第30話
「クタルの外交官、ケルスと言ったか?あいつ、まともに交渉する気がないぞ!」
「どういう事だ?何か目的があるのか?それともあんなことしかできないのか?」
交渉2日目の夜、この日の口喧嘩を終えた2国の外交官達は苛立っていた。
時間稼ぎが目的のケルスは交渉をまともにする気はなく、だらだらと口喧嘩に乗じるだけ。
とっとと終わらせるように言われている彼らとしては最も避けたかったパターンである。
この交渉は時間を稼がれれば稼がれるほど相手に有利になってしまう。戦力の回復、組織の混乱を収める。さらに、相手が把握している可能性は低いだろうが、こちらは時間的余裕が少ない。
時間がかかればそれだけこちらは焦ることになる。それを狙っているのかもしれない。
「こうなったら・・・」
相手との話が通じない時、効果的かつ短時間で成果をだすことの可能な簡単な方法がある。
地球のみならず、この星でも古くから行われてきた由緒ある方法である。
次の日の交渉場には不釣り合いな土嚢が積まれ、それを狙うようにM2重機関銃と2名の兵士が配置された。
1人は機関銃手、1人は弾薬箱を持っている。
クタル東部 メルカト
「ボン司令!このままの調子で準備が進めば、明日には全ての準備が完了します!」
メルカトの郊外に設置された司令部で伝令兵の報告を聞く男は、オーガ族の青年、レイク・ボンであった。
ボンはオーガ族の例に漏れず、体格が大きいが、年齢は16と若い。
オーガ族はクタルの中では高階級の種族であり、ボンも産まれながらにして将来を約束された身だった。
オーガはその体と地位から、多くが軍人の道に進んでおり、ボンもその一人と言うことである。
今回、彼はいわゆる箔付けの為に武装組織を撃退するための部隊の司令官に任ぜられていた。
戦力は3個中央軍と周辺から集められた7個の駐屯軍という大軍であり、如何に2個駐屯軍を壊滅させた相手とはいえ勝てるだろう。
「ん、では、ベラッガにいる外交官に準備が整ったと伝えろ」
「え、まだ準備は整っていないのでは」
「いや、明日には終わるのだろう?ベラッガに行って帰ってくるには2日程かかる。我々の準備が整う頃にちょうどよく外交官の方に情報が行くはずだ。これならより早く外交官が野蛮な無人に占領されたベラッガを離れられるだろう?」
「なるほど、了解しました」
ベラッガ 交渉場
ダダダダダダダン
12.7x99mm弾の重厚感溢れる発射音が響き渡る。
土嚢の布が引き裂かれ、内部の土が広く飛び散る。
あと10年とちょっとすれば採用100周年を迎えるM2重機関銃と、既に100周年を突破した.50 BMGこと12.7x99mm弾の威力は昔から変わっていない。
歩兵が運用する3脚タイプから、航空機用、艦載用、果てにはスナイパーライフル顔負けの長距離狙撃までもを行った傑作機関銃である。
「いかがです?これは我が国で約90年程前に開発されたものです」
そう言われたケルスは顔面蒼白となっていた。
(なんだこの銃は!全て金属製で台座に載せてしか使えぬ無能かと思えば、こんな威力と連続射撃だと!?)
連続射撃、それは銃というもの以前に、飛び道具という概念が生まれてから数多くの人々が挑戦してきたものだ。
古くは古代中国にて連弩という世界最古のマガジン給弾式の弩に始まり、機関銃が発明されるまでにも様々な方法で試みられてきた。
クタルでもそれは例外ではなかったが、まだまだ実用化には程遠い。無理もない、金属製の弾薬すら実用化できていない手前、銃器による連続射撃は夢のまた夢なのだ。
「ははは・・・凄いものですね・・・」
ケルスは完全に圧倒されていた。外交官の彼は軍事に詳しくないが、目の前のそれは明らかに見たことのない威力を見たことのない速さで投射していた。
「少しお疲れのようですね、今日はここまでにしておきますか?」
M2を軽く紹介したアメリカの外交官に続き、ロシアの外交官が声をかける。
「あ、ああ、そうさせてもらう・・・」
ケルスは力なく答えた。どのみちこのまま交渉に入っても圧倒的不利だ。一度交渉計画の立て直しを図らなければならない。
その日の夜、ケルスは部屋の中でぐるぐると回り歩きながら思案を続けていた。
「クソ、あれだけのものを前に出されては・・・」
彼の頭にはM2重機関銃の射撃音と、土嚢に命中した12.7x99mm弾によって飛び散る土埃の光景が色濃く写っていた。
いくら考えても打開策が出てこない。
トントントン
そんな彼の部屋のドアを誰かが叩く。
「誰だ?」
「メルカトより、伝令です」
どうやらメルカトからの伝令兵が到着したらしい。ケルスはドアを開ける。
「何を持ってきた?」
「こちら、ボン司令より渡されるよう言われた物です」
1枚の畳まれた紙を渡される。ケルスはすぐにその畳まれた紙を広げ、そこに書かれていることを読む。
読み終わると、彼は不敵な笑みを浮かべ、伝令兵に帰還を命じる。
彼の手元の紙には、クタルの命運を決定付けた事が、しっかりと書かれていた。
「見たか?あのひきつった顔!」
「あれは傑作だったな。良いものを見せてもらった」
そう言いながら、アメリカとロシアの外交官は笑う。
昼間、ケルスの目の前でM2重機関銃の模擬射撃を行い、脅しをかけた結果、ケルスはひきつった顔をすることになった。
初日から尊大な態度でまともに話を聞こうともしない相手にそんな顔をさせられたのは、彼らにとってよほど気がスッとしたのだろう。
「明日の交渉は少なくともなんらかの進展が得られるでしょうな」
「全くですよ。もうクソみたいな物言いを聞かなくて良さそうですね」
はっはっはっはっと笑い、彼らはいくらかの情報をまとめたあと、寝室へ向かう。
確かに彼らはもうケルスの文言を聞かなくてもよいが、代わりに更に面倒で、かつ長い長い泥沼に引きずり込まれるとは思ってもいなかった。
ロシア連邦 モスクワ
「現地からの報告によれば、今週以内には交渉が終了するとの事です」
「それはよかった。こんなことにいつまでも付き合う必要はないからな」
モスクワの官公庁は既に終戦ムードとなり、帰還してくるであろう部隊への対応の準備に入っていた。
軍隊は行くときも帰ってくるときも多くの苦労がかかる。衣食、燃料、医療品、そして移動手段。
とにかく面倒くさく金がかかるのだ。そんなことが漸く終わるのだから皆気を楽にしているのだ。
「・・・なんだって!?正式な宣戦布告!?」
その声を聞いた職員全員が目を見開く。どうやら、彼らの仕事は、まだ終わらないようだ。
クタル南部 ベラッガ
「・・・何をしようというのです?」
そう言うアメリカ外交官の目の先には、馬車とケルスが立っていた。
「何、諸君らに別れを告げようと思ってね」
「別れ?一体どういう事だ」
「昨日、メルカトから報告が届いた。貴様らの討伐軍の準備が整った」
「・・・何が言いたい?」
「わからんか?今からここベラッガと南部を制圧したと思った貴様らの幻想は霧となって消える!せいぜいクタルの力に震えるが良い!次に貴様らと会うのは貴様らが本拠地ごと消えるときだろう!ハハハハハ!」
そう言うとケルスは馬車に乗り、ベラッガのメインストリートを通って城門を抜け、ベラッガから出ていってしまった。
アメリカ合衆国 ホワイトハウス
現地からの報告を受けた大統領と大臣達は、会議を開いた。
「どういう事だ!?交渉はもうちょっとで終わりそうじゃなかったのか!?」
「どうやら相手は最初から停戦など考えもしていなかったようです。これまでの交渉は本当の意味で単なる時間稼ぎに過ぎなかったとの事です」
「クソ、奴ら全面戦争をお望みか!」
ミストラル王国
「ついに始まってしまったか・・・」
「そう時間がかからないとは思っていたが、非文明圏は大きく変わりそうだな・・・」
スチームー帝国
「クタルと地球圏の戦争か・・・」
「クタルの戦後に一枚噛めれば良いのだがな」
神聖ケール王国
「ドラゴネストの打ち祓い師派遣要請か・・・」
「よいのでは?あそこらではスチームーが最近増長しています。我らの存在感も示さねば」
ドラゴネスト天上国
「クタルが?あの奴ら、まだ懲りていなかったのか」
「相手は地球圏とのことです」
「なんじゃと、それでは生け贄を与えているようなものではないか!」
フィルッツ隷従国
「何・・・?そんなことは持ってこんでよい」
「我らにとって重要なのは計画に関することだけだ」
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