第19話

スチームー帝国 帝都ガヌ・ピピア


「国境の要塞への61-Fの配備が完了しました」


「よしっ!これで国境線の防衛能力は大きく上がった。戦闘機部隊も配備されれば、もはやドラゴネストの連中に我が国上空では好きにやれまい」


スチームー帝国はドラゴネストの襲撃という長年の悩みを解決に導きつつあった。


毎年のようにやって来ては気まぐれに地方の村落を焼き、破壊しと、好き放題やっていた。


しかし、国境で人口密集地へは足止め出来るようになり、さらに今後戦闘部隊も配備されれば、国境を迂回してやって来た連中にも対抗可能である。


これまでに撃ち墜とした竜は50をゆうに超え、着実にスチームーの能力が向上したことをデータが示していた。


「それにしても、我が国に地球圏に売るものがあったとはな。需要とは思わぬところから生えてくるものだ」


産業大臣チャールズ・リンゼイ・チャドウィックは、新聞を裏返し、大きな見出しを見ながらそう呟いた。


新聞の見出しには【初めての地球圏行き輸送船が出港!】と大きく張り出されていた。


その輸送船には大量の地球圏向け、具体的にはアメリカへと輸出される蒸気機関が積まれていた。


アメリカは非文明圏向けの輸出車両の開発にも着手したが、石油燃料のエンジンを輸出先の国家が運用する事は困難とされ、代替動力源が要求された。


かつて第2次世界大戦期に各国で使用された木炭ガスエンジンが検討されたが、非文明圏国家には構造が複雑すぎるとして却下された。


残る木炭か石炭のどちらかで稼働するエンジンの中でまともなものと言えば蒸気機関のみだが、地球では現代の車両に搭載出来るほど小型化が行われておらず、開発は暗礁に乗り上げた。


あまりにも開発は難航し時間がかかり、このままでは予算を大幅に超過しかねない状況に陥った。


非文明圏向けの安い車両にそんな予算を使うためにはいかない。


そこで目をつけたのはスチームー帝国の高い性能を誇る蒸気機関であった。


単純なプロペラが使用されていたりと、一部の技術という面では遅れているが、小型化とその範囲での高性能化・最適化という面においては、数十年に渡り改善と改良を重ねたスチームーの蒸気機関は地球のそれを超えていた。


それに、技術的に遅れているというのはある意味好都合である。短時間なプロペラに比べ、タービンは保守整備や修理により高度な技術を要求される。


とにかく簡便な構造が要求された今回はむしろこちらの方が最適であった。


そして、自動車メーカー各社の設計案の中からフォード社の提出したジープの改設計型が選ばれ、大量生産が決定し、スチームーから大量の蒸気機関を輸入して生産が開始された。



ドラゴネスト天上国 第2空中都市


「ここ数週間で墜ちた者は24人・・・奴ら、一体どういう事をしたのだ・・・」


「奴ら、まさか禁断の魔術にでも手を出したか?」


一方ドラゴネスト天上国はスチームー帝国がどのようにして自分達を落としているか全くと言ってわかっていなかった。


というのも誰が行っても攻撃してくることに憤慨して理性を失ってしまい、撃ち墜とされるまで交戦を続けてしまい、これまで帰ってきた者がいないのだ。


優秀なものばかりが集められた黒鱗隊とはいえ、予想するには難問過ぎるこの問題の答えは考えど、議論せど出てこなかった。


このような論題で無理やりに出される結論はいつも決まっている。


オカルトや物理的に不可能な内容をうまくまとめた陰謀論染みた結論が出る。


「まさか、スチームーは悪魔と契約を?」


この一言が発端となり、更なるオカルトな方面へと議論が変わっていく。


タチの悪い事にこの世界には魔術というものがあるため、オカルトな事も現実味がある。


「だが、スチームーにそこまでの魔術を扱える能力があるのか?」


「確かに・・・」


「いや、地球圏が方法を伝えたんじゃないか?奴らの技術体系は我らや魔術とはまた違っている。十分に可能性はあるぞ」


「その可能性も十分あるな」


三日三晩の議論の末、彼らの出した結論は、地球圏は悪魔やそれに類する魔術をスチームーに伝え、スチームーはそれを利用して仲間を墜としている、というものにまとまった。


無論、スチームーには多少の魔術はあるものの、第3魔術文明圏にすらその発展度合いでは劣っている。


地球圏にはそもそもの話魔術師が居ない。


全くといって筋の通っていない話だが、少ない情報と、科学技術の知識のない彼らにはこれが限界であった。


「うむむ・・・これはゆゆしき事態だ。悪魔を相手にするには我らでは分が悪い」


「すぐさま殿下に報告せねば」



第2空中都市 領主館


「なんじゃと!?やつら、悪魔を利用していたとは・・・」


スチームーと地球圏が悪魔を利用していると伝えられたは、驚愕すると同時に、部下と共に対抗策を考え始めた。


しかし、強大(存在しないが)な悪魔を相手にするには正攻法では不利は必須であり、何か別の方法が必要不可欠である。


「やはり、ケール王国に頼るしかないか・・・」


「屈辱的ですが・・・ケール王国に頼るしかないでしょう」


第1魔術文明圏の中心であり、世界の中央を自称する神聖ケール王国は様々な魔術に長けた国家である。


国力も相当なものであり、多くの領土と多数の属国を有し、またそれを維持するシステムも備わったいわゆる覇権国である。


国内にはいくつもの種族が存在するが、その中で国民と認められているのはエルフ種のみであり、他は居住民や居住者と呼ばれ、一部の種族を除いて国民としての権利をもたず、厳しい重労働に従事している。


なお、エルフ種ではないものの国民としての権利を有する一部の種族は、妖精種とドラゴネストの竜人である。


ケールと多くの独立国は地球における古代中国とその周辺諸国で行われた朝貢貿易とよく似た関係を持っており、ドラゴネストもその1国である。


ケールは覇権国という立場だけではなく、世界の安寧を守る国家として世界各地に打ち祓い師という強力な魔物などを狩る者を派遣しており、ドラゴネストは今回それに頼ろうと言うのだ。


かなりの対価を要求されるとは言え、これまで世界中で強力な魔物を倒してきた強者たちである。


悪魔を相手にしても十分に対抗できるはずであり、そこに自分達が加われば、悪魔といえど倒せるはずである。


尤も、その彼らの考えている悪魔は存在すらしないのだが。



ベラルーシ ミンスク


「一体これは何なの?」


「気持ち悪いよー」


ベラルーシの首都、ミンスクの何の変哲もないマンションの1室で、10歳の男の子とその母親が困った顔を見せていた。


数日前から男の子の手のひらに現れた謎の紋様。


男の子は最初絵の具かススがついたのだろうと思ったが、石鹸で洗っても取れず、油やら何やら色々な物を使っても取れない。


母親は入れ墨かとも思ったが、男の子が否定したのに加え、入れ墨はそれなりの痛みの伴うものであり、可能性は限りなく低かった。


ではこの謎の紋様が何かと言われたら、何かわからないとしか言えない。


「最近は変な事ばかり起こって困るわね・・・」


転移から始まる一連の混乱は市民生活に大きな変化をもたらしており、経済状況の急速な上下が混乱をもたらしていた。


転移からかなりの時間がたったが、経済状況の安定化には程遠く、全体的には上昇傾向にあるものの、不定期的な下降を繰り返していた。


こればかりは転移のあおりが無くなるまで待たねばならず、市民生活にしばらくの間安寧が訪れる事はなかった。



フィルッツ隷従国


「うむむむ、どうやら今回ヒットした対象は数が多いようです。当初の予定より多くの魔石が必要です」


「どれくらい多く必要なのだ?集めるのに10年、20年とかかりそうか?」


「いえ、そこまで多くはありません。短くて1年、長くても3年あれば集まると思います。不測の事態があったとしても、10年以内には確実に実行できます」


「そうか、なら予定を延期して対応しよう」


地球圏から西の機械文明圏を抜け、さらに西に行ったところにある第2魔術文明圏、妖精族が治める列強フィルッツ隷従国の魔術研究施設の地下深くで、フードに身を包んだ者達が話をしていた。


彼らの前には、複雑な紋様が地面に描かれていた。


地球圏で見られた、謎の紋様に、非常に酷似した、その紋様は、妖しく、光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る