第14話

「早速か・・・」


ウダロイ級の船室でロシア外交官は1枚の紙を見ていた。


ロシア本国からの命令書であるその紙には、こう記載されていた、


"連邦外務省より、今回発生した襲撃事件は一般船舶の安全を脅かすものであり、事実確認は必須である。よって、竜族を纏まった数周辺国で唯一有するドラゴネストに今回の事件について原因を質問せよ"


近い将来、多くの商船が通る予定のこの海域が、竜に襲撃される海域ではたまったものではない。


第2魔術文明圏への航路の安全の確率は今後の経済発展には欠かせない。


原因を特定し、対策をたてておかなければならない。その為には当事国と思われるドラゴネストから原因を引き出さなければならない。


しかし・・・この後、ドラゴネストから理解もできないような言葉が出てくるとは、この時は誰も思いもしていなかった。



ドラゴネスト バールニ港


「ありゃ、スチームーの船か?」


「いや、スチームーの船はもっとこう・・・ゴルム(亀に似た動物)みたいだったはずだ」


「確かにな、スチームーの船と比べりゃ、スッキリしすぎてる」


「スチームーのより武装もあまり多くないようだし、どこかの高官やらの護衛用かな?」


バールニ港に停泊した4隻のロシア艦は、港湾事務所を通して国交開設のための外交官の派遣を取り付ける事に成功し、数日後に外交官がやってくる事となった。


「思ったよりも国民性は穏やかなんだな・・・いきなり攻撃してくるから攻撃的な感じだと思ってたよ」


ドラゴネストの港湾事務所に勤めていた竜人は、ロシア外交官達の予想に反して紳士的な対応をしていた。


このような国民性にも関わらずいきなり攻撃を仕掛けてきたのに彼らは疑問を抱いた。


ただ単に軍がそういう指針や精神をしているのか、それとも港湾事務所の者がこうなだけか。


疑問は解決されなかったが、そう言うことを深く掘り下げて調べるのは外交官の仕事ではない。想定されうる事態を考慮して必要な物を揃え、数日後の外交交渉に備えるだけである。



ドラゴネスト天上国 バールニ港湾事務所


「しかし、彼らも気の毒だな」


「あんな連中と話し合いをすることになるとはな・・・」


「ま、俺達には関係の無い話さ。上層民どもの考えていることはな」


「そうだな・・・」


ドラゴネストの住民は、下層民と上層民に分けられる。


このうち、国民として扱われているのは上層民だけである。下層民は上層民の奴隷扱いである。


上層民と下層民を分ける具体的な境界線は、竜に変身したときのサイズである。


上層民が小さくても単発小型機程度なのに対して、下層民は大きくて5m程度というレベルである。


下層民が商業や単純労働を生業にしているのに対し、上層民は魔術の研究や、政治を主に生業としている。


また、住んでいる場所も差がつけられており、下層民は通常の地面に足をつけ生活しているが、上層民は山岳地帯を改造した空中都市と呼ばれる場所で生活している。


中世並みの生活を強いられている下層民に対し、上層民は地球における第1次世界大戦頃の比較的豊かな生活を送っている。


力関係から自然とできたこの体制を誰も疑わず、長い時間が流れていっていた。



ドラゴネスト 第7空中都市


ドラゴネスト最大の産業地帯であるファーラネスタを統括するこの空中都市には、多くの外国船が訪れるバールニ港に近いという理由で外務省支部が設置されていた。


それと同時に様々な国の人々が行き交い、様々な国の船が代わる代わるやってくる為、ドラゴネストの元首たる天帝直属の諜報部隊、黒鱗隊こくりんたいの支部も設置されていた。


「あー、諸君らの知っての通り、我々の東に存在する機械文明圏のさらに東、非文明圏にトカゲ以外で飛行可能な何かがあることがほぼ確実となった


「非文明圏からやってくる物好きのみならず、スチームー国内での情報収集によれば、地球圏、または国際連合と名乗っている連中が運用しているらしい」


「そして今回、その地球圏の1国、ロシアが我が国に国交を求めやって来たと」


「そうだ、それでどうするかだが・・・」


ドラゴネストには飛権神授説という思想がある。


竜族の高い飛行能力は神から授けられたこの世界の空を支配する権利であるという内容で、思想の根拠を神というモノに頼る部分で地球の王権神授と似ている。


そして、空を支配、すなわち空を飛ぶ権利を授けるこができるのは竜人であり、空においては彼らが神同然であるというものである。


それに従って考えると、ドラゴネストの許可なく航空機を用いて空を飛んでいる地球圏は神に逆らう世界の反逆者となる。


ただし、彼らの情報量はまだほぼ確実なだけで、絶対にそうとはなっていない。


なにせ、調査を開始したのは2ヶ月前で、現地に足を運んで本当に飛んでいる実物を実際に見たわけではなく、各地で聞き取りを行っただけである。


「うーむ、そうだ、こういうのはどうでしょう?まず・・・」


ドラゴネスト国内での黒鱗隊こくりんたいの権力は大きく、彼らの行動はそれこそ大臣クラスや、それなりに高い地位に居る者でもなければ止めることはできない。


尤も、担当者に反対され行動を中止したことはあるが。



ドラゴネスト バールニ港湾事務所来賓室


ロシア外交官がソファーに座ってドラゴネスト外交官の到着を待っていたのは、元は来賓用に使われる部屋である。


といってもバールニ港の特性上、今回のように外交交渉の場に使われることが多い。



ガチャ



「どうも」


「こんにちは」


白髪が混じった初老のドラゴネストの外交官がソファーに座って軽く会釈した。


そして、地球人からするとチベット等の山岳地帯の民族衣装に似た服の内ポケットから小さい紙を取り出して読むと、ロシア外交官に顔を向け。


「私の名はファラウッダ・グラトースだ。あなたに聞きたい事がある。ロシアという国には、ヒコウキという空を飛ぶものがあるそうだな?」


この時、ロシア外交官は竜人という空を飛ぶことのできる種族が地球の航空技術に強い興味をもったと思って対応した。


「ええ、我が国には様々な用途に合わせた様々なヒコウキが使われていますよ」


「そうか・・・」


少し間を開けると、グラトースは口を開いた。


「地球圏に告ぐ、直ちに全てのヒコウキを廃棄しろ」


「は?」


「わからんのか?我らは貴様らに空を飛ぶ事を許可していない。直ぐに全てのヒコウキを捨てろ」


「は?なぜ我々が空を飛ぶのに貴国に許可をしてもらわなけばならないのです?」


「なんだと?貴様らは我ら竜族が神から空を支配する権利を授けられた種族だと知らんのか?」


「意味のわからないことを・・・そもそも我々は異世界からこちらの世界に転移したのですよ?従う従わない別にして知っているとお思いで?」


「異世界から転移しようがなんだろうが我らが世界で唯一神に認められた空を支配する存在だ。直ちにヒコウキとやらを全て捨てろ」


「話にならん。帰らせてもらう」


そう言うとロシア外交官は来賓室から出ていった。


これ以上交渉を続けても意味がないと判断したからだ。


国交開設もあの理由不明の攻撃の理由を引き出すことも完了出来なかったが、相手はこんな思想で更に飛行機を全て廃棄しろ等とイカれた事を言う連中だ。まともな交渉は不可能である。


こうなった以上、機械文明圏には中立的な立場をとるという地球圏の方針は変えざるを得ないだろう。


ドラゴネストに圧力をかけ、地球圏の商船への攻撃を抑制しつつ、周辺諸国を囲いこんで対ドラゴネスト包囲網を形成して抑え込まなければならない。



カナダ 某地 特殊研究所


「凄い物質だな。音波に反応して変化するのか」


カナダの奥地にアメリカが建設した秘匿研究所では、「魔力」という物質の実験が行われていた。


どのような特性を持ち、どのように「魔術」として形成されるか。


それを調べるため、様々な環境下に非文明圏各国から輸入した魔力を放出する鉱物である魔石を置き、その上で更に多種多様な刺激を与えた。


そして判明した魔力の性質は、


・魔力は霧状になる非常に軽い粉状の物質

・重量に対しエネルギー量が多い

・音波によって状態変化を起こす


というこれまでになかった物質となっていた。


また、魔力による物理的圧力、魔力圧ともいうべきものが非常に高くなると、非常に長い時間がかかるものの、魔石へと徐々に固まっていく事もわかった。


「面白い物質だな。今までにない物を作るのに使えそうだ」


この事がアメリカにより発表されたのち、アメリカ軍はLRADの改良、ロシア軍は新開発でもって音波を妨害することによって魔術の発動を妨害する装置、いわゆる音波妨害装置の開発に乗り出すことになった。


広範囲で不特定多数の周波数の音波を流し続けることで、魔力の状態変化を促す音波を妨害し、魔術の発動を不可能、または困難にする目的の兵器である。


ECMの音波版であるこの兵器は、音波妨害装置(Sound Wave CounterMeasure、SWCM)、又は魔術妨害装置(Magic CounterMeasure、MCM)と呼ばれ、使用することで魔力の状態変化を促してしまう音波の特定作業に手間取ったものの、数年後には各国で実用化、実戦配備され、後に様々な戦場で大きな戦果をあげる事となる。

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