第8話
クタル遠征艦隊司令官ムッスクームは、目の前の巨大な建造物を見て唖然としていた。
(私は・・・こんな相手と戦っていたのか)
彼は同じように海戦後に救出された他のクタル人兵士達と共にワシントン州に建設された捕虜収容所に入った。
(広い・・・!しかも数人につき1つの部屋を割り当てているのか?)
クタル含め、この世界のほぼ全域で捕虜の扱いは交渉材料となる高い身分の者や、寝返らせたい技術者・魔術師等を除き、かなり悪い。
流石に寝転がる場所もない程に詰め込む事は無いが、ほぼ必ず1つの部屋に数十名が入ることになる。
部屋が大きい場合は30名以上入ることもあり、精神、公衆両衛生上非常に悪い為に、戦争が長引けば死者の半分は戦って死んだのではなく病気で死ぬという有り様だった。
ロシア連邦 ウラジオストク
キュルルルルル
「停止!」
ウラジオストクではロプーチャⅡ級大型揚陸艦に戦車や装甲車が次々と搭載されていた。
ロシアは実戦データを集める為、最新のT-14主力戦車やT-15重IFVも派遣する事を決定しており、アメリカと合わせてクタルへ向かう兵力は2万人程、後方で準備のみ行っておく部隊が3万人になっている。
1500万に対して少なすぎるようににも見えるが、相手はすぐに集結できる程機動性が高くないし、地球での歴史を考えるに敵部隊の大部分はキレイに整列して行進してくるだろう。そうなれば、榴弾や対地支援機の良い的である。
ファフィ島 クラッキー町
「なに!?敗北しただと!?それも非文明圏の新興国に!?」
「はっ、今回の遠征部隊は、か、海戦で、は、敗北し、ほとんどがアメリカ・ロシアの捕虜になったかと・・・」
「なんだと!?そんなバカな事があるのか!?今回送った戦力は第3魔術文明圏国家相手でも十分通用するのだぞ!?」
一方クタル、ファフィ島の政府系施設の集まる東部のクラッキー町では、アメリカ・ロシア遠征軍が負け際に送った報告に、島で遠征部隊を統括する高官達が口々に彼らにとって信じられない報告に対する言葉を発していた。
ファフィ島には、全てであれば第3魔術文明圏の大国と呼ばれる程には大きな国家を相手にしても勝てるだけの戦力を保有していた。彼らからすれば非文明圏、しかも新興国の軍に負けたというのは、あまりにも現実性に欠けた事だった。
「し、しかし、最後の報告からすでに5日が経ちましたが、何の報告もありませんし、こちらから通信しようとしても何の反応もない以上、負けたとしか・・・」
「うーむ、確かに仕方ない。諸君、この事は我々で内密とし、上には大きな嵐で消息不明になってしまったと報告する。よいな」
ファフィ島は負けた事実を本土に隠蔽し、第二次遠征隊の編成を開始する。
しかし、各種物資と兵士の準備が整う前に、ファフィ島に海の向こうから圧倒的な力を持つ敵軍がやってきていた。
西暦2021年1月
新年早々に戦争をする事となったアメリカ・ロシア軍は、一路ファフィ島を目指した。
タイコンデロガ級巡洋艦CIC
「ファフィ島の西岸付近の主要設備をトマホークで破壊し、海兵隊がLCACで突入、海岸に橋頭堡を築いたのちにロシアの重装備の部隊を上陸させ、それらを先頭に島全体を攻略します」
「我々の任務はトマホークと主砲による対地支援と敵海上部隊の殲滅です」
「作戦開始時刻は・・・もう少しだな」
アメリカの1個遠征打撃群とロシアの太平洋艦隊から選出された艦で編成された臨時遠征艦隊は、ファフィ島を制圧し、クタル本土に圧力をかけると共に、もし本土侵攻が決定した時には橋頭堡として機能する予定である。
ワスプ級格納庫内
「さて諸君、我々の任務は至極簡単だ。海岸を制圧し、ロシアの大型揚陸艦が機甲部隊を下ろす場所を作ることだ。後はロシアのカチコチな車両のケツを追いかけるか乗せて貰えばいい」
強襲揚陸艦ワスプ級の格納庫内では、屈強な海兵隊員達が作戦を聞いていた。
アメリカ軍特有のフレーバーを交えながらの作戦説明が終わると、それぞれが装備を持ってL-ATVやストライカーへと搭乗し、出撃を待つ。
ファフィ島 監視塔
「おい!あの大艦隊はなんなんだ!」
「しらねぇよ!外交官の誰かが機械文明の国家にケンカでも売ったんじゃねぇか!?」
崖上に建設され、広い視界を持ってファフィ島の目の1つとして機能しているこの監視塔は、騒然としていた。
巨大な鉄の艦隊が展開している。
この世界で全金属製の船体を持つ船を量産している国家は、機械文明圏と第1魔術文明圏のみ存在する。
クタルはそれらと深い関係があるわけでもないし、それらと戦争になったとも聞いていない。
「とにかく報告だ!本部に繋げ!」
「お、おい、何かこっちに飛んできてねぇか!?」
「な、なんか来てるぞ!うわぁぁぁぁ!?」
ボガァァァン!!!
監視塔に命中したのはロサンゼルス級が発射した潜水艦発射型トマホーク、UGM-109E/Hであった。
それに続くように次々と発射されたトマホークは、沿岸部に近い軍事基地や物資貯蔵施設に命中し、付近のクタル軍は大混乱に陥った。
何せ報告する前に監視塔が破壊されてしまった為に、敵艦隊が展開していることも知らないし、それらがこれだけの長距離から攻撃できる手段を持っている事はもはや脳の処理可能な範囲を超えていた。
「武器庫、弾薬庫、その他食糧庫等、そして兵舎全てが大損害を受けました!」
「兵の半数以上が負傷!病床は負傷者であふれかえっており、混乱する一方です!」
ファフィ島西部遠征本部司令官ミラークは、驚く事しか出来なかった。
単眼族のミラークは、かつては前線で指揮を取っていたが、単眼族は大柄で力が強い事と、単眼である事以外はほとんど人間と変わらない。
その為従軍して20年、老いから体に限界の来た彼は前線から後方へと回っていた。
「敵はどこの国だ!そしてどこから攻撃している!?」
「な、南西から攻撃していることはわかっていますが、敵がどこの国かわかりません」
「監視塔からの報告は!?」
「監視塔は沈黙しています。おそらく、真っ先に破壊されたかと・・・」
「クソッ!海岸からここまではそれなりの距離がある。今は負傷者の対処に専念しろ!」
クタルの技術力の場合、海岸からこの西部遠征本部までは無理をしても1週間は掛かる。
1週間もあれば建物の残骸から簡易的なバリケードや陣地を作れるだろうし、軽傷者は戦列に復帰出来るだろう。
尤も、機械化されたアメリカ・ロシア軍の場合、1週間どころか2日もあれば到着するのだが、そんな情報は持ち合わせていない彼は1週間後に敵がやって来ると想定し、戦闘計画の練るのだった。
ファフィ島南西部海岸
ロプーチャⅡ級から下ろされたT-15やブーメランク、LCAC-1から下ろされたL-ATVやM2A3を使用して進撃を開始する。
先頭を走ったのは正式な実戦は初となるT-14、その後ろをL-ATV、M2A3、T-15、ブーメランクが追従する。
一方海岸でも補給と更なる部隊投入のための機材が次々陸揚げされ、橋頭堡が築かれていった。
「周辺警戒を厳となせ!どこからゲリラがやって来るかわからないからな!」
レーダー、光学センサー、赤外線センサー、あらゆるセンサーと兵士達の目を使ってゲリラを警戒しつつ、予定ポイントに向けて進行する。
ファフィ島西部遠征本部
「司令!」
「なんだ!また攻撃か!?」
「いえ、攻撃ではなく、櫓からおそらく敵部隊と思われるものが見えたと報告がありました!」
「な、なに!?」
まだ敵の攻撃から3日も経っていない。
にみ関わらずおそらく敵と思われる部隊がすでにごく近くまで迫っている。
彼らからすれば完全に常軌を逸脱した事だ。
これだけのスピードで進軍するには全員を馬車に乗せても装備・物資の重量と夕方には進軍を止めて野営地を作らねばならない。
「クソッ!もしや奴ら、上級列強から自動車を買ったのか!?」
この予想は半分正解である。
地球の現代軍は自動車化ーーーいわゆる機械化されており、単純な進軍スピードは機械化以前に比べ拡大に上がった。
無論政治的な問題や、そこらかしこでゲリラが湧くとしたら大幅なスピードダウンは否めないのだが。
「しかし敵を早くに発見できたのは幸運だな。ワイバーンを上げろ!少ないが陸上部隊だけなら蹂躙できる筈だ!」
ボォォォォォォォォォォ
(まずい!もしや最初の攻撃が再び行われたのか!?)
彼が慌てて外へ出るとそこには驚きの光景を目にした。
羽ばたいていないワイバーンが彼の上空をつっきていったのだ。
ファフィ島西部遠征本部上空
『こちらアタッカー、敵基地上空に到達、攻撃位置についた』
『こちらCDC、攻撃目標は主に櫓や大きい障害物だ。軽く吹き飛ばしてやれ』
『了解』
ファフィ島西部遠征本部を攻略するための航空支援を行う任務についたのは、初実戦となるF-35Cである。
実戦データの収集を兼ねているために、通常通りウェポンベイに装備を搭載していたが、一部の機体はいわゆる「ビーストモード」で出撃していた。
ガコン
その「ビーストモード」の機体が、爆弾を投下する。
「Begin」作戦の始まりであった。
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