ、高い火力を発揮可能であり、IFVや戦車が現段階では投入不能なアメリカ陸軍が、兵力では勝っているであろうファストナ帝国軍を実質的に歩兵のみで撃破するために用意したものだ。


これらの重火器と兵士を数十メートル間隔で配置した陣地でもってファストナ帝国軍をズタズタにするのが目標となる。


「これがアメリカ軍の武具・・・」


各陣地には2〜3人程度のエルフが情報員として配属されていた。


「鼻の調子は悪くしておけ、じゃないと硝煙で鼻を曲げる事になるぞ」



ファストナ帝国 "森のエルフ"征伐軍


「常に全方位を警戒しろ、どこから矢が飛んでくるかわからん」


ファストナ帝国をはじめ、ヨアピス大陸は平地が多く、かつ痩せていた。


そのために各国はより広い領土を求め、戦争を繰り返した。


多くの戦争が内陸で行われ、また長く続いたために、銃火器は別の地域と比べ飛躍的に進歩しており、レバーアクションの小銃が広く使用されている。


大砲も地球で言うところの近代へと差し掛かっており、大口径であれば5km以上の射程を持つ物もある。


ファストナ帝国軍の士官たちは、他の戦場では馬に跨がり、サーベルとリボルバー拳銃を腰にかけている。


しかし、"森のエルフ"征伐軍の士官は、森の中での馬の機動力の低さ、高いところに位置することの危険性、貴族階級であったとしても、そんな事は1ミリたりとも知らないエルフは容赦なく撃ち抜いて来る事などから、できる限り一般兵との見分けがつかない事が要求された。


そのため、士官たちは兵士と同じく、木々の生い茂る森の中で使いやすいカービン銃に、いつものサーベルとリボルバーを腰に着けて町を進んでいた。


無論、戦術的価値の高い魔術師も、魔術を行使するにあたり必須となる杖をカービンの代わりに装備している以外は士官と同じ様相となっている。


(斥候の報告からの想定よりやけに静かだな・・・)


エルフ達はアメリカ軍の存在を悟られまいと、ファストナ帝国軍の斥候に積極的な戦闘を仕掛け、斥候の興味を里から引き離していた。


その結果、ファストナ帝国軍はエルフが森のかなり表層部分から攻撃を仕掛けてくると予想していたが、その予想は裏切られ、攻撃どころかブービートラップの1つもない。


(もしや、斥候への攻撃に奴ら精を出しすぎたのか?それでブービートラップの1つml仕掛ける余力がなかったのか?)


それなら好都合だ。一気に奴らの本拠地まで突っ走れる。この困難な仕事も終わり。楽な別戦線に行けるだろう。


彼らがこのように油断しながら進軍していたが、その楽観は、すぐに崩れることになった。



ポンポンポンポン・・・


バァン!バァン!バァン!バァン!バァン!



軽快な破裂音の直後にこれまで順調に森を踏破してきたファストナ帝国軍に、大量の40x53mmグレネード弾が降り注ぐ。


「うわぁぁぁぁっ!?」


「あがぁぁぁっ!」


運良く40x53mm弾の被害を受けなかった者は姿勢を低くし、魔術師は近くの負傷者を引きずって自分のそばに置き、治癒魔術で負傷を治しつつ、反撃の機会を伺う。


「クソ、敵は上手く偽装しているな。優秀な工兵がいるらしい」


ファストナ帝国軍はグレネード弾の飛んできた方を注意深く観察するが、敵は巧妙に陣地を隠しているらしく、それらしい物は見つからない。


「魔術師!魔力で敵の位置を探れないか?」


「可能だ。あそこと、あそこあたりと、それと・・・」


士官はそれらの位置情報を兵士達に的確に指示し、兵士達は1クリップ分、その箇所に適当にあたいをつけてを射撃し、突撃命令を待つ。


「突撃!」


この時代の軍隊にとって、敵の対処能力を飽和させる最も簡単かつ効果的な方法は大量突撃だ。


レバーアクションはボルトアクションと比べれば発射速度が速い。しかし、それでも大量突撃を止められるほどではない。


先ほどの爆発は擲弾発射器か、火魔術を応用したものだろう。擲弾発射器は基本的に単発であり、装填もそんなに早くない上、そもそも弾の擲弾は嵩張り数が少ない。


火魔術は森の中でそうポンポン放てるものではない、先ほどは無防備に進軍してくるこちらをきちんと狙って撃てただろうが、今回は同時多発的な突撃だ。照準をつけるのは難しいだろう。



アメリカ軍


「制圧射撃!弾幕を形成しろ!」


M72 LAWとMk19によるファストナ帝国軍への奇襲は上手くいった。ここからは突撃してくるであろう敵軍を弾幕と火力で粉砕する段階に入った。


M249機関銃、Mk19グレネードランチャー、M4その他すべての火器が重厚な弾幕と火力を展開し、ファストナ帝国兵は次々に斃れていく。


そのうち、ファストナ帝国軍は撤退を開始した。


ファストナ帝国軍はこの開戦だけで推定兵力の半分を失い、線上には硝煙の匂いだけが残ることとなった。


「これが・・・アメリカ軍か・・・」


エルフの1人がつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれることはなかった。

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