第29話

「なぜ無人ごときと話をしなければならないのか・・・」


軍の準備が整うまで武装組織をベラッガで引き留めるため、交渉を行う姿勢だけを見せ、交渉自体は進めず、時間を稼ぐことを命じられた外交官のケルスは、悪態をつきながら馬車の外をのぞいた。


ケルスは地位の低いゴブリン族だが、いくつかの重要な外交交渉で能力を示し、それがゆえにある程度よい待遇を受けていた。


そして今回、武装組織との時間稼ぎに、ちょうど近くの港町に遠方から帰ってきた彼が当てられたのだ。


「しかし、武装組織とやらはどうやってここまで来たのだ?」


南部が短期間かつ混乱している間に攻略されてしまったために、クタルの組織体の縦割り構図を考慮しても、彼の手元にある情報は少なかった。


外交交渉に限らず、あらゆる交渉において相手の情報や、その周囲の情報は重要なものである。相手に何が足りなく、何があるのか、何を恐れているか、あるいはどうやって恐れさせようとしているか。


これらの情報を手に入れるため、歴史上あらゆる人々によって情報を収集する諜報活動が行われた。。スパイによる直接的な文書などの収集、盗聴器などを使った音声データ、捕虜などを拷問しての情報の入手。


これらの諜報活動によってより多く、より重要な情報を手に入れた方が通常、交渉において有利だ。無論、交渉人の能力も関わってくるが、どれだけ高い能力を持つ交渉人でも、何も情報のない状態では身動きが取れない。



ベラッガ アメリカ・ロシア外交団


まだ占領されたばかりのベラッガに、2国の外交官達が集まっていた。目的はいつもより単純、相手に敗北を認めさせ、自分たちに手を出させないこと。


複雑な条件も、曲がりくねった前提も無いが、この単純な内容を相手に認めさせるのは、事前情報から考えても、地球の国家を相手にするよりかは簡単だろうが、それでも容易ではないだろう。


最悪の事態としては、相手に交渉する気がなく、時間稼ぎを目的としていた場合、それは戦争の継続を意味し、莫大な戦争経費を支払うことになってしまう。


なんせ別に領土を取りに来たわけではないのだ。賠償金をとっても良いが、この時代の国家の経済力を考えると先に経済が崩壊してしまうだろうし、通貨の外貨としての価値も大したものにならない。


「どうやらお出ましのようだな」


外交団が会議を行っていた2階建ての建物の窓から、ベラッガの中央の道を進む小綺麗な馬車が目に入る。恐らく、中に乗っているのはクタルの外交官だろう。


明日か明後日には交渉が始まるだろう。それまでに必要なことを彼らはまとめるべく、ペンを走らせる。



ベラッガ ケルス外交官


「何なんだあの鉄の塊は・・・」


ケルスはM2A3 ブラッドレーを見ながら呟く。地球でも銃と大砲、そして鉄道の時代が来て以後、本格的に車両という概念が戦争に持ち込まれるのは当初グレート・ウォーとも呼ばれた第1次世界大戦からである。


鉄道に比べ積載量が圧倒的に小さく、また航続距離も短い車両が日の目を浴びた理由は、数と行動範囲の広さにある。鉄道が線路のある場所にしか行けない一方、車両は基本道路があればどこにでも行くことができ、さらにサスペンションやタイヤの強化されたものであれば、道路がなくとも平坦であれば進行可能だった。


第1次世界大戦でのマルヌ会戦でフランス軍はパリのタクシー630台を徴発して兵員輸送に使用して一定の効果を上げた所から車両は様々な改良を受けて戦争に投入され、現代の軍用車両を形作った。


(何のためにあんなものを?ただの金属の箱では火の魔術で中を蒸し焼きにされて終わりだろう。それとも、中に兵士は入らず別の用途なのか?)


彼は次に周囲の兵士に目を移す。武装組織らしく、兵士は狩人のような整っていない汚い服装になにやらゴテゴテと訳のわからないものが大量についている銃を持っている。


しかも、全て金属でできているらしい。あれでは重量が嵩んで素早く装填作業ができないだろう。大方、どこかの国の失敗作を大量に押し付けられたのだろう。やはり武装組織とくればこの程度、外交能力も高くないと言うものだ。


「ふん、交渉の機会があってよかったな、無人どもめ」


そう言いながら、彼は馬車が停められた目の前の宿へと入り、それなりに長かった旅路の疲れを癒すべく、部屋でくつろぐ。


彼の困難な仕事は、まだ始まってもいない。



クタル東部 メルカト


「それはこっちだ!そっちじゃない!」


「あれはもう動かせ!次をつれてこい!」


「そいつは慎重に動かせ!1滴も垂らすな!」


クタルに存在する港町のなかでも、特に大規模なものの一つであるメルカトは、南部を占領した武装組織討伐部隊の集結地点に選ばれたことにより、住民達は上から下まで大忙しになっていた。


3個中央軍が集結予定であり、食料に武器に弾薬に、魔術師の為の様々な物品と、あらゆる物資が部隊に先んじて各地から搬入されていき、道端、倉庫、建物裏と、あっちこっちに物資が入った木箱や麻袋が船や馬車から下ろされ、積み上げられていっていた。


「なんだって国内でこんな兵士が動くんだ?」


「なんでも、南部で中央軍も手を焼く武装組織が暴れてるらしい」


「それの援軍ってか?妙な連中も居るもんだ」


ベラッガより北に位置する住民達は、そもそもクタル政府に存在する武装組織の情報が少ないことに加え、情報統制まで行っている事から、地球で言うかつてのタリバンのようなゲリラだと伝わっていた。


実際には南部の都市群を制圧し、駐屯軍5個以上、中央軍2個を撃破、壊滅させた、2国の正規軍なのだが。



ベラッガ 市庁舎


交渉場所として選択されたのは、ベラッガの市庁舎であった。戦闘において、兵士が入り込むこともなく、ほとんど破壊されていない事と、本来適当な南部統治局の建物が戦闘によって激しく損壊していたためである。


(見た目は普通の無人だな・・・服装がここいらの無人どもと違う以外はほとんど同じか。何か違和感があるが・・・)


(こいつが交渉人か、小さい上に肌が緑色ときたか。本当にファンタジーな世界だな。全く)


アメリカ合衆国とロシア連邦の外交官達の目的は、自分達の要求を通すこと。


クタル外交官ケルスの目的は、後方の中央軍が体制を整えるまで時間を稼ぐこと。


先に口を開けたのはケルスの方だった。


「貴様ら無人がクタルに希求することは、なんだ?」


ケルスはいつも通り、高圧的な態度で言いかかる。


「我々が貴国に要求することはただ1つ、我々への侵略行為をしないと約束してください」


これに対し、ロシアの外交官が声を出す。ケルスの言動を考慮すれば、かなり喧嘩を売っている内容だ。


「侵略行為・・・?ああ、貴様ら、非文明圏国家だったか・・・無礼者が!」


そう怒鳴ると、ケルスは少し間を置き、再び口を開ける。


「貴様らが今生きているのは単にわれらの気まぐれに過ぎん。クタルがその気になれば、貴様らの国なぞすぐにでも滅ぼせるのだぞ!」


(こいつ、まともに交渉するつもりがないのか?妙な自信があるな)


ケルスは完全にロシア外交官の売り言葉に乗ってしまった形だ。


「あなたは我々がこの地域一帯の貴国の都市と軍隊を殲滅したことを知らないのか?」


「ここらのやからは雑兵にすぎん、お前らはクタルの力を知らないようだな」


両者が厳しい視線を取りあい、睨みあう。


両者ともに相手の裏を知らずに、不毛な欧州が繰り返され、ひとまずこの日の交渉は一旦打ち切りとなり、翌日以降に持ち越される事になった。


クタルはロシア連邦とアメリカ合衆国の実力を知らず、アメリカとロシアはクタルが今回は一切交渉する気などさらさら無く、これから本格的な戦争に持ち込もうとしていることに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る