第36話
「ケルヒャー内部において、市街戦は最小限におさえなければならない」
「よって、まっすぐケルヒャーの中心にある行政府の城に向かって突貫する」
ケルヒャーはこれまで攻略してきた様々な都市すべてを大きく上回る大都市である。
大都市と言われれば、日本の東京のようにいりくんでいると思われがちだが、世界各地の大都市を見ると、そういりくんでいない都市も多い。
俗に計画都市や人工都市とも呼ばれ、有名なものは碁盤の目状だったり、放射状だったりしている。このケルヒャーも計画都市で、日本の京都、厳密には平安京や、メキシコのメキシコシティのような碁盤の目状の都市である。
つまり、市内に橋頭保を築けば、ケルヒャーの中心でありクタルの中枢である居城を攻略すれば、クタルのトップ、頭をはねる事ができる。
そうすれば、強力な権威主義体制下の軍隊は無能も無能である。ある程度独立性があれば軍閥的な組織へと移行できるかもしれないが、このクタルという国家の組織は政府と国家システムに複雑に絡まっており、かつ崩壊しかけのジェンガのように少しでも影響があるだけで崩壊してしまうほど脆弱なのだ。
クタルの1500万人の軍隊はケルヒャーが陥落した暁には少しも動くことのできない木偶の棒と化し、クタルが実質的に崩壊したことが伝われば、すぐにこの軍隊も崩壊するだろう。
「発射!」
連合軍の105mm砲、ロシア陸軍の152mm砲、アメリカ軍の155mm砲が、かつて地球において千年帝都と呼ばれたコンスタンティノープル、現イスタンブールを思わせるケルヒャーの巨大な城壁を粉砕する。
3〜4重にもなる分厚く、美しくきれいに積まれたレンガの城壁に、次々砲弾が命中し、見るも無残に破砕されてゆく。
「突入!突入!」
連合軍はM8A1、ロシア軍はT-14とT-72B3、アメリカ軍はM1A2を先頭にして破壊された城壁の隙間からケルヒャー内に突入していく。
市内のクタル軍は市外と比べれば少数であり、容易く撃破されていった。
通りでは機関銃が発射され続け、建物の角からは手榴弾が投げ込まれ、バリケードには戦車や装甲車から榴弾が打ち込まれる。
ケルフ城 会議室
ガガン・・・
城全体が小さく揺れ、石材の軋む音を鳴らす。
「せ、戦況は!戦況はどうなんだ!」
「て、敵は既に市内に入っており、具体的な位置は不明・・・です」
グガン・・・
「ひえっ!」
確実に近づいてくる敵を身をもって体感し、震えるクタル首脳部。
ブガァン!
「うわぁぁっ!」
「がぁっっ!」
「ごぁっ!」
会議室の分厚い石製のドアが爆発し、黒い銃を持った兵士が大量に会議室に入り込んでくる。
「手を上げろ!」
この日、クタルという列強は終焉を迎えた。
クタルの頭脳であり、命令の頂点であるケルフ城が陥落した今、クタル正規兵の士気は大きく下がり、さらにその戦力差によってわずかに残っていた戦意も打ち砕かれ、戦争は終わりをつげ、長く続く戦後処理の時代が始まった。
クタル軍の戦闘奴隷の多くは逃亡し、クタル軍は解体された。クタルの領土は、クタルという国家が発生した頃よりさらに縮小され、ケルヒャーとその周辺のみに限られた。ケルヒャーの周辺は第一次産業が衰退し、政治中枢と第二次産業に特化していたために、ただでさえ縮小された領土では食料や生活必需品が不足し、独立した周辺国への依存を余儀なくされた。後にフィルタ大陸内の貿易が活発化し、包囲されていた巨大な港湾施設が生かせるようになると、少なくとも経済力については一定水準まで回復したものの、それでも周辺国に依存する体制は変わらなかった。
多くのクタルの征服された国家はアメリカやロシアを中心とした国連の指導の下、各地の独立運動組織や実力者によって国家組織の設立が進められた。
比較的近年征服され、抵抗も激しかった北方の国家群はスムーズに独立国家へと移行したが、南方のクタルのフィルタ大陸征服初期に征服されたため、長い時間が過ぎ、国家、国民、民族としてのアイデンティティが薄くなっており、国家形成はやすやすとは進まなかったものの、文献などが多く残存していたため、それを元にして独立国家形成へゆっくりと進んでいった。
そして、これら国家は国連の指導下でフィルタ大陸共同体を形成、フィルタ大陸の安定化に努めたが、ここで問題が発生した。
それは、クタルの首脳部が仕掛けていた、特大の、時限爆弾であった。
ヴァージニア州 ペンタゴン
「クソ!また討伐者とかいう連中か!」
終戦以後、地球圏の各地とフィルタ大陸各地で活動を行う各国部隊を討伐者と名乗る連中が襲撃を繰り返している。
「こいつらは一体何が目的なんだ?統治を妨害するわけでも、我々への直接的な攻撃でもないように見える」
現状、討伐者による被害はほとんど無い。なぜなら彼らの攻撃目標はほぼ必ず人や物資ではなく、戦車や装甲車等を狙い、海上から各国に上陸した者は乗用車や工事車両等を狙って攻撃を繰り返したからだ。
「何か裏があるな。調査の必要がある」
「普通、我々の活動を妨害するなら、車両を狙うより人を狙った方が安上がりで効果的だからな」
どんな機械や道具も、扱える人間が居なければただの金属の塊か、木材を整形した物体に過ぎない。
アメリカ合衆国やロシア連邦の活動を妨害するという目的と仮定するならあまりにも非効率かつ時間がかかる。技術を持ち、訓練を受けた人間が失われたとき、それを補充するには場合によっては年単位の時間がかかる。
一方で、機械や道具はやたら大きかったり、やたら時間がかかる特殊な技術が使われていたり、設計から取りかかる特注品のような物でもなければすぐに補充できる。
まったくもって彼らの意図が理解できない。
「一体何がしたいんだ・・・?」
第3魔術文明圏 スイコマス諸島協商国 ギルド
第3魔術文明圏の東方の地理的中心に位置し、複数の航路交差点に存在するスイコマス諸島は、付近の大陸が大きな島からの貿易拠点として栄え、今では第1魔術文明圏から第3魔術文明圏、第3魔術文明圏から非文明圏への貿易の中継地点となっていた。
その特性上、幾度となく侵攻が属国化を受けたりと苦難の道を歩んできたが、第3魔術文明圏という国際社会の形成と、文明の発達により、経済と貿易が密接に絡むようになり、さらに第1魔術文明圏との貿易が活発化していくと、スマイコスは各国によって分割された状態よりも統一された状態が好ましいとされ、第1魔術文明圏の神聖ケール王国の圧力や、商人などの努力によって独立国家となった歴史を持つ。
このような背景の元、スイコマスは商人や職人等と、神聖ケール王国の影響力が非常に強かった。
第3魔術文明圏で最も資本、人、情報、あらゆるモノが集まり、地理的にも優れているため、ギルド本部もこの国に置かれていた。
「くっくっく、今頃、奴らは大損害だろう。わがギルドの討伐者は優秀だからな」
地球圏に大量に押しかけていた討伐者の出所は彼らであった。
クタルは地球圏の軍事車両を、魔物の一種と考え、地球圏と仲が悪かったギルドの魔物を討伐する人々である討伐者達に依頼という形で地球圏を妨害させようとしたのだ。
本来はクタルが地球圏の軍隊を疲弊させるために打った手だが、この世界では驚異的な期間でクタルが敗戦してしまった為に、ギルドにとってしてみると、依頼主が居なくなったことになってしまったが、依頼金はギルドに前払いされていた為、それらを使用して地球圏に嫌がらせをしているのだ。
もちらん、地球圏の国家が”使役”している魔物を”野良”の魔物と称して、である。
彼らは非常に良い気分だった。自分たちのシマを荒らした連中は排除しなければならない。今、荒らした連中に被害を与えている。実によいことだった。
しかし、これが、のちに第3魔術文明圏を丸々巻き込む紛争になろうとは、この時はどれも思っていなかった。
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