第42話
フィルタ大陸東方沖
「なんだあの船は?フィルタはただの帆船しか知らぬ筈ではなかったのか?」
「わかりませぬ、フィルタと言えば最近クタルが滅んだとも聞きました。このような鉄の船が存在する筈がありませぬ」
ロシアのクリヴァク3型1隻を前に34隻の帆船は立ち往生していた。
「クタルが数年であのような船を作れる筈がない。旗も違うようだな・・・」
「鉄の船と言えば機械文明圏。クタルが機械文明圏の保護国に喧嘩を売ったのか?」
旗艦の艦内で、参謀たちが議論を重ねるが、答えはでてこない。クタルにこんな技術があったとは聞いていないし、あの船が掲げている3色旗を使っている国は鉄の船を多数所有している機械文明圏には存在しない。
『貴船団の所属と目的を通達せよ。繰り返す・・・』
「ええい、これでは帝王様のご命令を達成できないではないか」
「ヨアピス大陸はほぼ征服した。次なるフィルタへの足掛かりを作らねばならぬが、これでは・・・」
彼らがはるばるフィルタ大陸までやってきていたのは、クタルが崩壊し、小国がひしめいているであろうフィルタ大陸に足掛かりを作るためだった。
相手がクタルならともかく、独立したての小国どもには34隻の帆船でさえ大きな戦力に見えるだろう。
ファストナ帝国はフィルタ大陸の幾つかの小国を属国とし、それらを足掛かりにフィルタ大陸の征服に乗り出すつもりなのだ。
「仕方あるまい・・・攻撃して排除しろ。どのみち船1隻沈んだところでそこらの国々は気にせぬ」
ロシア国境軍 クリヴァク3型
「船団、帆を張りました!」
「何をするつもりだ!?」
「こちらに向かって来ています!あっ、今側面の砲扉が開きました!」
「攻撃するつもりか!最大船速!敵船団と3kmの距離を取りながら並走に持ち込め!」
「了解!」
キュィィィィィィィィ!
ガスタービンエンジンが唸りを上げて稼働を開始する。同時にAK-190E 100mm砲が旋回し、船団先頭に照準を向ける。
「火の玉が向かってきます!」
「ジャミング開始!MCMを向けろ!」
艦橋側面に備え付けられた板・・・指向性音響発生装置を乗員が船団から飛んで来る火の玉へと向ける。
指向性音響が火の玉に浴びせられると、火の玉はみるみる小さくなり、すぐに消失してしまった。
「火の玉が消失!」
「どうやら正常に動いたらしいな!このまま並走に移行!」
クリヴァク3型は大きく旋回し、
ファストナ帝国艦隊
「はー、はー、はー」
ファストナ帝国も、魔術師を集中・効果的に運用するために、クタル同様の師艦を保有している。
クタルよりも魔術師の質が良いため、より多くの風を帆に送り出すことができ、クタルの師艦よりも高い防御力を実現できていた。
・・・尤も、そんな言葉は今その中で倒れこみ、必死に息を整える魔術師達には慰めにもならないだろう。
突然火の魔術によって生み出した火の玉がかき消され、その直後謎の音が聞こえた後によって体内の魔力がかき回され、その不快感に耐えきれず倒れてしまった。
「どうやって魔力を・・・」
魔術師はそもそもなれるかどうかと、そのレベルも才能が決めると世間一般では語られるが、魔術師が一朝一夜で魔術を扱えるようになるのではない。
どれだけ才能に恵まれようとも、血の滲むような努力を重ねて体内の魔力を増やし、より効率的な詠唱を記憶、開発し、そして戦場でそれを火力として効率的に投射するための士官教育を受けて、初めて前線に立ち、さらに実戦での経験を元に更に洗練されていく。
そんな過酷な道筋を通ってようやく、ようやく「精鋭」と呼ばれる魔術師になれるのだ。
しかし、魔力を操り、魔術を使う事を生業とする彼らにとって、体内の魔力をかき回されたのは極めて屈辱的な事だった。
自らの体内の魔力をかき回す何か・・・おそらくあの音でもっと何かを行ったのだろうが、魔力を一切感じなかったために、何もわからない。
彼らは魔法を発射する為に開かれている窓から、魔術師クリヴァク3型を睨み付ける。
しかし、今は何もできない。魔力をかき回された彼らの体は限界であり、休養する他なかった。
「師艦の魔術師が実質的に全滅とは・・・」
「あの一瞬、多少不快な音が流れただけですが、音に何か特別な何かがあったのでしょうか」
「1つ確かな事はあれは我らの敵ということだ。このまま大陸に近づけば攻撃してくるだろう」
「それなら・・・」
「近づいて大砲を打ち込むべきだな」
34隻の戦列艦は一斉に舵の向きを変え、並走するロシアのクリヴァク3型に接近していく。
ドォン!
「敵鉄船、発砲!」
「牽制か、この距離と速度ではあたることはない」
ボォン!バァァァァァン!
「せ、戦列艦タケン轟沈!」
「なんだと!?この距離と速度で当ててきたのか!?」
ロシア国境軍
「これで引いてくれるといいが・・・」
「敵船団、なおも本艦に接近続行」
「距離は3kmに以上に維持しておけ。距離3.2kmになった時点で再度砲撃しろ」
「了解」
口頭での警告に従わず、さらに火の玉を飛ばして接近するファストナ帝国の船団に対し、警告として1隻を撃沈した。
砲扉を開け、火の玉も放ってきたのだ。そんな事をするならこちらにも反撃する力はあると示さなければならない。
「敵船団との距離、3.2!」
「砲撃!」
ダァン!
また1隻戦列艦が破壊されるが、ファストナ艦隊は構わず突っ込んでくる。
「クソ・・・砲撃続行、敵船団を殲滅せよ」
「了解」
ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!
最大発射速度80発/分を誇るAK-190Eが70口径の砲身から連続して砲弾を撃ち出す。
アメリカ合衆国 ホワイトハウス
「ファストナ帝国がフィルタ大陸に侵攻しようとしていた?ロシア人お得意のジョークと言ってくれ」
「アネクドートですよ、大統領。それより、今後ファストナ帝国に睨みを聞かせる必要がでてきました」
「断るつもりだったが、多少の対価と引き換えにエルフの要請を受けるべきか・・・」
殲滅したファストナ艦隊の生存者からフィルタ大陸への侵略計画を聞き出したロシアは、情報を各国と共有した。
フィルタ大陸国家の軍事力はまだ脆弱だ。数年間は守ってやらなきゃいけないが、侵略を企てている奴らがいるのは面倒がすぎる。
経験して分かったことだがこの世界のいかなる勢力も諦めが悪い。一度決めたら簡単にはそれを撤回しないのだ。
それを考えると、ファストナ帝国のフィルタ大陸侵攻計画は長期にわたって行われるだろう。沿岸警備隊などに降りかかる負担は並大抵ではないと予想できる。
ファストナ帝国の目をフィルタからすぐ近くの"森のエルフ"へとそらすことができれば、フィルタへの負担は心配しなくて良くなるだろう。
「現地に連絡しろ。方針は転換することになった」
ヨアピス大陸 "森のエルフ"
エルフの長老たちは、数日もかけてアメリカが納得するであろう対価を考え出していた。
何千年もの時間を掛けて彼らが世界樹を守るために作り上げた様々な魔術、森の外郭部の地上、地下資源、そして・・・これは最悪を考えてだが、奴隷の提供。
それと軍を送ってもらう以上必然的に必要になるが、彼らの軍が駐屯する基地に使う土地の提供。
これらを、アメリカの外交官に対し提案した。後は相手の回答次第である。
「・・・いいでしょう。合衆国はあなた方の安全を保証する要請を受諾します」
老エルフの顔が明るくなる。森のエルフは世界樹を守るために魔術を日々研究し、戦力を高めてきた。しかし、世界は彼らより早く発展し、今や圧倒的な数に押し潰されそうになっている。
アメリカ・・・巨大な鉄の船を作る程の者共ならば、ファストナとやらも追い返してくれるだろう。
バーソルフ級に戻りながら、アメリカのがいこうかんは呟く。
「まさかこんな展開になるとはな」
アメリカがファストナ帝国の計画を知り、フィルタ大陸から目を移させるために、この申し出を受け入れた事は、彼らの知り得ぬことであった。
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