第40話

アメリカ合衆国 ワシントンD.C. ホワイトハウス


「ヨピアス大陸南西端の森に住むエルフ、からか」


「あちらはこちらが聖人君子か何かと思っているのでしょうか」


「さぁな、これまでは彼らを崇める国家でもあったんじゃないか?前までは無償で守って貰えてたとかな」


「そんな優しい国家があるとは思えませんなぁ・・・」


案外すんなりと終わった討伐者問題だが、その帰り道で厄介な物を拾ってしまった。


無視しても直接的な問題がすぐに起こるわけでは起こらない。が、この世界は魔術とやらのおかげで情報網が発達しているため、デマ情報なんかを流されたらたまったものではない。


情報モラルや、情報の正確性を監査する組織等もないため、デマをデマと証明し、事実を広めるには現実でさえ途方もない時間がかかる。


陰謀論のレベルに達するとより厄介だ。陰謀論はかつて教会やモスク、寺に熱心に通ったような強い信仰心を持つ人々によって支えられている。このような人々が考えを改めることは珍しい事だ。


「相応の対価があれば、多少は援助してもいいが・・・相手次第だな」


利益があるから、または既存の利益を守るため、軍事介入というのは近代史では大抵そのために行われてきた。


科学的根拠のないオカルトな理由では大多数の国民は納得しないだろうし、兵士も訳もわからない理由で派遣されることになれば士気低下は免れない。


何か目的、それも地理的に重要でもなく、経済的な結び付きもない所へとアメリカ軍が向かうかどうかは彼らの出す対価次第である。



スチームー帝国 ドラゴネスト国境部


スチームー帝国はドラゴネスト国境地帯、かつては連日どこかの砦が竜族によって襲撃されていた。


「最近あいつらが来なくなったな・・・」


「来なくなったのは良いことだが、プライドの高い奴らにしては妙だな」


今のスチームー帝国とドラゴネスト天上国の国境部は異様なまでに静かであった。数ヶ月前まで来ていた忌々しい竜族は全くといって来ていない。


国境部に配備された数百門の61-Fは今までに100を超える竜族を撃墜し、各地の襲撃被害はほとんどなくなっていた。


「奴らが何か策をこさえている最中じゃなきゃいいが、望みは薄いだろうな」


被害が大きくなってきたので引き下がるという選択肢をドラゴネストがとるというのは、残念ながらスチームーにおいては下手なジョークとして見られてしまうだろう。


ドラゴネストを始め、神に選ばれていると自称する種族の国家の優越欲・・・自分達より優れている勢力が存在してはならないという執念は、覇権主義が蔓延るこの世界の一般常識に当てはめても異常と見られるレベルだ。


そんな連中が、たかが敵が少し(と思い込んでいる)強くなった程度であきらめるだろうか?


陰謀論者や熱心な信徒同様、彼らも自らの地位と力を信仰している。


「せめてセントウキが配備されるか、ロシアの作っている飛行場が出来るまで待ってほしいところだ。ドラゴネストのクソトカゲどもめ」


竜族にとって最大の侮蔑となるワイバーンの蔑称を吐きながら、国境のスチームー兵達は警戒を解かなかった。



カザフスタン シムケント


「あちこちで道路工事、鉄道工事か」


「金が沢山入ってきたからな。インフラが良くなるのは良いことだよ」


カザフスタン南部の都市シムケントは12世紀にシルクロード上に誕生した都市であり、現在カザフスタンの3つある特別市の1つとなっている。


シムケントはウズベキスタンとの交通の要衝でもあり、非文明圏からの収入で潤った各国の交通需要の急速な増加に対応して開始されたもので、中央アジア諸国との共同事業として新たな道路と鉄道、そして空港の建設が本格化していた。


砂漠やステップが広がり、比較的平坦な中央アジアにおける大規模かつ複合的なインフラの建設は、彼らにとってソ連崩壊以後史上最大規模の公共事業であり、大量の資金が投入されたこともあって極めて順調に進んでいった。


のちにこれら一連の開発事業はロシアのシベリア大開発、カナダの北方大開発等と並んで評される事業となり、中央アジアの大動脈へと発展していった。


整備されたインフラのもと、砂漠地帯には最新式の機械によって従来よりさらに広範囲に灌漑が行われ、農業生産は元々農業国であったことを考慮しても大幅に拡大されていった。



ヨアピス大陸 ファストナ帝国 ギルド


「クソ・・・」


ファストナ帝国のギルドの討伐者部門は、左遷先として数年前からギルド内部で有名であった。


ファストナ帝国は軍事力による大陸統一を目指し、急速な軍事力の拡大を進めていた。全体主義的な体制下のもと様々なものが国有化されており、また有用な輸出品、魔術やに使用する素材としての価値が高い魔物は国軍によって発見次第討伐されており、仕事がないために討伐者は1年間ほとんどいない。


精々近隣諸国に向かう途中の者が何か無いものかと立ち寄って、何もないじゃないか、しょっぱいなとなって立ち去るだけである。


「クソ・・・クソクソクソ!」


職員もほとんどが左遷されたか、特に左遷されるような失態をおかしていなくとも、あまりにも無能だった為にやってきたものが多い


今回新しく討伐者部門のギルド長となった彼は、先の騒動において主導的役割を果たしていた。


「あれもこれもあの忌々しい地球圏とやらのせいだ・・・!」


彼は往生際の悪い人間だった。左遷された原因を他に押し付け、今だ現実を受け入れられていなかった。


「今に見ていろ・・・」


強烈な憎しみのもと、彼は復讐に向けて炎を燃やし続けた。


メキシコ オアハカ


「これは刺青ではないです。刺青ではこんなにはならない」


ここはメキシコ、オアハカの一角。なんの変哲もない町中の刺青屋に、親子3人が訪ねていた。


一見刺青屋に行く理由などどこにもなさそうな女の子の手のひらには良くわからない模様が描かれていた。


女の子の親は真っ先に刺青と疑ったが、女の子が否定するので刺青屋で鑑定してもらった結果は、刺青ではなかった。


一体の刺青のような模様はなんなのか、謎は深まるばかりであった。



フィルッツ隷従国


数十年も前からフィルッツ隷従国が集めた膨大な魔石が積み上げられた地下の部屋で、幾人ものローブを着た者共が囁きあっていた。


「計画は順調です。当初より2年程遅れてしまいましたが」


「その程度であれば許容範囲だ」


「ありがたきお言葉」



ドラゴネスト天上国


「ケールから打ち祓い師が来るらしいぞ!」


「ハイエルフどもに頼るのは癪だが、これで100以上の同胞の仇を取ることができる」


「ああ、奴らめ、悪魔なんか使いやがって・・・」


ドラゴネスト天上国はスチームーの対空能力の大幅な向上に従い、竜士団に多大な犠牲が出ていた。


ドラゴネストはこれを悪魔の所業と断定し、神聖ケール王国に打ち祓い師の派遣を要請し、今こちらに来ている最中だそうだ。


地球圏が伝え、スチームーが召喚した悪魔をやっとのことで倒せるのである。



神聖ケール王国


「クタルがこんなにも早く崩壊したのか、それは驚きだな」


「ドラゴネストから打ち祓い師を要請だそうだ。何年ぶりだろうな」


「あっちの連中は戦いしか知らないのか、あわれだな」


神聖ケール王国は今日も、極めた繁栄のもと、他国を卑下し、嘲笑う毎日を送る。



スチームー帝国


「見ろよあれ!新しい工場らしいぜ」


「あっちは新しい造船所だ!」


「新しい技術の導入によってこれほどまでに発展するか・・・」


「こりゃ経済学会が騒がしくなるぞ」


急速に発展するスチームー経済は地球における1920年代のアメリカのような大量生産・大量消費の時代に入り、経済規模は数倍に膨れ上がっていっていた。



サヴァール共和国


「独立万歳!自由の勝利だ!」


「家と、職場と、生活と・・・あぁ、全部帰ってきた・・・」


「何もかも、変わり始めたか・・・」


解放されたサヴァール共和国では、国連の白く塗装され、UNと書かれた工事車両が動き回っていた。

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