第6話

西暦2020年11月

ニミッツ級原子力空母



「・・・なんという」


アメリカが誇る量産型原子力空母、ニミッツ級の飛行甲板上で、ローブを着た若い男がポツリと言葉を漏らす。


大きく洗練された船体、広大な甲板、ズラリと並べられた航空機、動き回る整備士たち。


どれもこれも自国では作れない、遥か遠く、強大な技術。


男は名を、カルロス・フェルナンデス・オチョアという。


彼はミストラル王国の観戦武官としてアメリカ軍に派遣され、アメリカ海軍の空母打撃群の旗艦に乗艦した。


彼は当初ーーーこの世界で最も重要とされる技術である魔術を持たない地球圏を、国王等の存在が有ったために公に口に出して軽蔑する事はなかったが、心の中では転移等という戯れ言で魔術を持たない事を誤魔化す愚か者達ーーーそう考えていた。


いや、考えていた時期があったという方が正しいだろう。


少し辺りを見渡せば、巨大な鉄の船が何隻も周りに展開している。


マストは全ての船にもあるが、風を受ける帆はどこにも見当たらず、どの船も何らかの方法で自走している。


そして、一切の魔力を感じない。


魔力をチリも使わず、さらに自然の力も使っていない。


最初は西の機械文明の支援によって出来た物かと思ったが、聞けば自力で作ったという。


考えてみれば、そもそも転移してきたと言うのだ。本当だとすれば、転移してから1年も経たずに、最新の軍事技術という国家機密中の機密を供与してくれるような友好関係が結べるとは思えない。


それに、噂で聞く機械文明の船とも相違点が多い。


噂では、機械文明の船は幾つもの煙突が並び、そこから大量に黒煙を上げ、さらに側面に多数の水車がついていたはず。


だがアメリカの船は、煙突はあるが黒煙は上げず、水車もついていない。


さらに今自分が乗っているニミッツなる船に至っては煙突すら付いていない。


「とんでも無いことになったな・・・」



ニミッツCDC


「艦隊は展開を終えました。後は艦隊を見た連中が潔く撤退すればそれで終わり。撤退しなければ」


「実力を見せるだけだな」


演習を装って敵の進路上に展開し、敵を威圧。出方次第で殲滅する。


編成はアメリカの空母打撃群を中核に、ロシア北海艦隊から2隻のアクラ型潜水艦と、1隻のソヴレメンヌイ級駆逐艦を加えた艦隊は、ロシア・アメリカ間の新しい戦術データ・リンクとしてリンク22を改良したリンク23/S-123を使用し、情報を共有しながら進む。



クタル遠征艦隊


「波が少し荒いな・・・」


「ですが風も強いです。この分なら当初の予定より1日程度早くつけるかと」


「うむ、船の上で生活する時間が少しでも減るのは良い事だな」


クタル遠征艦隊の帆船は、魔術の利用によって地球の同世代艦よりは良い性能だったが、それでも帆船は帆船。


フィンスタビライザーのような減揺装置の類いは無いので波の揺れは直接船体に伝わるし、もとより船員全員分の個室もない。


居住性は最悪だし、古い船はすぐに船体に穴が開く。


同世代の地球の帆船と比べ優れている所と言えば、自然の強い風と比べれば速度は遅くなるものの、魔術師が風を起こして風がない時でも進む事ができ、収納魔導具/魔術によってより多くの物資を運べるため、少なくとも食料に関しては陸と比べ節約している、程度ですんでいる事だ。


「しかし、今度の無人どもは身の程をわきまえておりませんな。魔術すら使えない分際で我々に逆らうなど」


「まったくだ。今回の遠征は直ぐに終わりそうだな。まぁ、奴らの領土が無駄に大きければ多少時間はかかるだろうが・・・」


全くと言って緊張感のない彼らはこの後に起こる歴史の転換点を知るよしもなかった。



空母から飛び立ち、周辺を背面に背負うレーダーでクタル艦隊を捜索しつつ、形だけなものの実施されている演習を見守るE-2D。


「・・・?レーダーに感!2時の方向に反応多数!」


「大きさは?」


「全長は85m程、速度は5ノット程度、数は・・・少なくとも100!」


「多いな・・・進路は?」


「本艦隊の進路とほぼ一致。外縁部の艦が外れるくらいです」


「CDC、CDC、こちらE-2C2番機、Unknown探知、クタル艦隊と推定」


『こちらCDC、こちらでも確認した。先頭にアーレイ・バーク級の主砲射程圏内まで引き続き監視を続けろ』


「了解、監視を続行する」



アメリカ・ロシア連合艦隊前方 アーレイ・バーク級CIC


「Unknown探知!12時の方向約97km地点!」


「対艦戦闘用意!」



カン!カン!カン!カン!カン!



「Unknownはまっすぐ本艦隊の進路上を航行中、本艦の主砲射程圏内に入り次第上空のE-2Cが警告を発します」


「Unknownの速力は約11ノット。本艦の速力20ノットで約1時間半後にはUnknownの先頭集団が射程圏内に入ります」


アメリカ合衆国海軍の主力艦、アーレイ・バーク級の主砲であるMk.45 5インチ単装砲 mod.2は、通常弾で24.1kmの長射程を持ち、前任のMk.42が対空攻撃を重点に置いたのに対して、対水上・対地攻撃に重点を置いた速射砲だ。


5インチ、すなわち127mmと聞くと、小さく聞こえるかもしれない。


しかし、弾頭の高性能化と各種機器による高い命中精度によるシナジーは、時にはミサイル以上の威力を発揮する事もある。


ましてや、今回の相手はいくらか頑丈とは言え木造帆船である。


アメリカ海軍伝統の127mm砲弾を食らって生き残るには相当運が良くなければ無理だ。



クタル遠征艦隊



ブルルルルルルルルル



「なんだ・・・?あれは・・・ワイバーンか?」


「どうした?何かあっったのか?」


「なぁ、あの、空を飛んでる奴、なんだと思う?」


「ん?なんだろ、まて、こっちに来てないか!?」


「うわぁぁぁ!?」



ビュゥゥン!



クタル艦隊の先頭にいた100門級戦列艦「リクス」の見張りは、アメリカ海軍の早期警戒機E-2Cのフライパスを間近に見た。



『こちらアメリカ海軍所属E-2D、貴艦隊に警告する。この先で我々が演習を行っている。直ちに進路を変更せよ。繰り返すーーー』


「な、なんなんだ!?ありゃ!?」


「知るか!それよりも報告するぞ!」


クタル遠征艦隊旗艦150門級戦列艦「フリィル」


「ほ、報告します!現在、艦隊上空にアメリカ海軍所属を名乗る謎の鉄のワイバーンが居座り、この先の海域でアメリカ海軍が演習を行っているため進路を変更するよう警告しているとの事!」


「なに?鉄のワイバーン?なんだそれは?」


「報告によれば、羽ばたいておらず、中央部に大きな翼、後部に小さな翼があり、中央部の大きな翼に4つの機械文明圏で使われているプロペラらしきものがついていたとのことです」


「なんだそれは・・・?まぁいい、そのワイバーンとやらはこの先の海域にアメリカ海軍・・・敵艦隊が居るというんだな?」


「はっ、そうであります」


「よろしい、前衛艦隊はこれより第2種戦闘配置!敵艦隊を見つけ次第、前衛艦隊司令の判断で第1種戦闘配置に移行し、アメリカ艦隊に身の程をわきまえさせろ!」


「はっ!」


伝令が出ていくと、クタル遠征艦隊司令官、ムッスクームはこれから蹂躙されるであろうアメリカ艦隊を思い浮かべほくそ笑む。


彼の頭には、アメリカの旗を掲げた超低速で舵のきかない鉄製の船が、上に備え付けられた大砲で必死に抵抗するも速度のあるクタル艦には大砲は一発も当たらず、逆に魔術師の火魔術や風魔術によって一瞬で無力化され、さらに内部も焼きつくされ、中の兵士達がもがき苦しむ。


そんな情景を思い浮かべ、彼は思わずにやけてしまう。劣等人種どものもがき苦しむ音は実にいい音だろうと。


その時、船が揺れる。少し大きな波にぶつかってしまったらしい。


揺れで思考から目覚めた彼は、外へ出て海を眺める。


周囲には数え切れない数の帆船が、風を帆に受けて航行している。


クタルはこれからも繁栄し、いずれ世界の中心、神聖ケール王国にも一目置かれる存在になるだろう。


彼は再び、思考にひたる。


彼の脳裏には、他種族を奴隷とし永遠の繁栄を遂げ、さらには世界の中心、神聖ケール王国の国民さえ奴隷とするクタルの姿が、まるで当然のように写っていた。


この後、繁栄を極めるクタルの終わりの始まりとなる出来事に、彼は居合わせる事となる。




世界の変革は、いまだ始まったばかりである。

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