燃え上がる戦火
ヨアピス紛争
第41話
スチームー帝国近海 アメリカ商船船団
「最近はドラゴンの襲撃が少ないらしいな」
「何が理由かはよくわからんが、カッターどもが砲炎をあげなくてすむのは良いことだ」
「そりゃそうだな」
巨大な輸送船の周りを固める護衛艦は、多くが沿岸警備隊のカッターたちだ。
転移してから2年がたちつつある今、海軍予算の一部が委譲されるなどして大幅に予算と人員を増やした沿岸警備隊は艦艇数を2倍以上に増やしていた。
30隻以上の国境警備艦、という名の船団護衛用小型フリゲートの建造を進めるロシア国境軍等に対抗して、というのもあるにはあるが、アメリカも海軍艦艇に船団護衛をやらせる程の贅沢ができる程金も数もあるわけではないのだ。
「艦長、方位2-8-6、距離109マイルでドラゴンを探知、本船団とは接触しません」
「奴ら、最近は遠巻きに見てるだけなのか?何かきな臭いな」
ついこの前までは航路に交差するように飛び、視認すればすぐさま攻撃体制に移っていたのが、最近は航路とほぼ平行に飛ぶようになっている。
あまりに被害が大きすぎて攻撃を諦めたのか、それとも何か別の事業か何かに人員を取られて襲撃に割けなくなったのか。
「まぁ、平和なのは良いことだ」
輸送船団は大量の貨物を積んでは下ろし、積んではおろす商売を繰り返した。
ヨアピス大陸 南西端沿岸
「具体的な日時を返事しなかったそうだが、どうやらこの世界では通用するらしいな」
「あれは・・・ツリーハウスか?随分とメルヘンな監視塔だな」
ヨアピス大陸の森のエルフの居住地域の一部と見られる海岸からは、アメリカ沿岸警備隊のバーソルフ級127.4mの船体が見える。
スリップ・ウェイから発艦したCB-OTHに、3人の外交官と6人の護衛となる沿岸警備隊員を乗せて海岸へと水しぶきをエンジンの下から巻き上げる。
「さて、我々が来たことには気づいているはずだが・・・」
「やって来たようですな」
海岸から少し進んだところから広がっている森の中から、弓と矢筒を持った数人のエルフとおぼしき人影が複数出現する。
集団から1人、恐らくリーダー格のエルフが前に出て口をあける。
「アメリカの使者か?」
「そうだ」
エルフ達の1人が持っていた小さな水晶に向けてぶつぶつと何か喋る。そして彼から話を聞いた代表者と思われる人物が再び口を開く。
「確認が取れた。案内する」
エルフ達の案内で、木の根っこがひしめく森の中を歩いていく。
「随分と森の奥深くにあるんだな・・・」
「そうですn、うわっ!」
矢が数本突然彼らの頭上を横切る。外交官達は反射的に背を低くし、案内役のエルフと沿岸警備隊員は手頃な木の影に身を隠す。
「ファストナの連中だ!」
エルフの1人が矢を弓につがえながら叫ぶ。
「目標発見!」
「正当防衛射撃!」
ダダダダダッ!!
沿岸警備隊員の持つM4カービンが銃口からマズルフラッシュを光らせる。
放たれた5.56mmの鉛弾はファストナ帝国軍の軽装歩兵の革防具を容易く貫通する。
正確かつ無慈悲な銃撃によって、次々にファストナ兵は倒れていく。まだまともに弓を打ち合う距離ではない為に、矢をつがえただけだったエルフ達は、沿岸警備隊員のM4カービンの上げた音と、その性能に驚愕する。
「今攻撃してきた連中は?」
外交官の1人がエルフに質問する。
「奴らがファストナ帝国の連中だ。今のは恐らく地形の偵察に来たのだろう」
「偵察なのに攻撃してきたのか・・・」
そこは偵察を続けるために身を潜めてやり過ごす所だろうが、と彼は心の中で吐き捨てつつ、パンパンとスーツを払って立ち上げる。
「残弾は十分か?」
「入れられるだけ持ってきましたよ。十分あります」
弾薬が十分あることを確認した外交官は、リーダー格のエルフのに顔を向けた。
「よろしい、案内を続けてくれ」
ヨアピス大陸南西端 "森のエルフ"の里
「彼らの持つ・・・あのよくわからない形をした黒い金属の塊はそんな力をもった武器だったのか」
「弓とは比較にならない威力と射程とは・・・やはりあれだけの巨大船を作る奴らだ」
巨大な世界樹の下は、日があまり届かない都合で草が生えているだけの小さな平地になっている。
その平地を囲うように、ツリーハウスと木を斬り倒して作られた通路によって"森のエルフ"の里は形成されている。
そのツリーハウスの中でも、大きな1つから髭を伸ばした幾人の老齢のエルフ達は、地上で彼らを待つアメリカの外交官とその護衛を見ていた。
「さて、そろそろ行くべきかね」
杖をつきなながら、ツリーハウスから地上へと向かう。
全ては、目の前の巨大な世界樹を守るため。
「まず、あなた方の我が国への要求についてまとめましょう。あなた方は、ファストナ帝国から侵略を受けており、それに対する救援を求めている。これでよろしいか?」
「その通りだ。世界を安定させている精霊の力の源である世界樹が、あんな野蛮人に奪われれば何をしでかすかわからない」
「齟齬は特にないようですね」
「うむ、世界樹を守るため、力を貸して欲しい」
アメリカの外交官は1拍おき、回答を出す。
「残念ですが、この要件では我が国は了承しません」
老エルフ達は驚天動地の表情に変わり、目を見開いてアメリカの外交官に詰め寄る。
「なぜだ!?世界樹が万が一にでも破壊されれば、世界中で天災が起こるのだぞ!」
「我が国が信奉しているのは魔術と名誉、それとスピリチュアルではありません。科学と実利、そしてフィジカルです。今のあなた方の提示した要件では国民は納得しません」
老エルフ達はこの会談が、要求を伝えるだけのものから、交渉へと変化したことを感じ取った。
「・・・何が欲しい」
「なんとも、我が国はあなた方を現状有益な取引相手と見なしていません。あなた方から何かを出して頂かなくては、我が国の回答が変わることはないものとお考えください」
「考える時間が欲しい、一度離席してよいか」
「どうぞ」
老エルフ達は席を離れ、降りてきた階段を上がってツリーハウスに戻る。
コール大陸南方沖
アメリカの商船船団を、竜の上からフードをかぶった1人のエルフが遠見の魔術を刻印された望遠鏡のような筒で眺める。
「あの煙突のような物から出ているのは・・・悪魔の食った魂の残りカスか・・・」
バーソルフ級は機関にCODAG方式を採用しており、ディーゼルエンジンにドイツMTU社のMTU1163を、ガスタービンエンジンにゼネラル・エレクトリックのLM2500を採用している。
そして、たまたま海賊の接近を検知し高速航行に移行しガスタービンエンジンが稼働しているタイミングでバーソルフ級を観測した彼は、ドラゴネストからの、相手は悪魔を利用している可能性があると言う情報と相まって煙突から排出されるガスタービンエンジンの排煙を悪魔の食った生者の魂の残りカスだと勘違いしてしまったのだ。
「これはゆゆしき事態だ。すぐに対処にとりかからねば・・・」
世界に生きるものにとって、悪魔は共通の敵だ。生者の魂を食い、それをエネルギーとして世界の安定を崩す存在はいち早く討伐されねばならない。
フィルタ大陸東方沖
国家の再建と国際関係の再構築が進むフィルタ大陸東方の海で、ロシア国境軍のクリヴァク3型国境警備艦と、数十隻の帆船が対峙していた。
クリヴァク3型は老朽化が進んでいた為に国境軍から近い将来姿を消すものと見られていたが、経済力の向上と海賊の出現による国境軍の艦艇不足が重なり、多少費用がかかっても艦艇を維持する方針となった為に大規模改修を施されていた。
前部のAK-100 100mm砲は新型のAK-190Eへと変更され、主砲後部のオサーSAMは廃止され、より軽量な3M47 グブカシステムへと入れ換えられた。
エンジンはオーバーホールされ、電子機器はクリヴァク3型の発展型である改クリヴァク型に準ずる物へと変更され、船体は全箇所に渡って改修が施され耐用年数が延長されていた。
「どうだ?何か情報を寄越してくれたか?」
「不明だそうです。本国にも情報はないと」
「クソ、奴らの目的は一体何なんだ?武装している軍用帆船をこれだけつれてきたんだ。物騒なことをやろうっていうのは見え見えだぞ」
海軍及び海上警察が再建途上のフィルタ大陸各国に代わり、改修後の慣熟訓練も兼ねたパトロールを行っていたクリヴァク3型の1隻は不幸な事にこの艦隊を相手取ることになってしまった。
「依然、正面の艦隊は帆を下ろして停船しています」
「警戒を怠るな、1分後に再度警告」
「了解」
事態は、再び急変への道をたどり始めた。
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