クタル解体

第31話

ベラッガ郊外 ロシア・アメリカ軍司令部


「航空偵察によれば、敵はこの港町に集結、既に先鋒とみられる部隊は出撃済みのようです」


「クソ、野蛮人の交渉に期待するべきじゃなかったな」


クタルに諦める気がないことがわかった以上、もはや全面的な戦争への発展は決定的となった。


本土ですぐに戦闘に参加可能なように準備していた部隊を疲弊した部隊の交代兼増援として投入し、場合によっては必要になるであろうさらなる追加の部隊の準備も本土では開始された。


「全土を我々で占領するというのは、現実的ではないですな」


現在占領した都市の行政等を行っているロシア国家親衛隊の報告によれば、低い教育水準と文化的性質から治安維持と生産地が遠いことによる生活必需品のの調達が難しく、これ以上の占領地の拡大には万全な補給体制を整えておく必要があるそうだ。


短期戦であれば補給体制は限定的でよいが、これから予想される長期戦を戦い抜くには強固な補給体制に加え、疲弊するであろう兵士と兵器の予備を用意しなければならない。


それには多額の資金と大量の物資・人員を要求され、財政その他様々なことに少なからず影響を与えるだろう。


だからこそ短期戦でとっとと終わらせようとしたのだが、現代政治と地球文化的な考え方でクタルの思考を予想したのが間違いだった。


合理性よりも、プライドや名誉、体面が重要視される中世~近世時代であることに加え、恐らくクタルは力量差を理解していない。


確実に敵部隊を殲滅していった結果、着実に敵戦力を低下させることはできたが、その反面相手はこちらの情報を大して取得できていないのだろう。


そのため、勝てないと認識するどころか、単なる楽に勝てる弱小な存在とこちらを勘違いしてしまったのだ。



ワシントンD.C. ホワイトハウス


「軍による直接の攻撃と同時に、内部崩壊を促さなければなりません」


「例の・・・サヴァール独立連盟や、それに類する組織への援助か」


「ええ、もうこうなった手前、徹底的に国力を奪って戦争を仕掛けられないようにしてしまわなければなりません」


ホワイトハウスでは、クタルとの戦争目的が変わっていた。


これまではクタルが地球圏にちょっかいを掛けられないように押さえ込むという目的だったが、それは変わった。クタルを分割させ、こちらにちょっかいを掛けるなどと言うことを考えることもできないようにしてやらなければならない。


そのためには直接的な占領活動に加え、現地人による分離独立運動を掻き立て、支配体制をガタガタにしていかなければならない。


「サヴァール含め、現地の独立運動を援助しろ、できる限り早く終わらせるぞ」



ロシア連邦 モスクワ


「クタル分割の一環として、現在占領している地域に独立国家を設立しましょう」


「過去にその地域に国家はあったのか?」


「現地民や記録によれば、相当数の国家があったそうです。正統性は十分あります」


モスクワでは既に、クタルの分割事業に動いていた。


今現地の直接的に占領統治を行っているのはロシアだ。アメリカが大陸北部での独立運動に対してパイプを既に持っている以上、あちらに入ることは難しいため、ロシアはこちらの大陸南部の分割を行おうと言うわけだ。


「現在存在が確認できているかつて存在していた国家は30程、未確定なものも加えると60ほどです」


「さすがに多すぎるな、幾つかは統合せざるを得ないが・・・」


「これだけの国家が生まれた原因は、いわゆる分割相続のせいのようです」


「なる程な、家ごとのかつての支配地域に分けていけば、ちょうど良いぐらいに分割できると」


現状占領している範囲は、1つの国にまとめて独立させるには広すぎるため、さらに分割して複数の国家に独立させることが決まった。


ロシア連邦の影響下で、フィルタ大陸南部での複数の独立国家の設立準備が始まると共に、ベラッガとその周辺のロシア、アメリカ軍はさらなる北上の用意をしていた。



ベラッガ アメリカ海兵隊


「前進!」


ベラッガから最初に出発したのは、アメリカ軍の中で最も最初に敵地に足を踏み入れる海兵隊だった。


ガスタービンエンジンの作動音を唸らせるM1A1エイブラムス主力戦車を筆頭に、LAV-25やHMMWVに兵士が搭乗し北上する。目標は沿岸部の巨大な港町だ


クタルの中でもかなり巨大な港湾都市で、同じような港湾都市が北部や北東部、西部にも発見されているため、恐らくは海外輸出用の貿易港やクタル海軍の拠点として使われていると予想されている。


クタル海軍の能力を低下させるだけでなく、輸出入も止めることができれば、クタル経済に少なからずダメージを与えることが出来るだろう。


経済が滞り、物資と収入の流入が滞れば、いかに強力に統制されていようとも民衆の多くは不満を抱く、それを一気に噴出させれば、どんな国家体制も簡単に崩れるだろう。


ニューヨーク 国連


「・・・であるからして、国連軍の組織が必要であると考えます」


安全保障理事会の壇上で、アメリカ合衆国代表が国連軍組織の演説を行った。


この紛争はすぐに終わるはずだったからこそ、国連軍は組織されない筈だったのだが、こんな状況になってしまったからには、負担を分散させるためにも組織しようと言うことだ。


そして投票が行われ、その結果がパネルに表示される。


結果は全会一致で賛成。国連軍という名称だけなら1950年の朝鮮戦争における国連軍以来72年ぶり、国際連合憲章第7章に基づく組織としては初となった。



クタル武装組織討伐軍


討伐軍は順調に南下していた。これだけの大軍を中世程度の組織力、近世程度の技術力で統制・管理し、組織的な移動を可能にしていたのは、やはり魔術のお陰だろう。


無線通信という技術を簡単に使用できるため、数の少ない軍隊はもちろん、大国の大軍も地球の同時期に比べ高度な組織的運用が可能になっていた。


「敵の兵力は正確には不明ですが、どうやら5万にすら満たない様子です。これなら勝てますな」


「ああ、簡単な仕事だよ」


魔術師だけでも万を超え、圧倒的な兵力と装備、そして練度と、負ける要素の無いはずである彼らは自信をもって進軍していた。


彼らの作戦は、一度ベラッガに収束してからから再び3本に別れる街道にそれぞれ軍を分割し、3方向からベラッガを占領する敵軍に対し攻撃、ベラッガを奪還したのち、敗走するであろう敵と南部各地に散らばっている敵の占領軍を殲滅するという作戦となっている。


「クタルに逆らうなど、バカも良いところだな・・・」



クタル西部 セリール


「そ、それは本当なのか?」


「本当です!アメリカ合衆国は我々に対し、物資と武器弾薬の援助を行うとのことです」


「よし、これで・・・」


この日から、旧サヴァール地域を始めとして、西部を中心として独立運動は沸き立っていった。


サヴァール独立連盟からの紹介を通し、各地の複数の独立運動組織がアメリカからの支援を約束され、それまでとはうって違って活発な運動を開始した。


アメリカはCIAが中心となって援助事業を行い、夜間にボートや輸送機によるパラシュート降下を利用して援助物資を送った。内容は食糧や生活必需品、そして武器弾薬となっている。


武器としては、近代的な技術への理解がないフィルタ大陸住民にも使えるよう、できる限り構造が簡単かつ、頑丈なものが要求されたため、最新のM4カービン等ではなく、第二次世界大戦期に使用されたM3/A1 サブマシンガンの改良型のM3A2と、M1911 自動拳銃、そしてそれらの使う.45ACP弾、さらにM67破片手榴弾が供与されることとなった。


現代軍と比べればかなり貧弱な装備となってしまうが、未だ前装式の火器しか装備しないクタル軍相手には十分だろう。


アメリカも、ロシアも、脅威の排除を進めるため、それぞれがそれぞれの戦力と陰謀を進めていった。

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