第5話
2020年10月
アメリカ合衆国 ペンタゴン
「新世界国家から仕入れた情報と偵察衛星の情報から、クタルの海外進出拠点がこのファフィ島である事が判明しています」
「ファフィ島自体は大して大きい島でもなく、産業が栄えているわけではないようですが、代わりに中継拠点として、この地域としてはかなり巨大な港湾施設を持っているようです」
ミストラル王国の大使館から届いた知らせを受け、ペンタゴンでは早速戦略会議が始まった。
既に情報は有り余るだけある。
敵の技術力、軍事力、思想、戦術等から、こちらが取るべき最適な戦略を練る。
まず技術力、クタルを含め、非文明圏の技術力はある程度差があるが、概ね地球における17世紀後半から18世紀前半程度となっている。
次に軍事力、クタルの軍事力は相当に大きく、総兵力は1500万を超えると予想される。
しかし、歩兵の基本的な武器はマッチロック式マスケット銃(火縄銃)、砲兵は前装式滑腔砲、補給線は馬と人力頼りと、陸軍だけを見ても、地球とは大きな差がある。
しかし、技術力にも関係する不確定要素として、魔術というモノがある。
ミストラル王国から仕入れた情報によれば、魔術は魔語という特殊な言語を使用し、体内に存在する魔力という物質を消費して発動するらしい。
魔力がどのような物質で、なぜ体内に存在するかは全くと言って分かっていないが、今重要なのはそこではない。威力である。
現在分かっている中での最大火力はミストラル王国宮廷魔術師団の儀式魔法であり、威力はMk.45 5インチ砲の榴弾に匹敵すると計測されており、無視できない兵器の一種として警戒されていた。
とはいえ、射程は術者達の目視圏内のみであり、さらに連発は困難なため、ミサイル等であれば危険なく交戦できると考えられている。
その次に思想、クタル魔人国の思想は所謂帝国主義思想の一種と言えるものであった。
地球の帝国主義と違う所は、地球での帝国主義の根幹である「力」に、人種差別や選民思想が混ざっている事だ。
クタル魔人国の主要人種は、国名にもあるように魔人と分かっている。
そして、魔人というのはある程度似通った能力や性質を持つ人々を差す総称と分かっている。
ヴァンパイア、サキュバス、インキュバス、獣人。
地球上で、伝説、あるいは架空の生物とされていたものがこの世界には存在するが、それらをこの世界ではまとめて魔人と呼ぶ、亜人という別称もあるが、これは蔑称で、人間(ヒューマン)ではない何かという事で、一部の地域や人々の間でしか使用されない。
そして、クタル魔人国は「魔人」を「亜人」と呼び差別する人々の逆バージョンで、人間を「無人」と呼び、魔人のように特徴ある力がない劣等人種として差別している。
さらに、魔人の一部は大きな魔力や力を持つために選民思想が発達、そうして出来上がった身分制度は、非常に厳しいものであり、種族によって決まる階級は、上に上がる事は不可能である事が判明している。
最後に戦術だが、これは魔術というこの世界特有の戦略兵器が存在するために、同世代の地球の戦術とは多少変わっている。
魔術師が地球における砲兵とほぼ同じポジションとなっている為だが、大砲に比べ魔術が対人に強いのに対し、この時代の前装式滑腔大砲はどちらかといえば対物に強めであることから、戦略単位では使い分け、戦術単位では相手にするものと相手の能力を見て決めるものと判明した。
他にも、魔術を使えば多少の怪我や風邪はなおってしまう為、戦線復帰を早めることや、亜空間を作り出して大量の物資を運ぶことが可能と、兵站、継戦能力の面においても地球と比べ違う部分が多い。
特に注目されているのは結界魔術という防衛手段だ。
魔術師、または核となる物を中心に半径数メートルから数キロのドーム状の壁のような物を作り出し、あらゆる攻撃を無力化するらしい。
ただし、攻撃を無力化する度に、攻撃の規模に応じた魔力を消費し、最終的に魔力が無くなれば、結界は消えるとのことだ。
具体的な防御性能は不明だが、破られた前例があるという事は、最悪P-800やMOABのような高威力の兵器を撃ち続ければ無理やりにでも粉砕できると結論付けられた。
クタル魔人国 ファフィ島
「今集まっている情報はこれだけです。まぁ、これだけでも、また哀れな国が増えると分かりきっていますがね」
「鉄の船体を持つが、砲は1基のみ、しかも魔力を微塵も感じないとなれば、アメリカとロシアとやらは、違う意味で無人だな」
「しかし、鉄の船となると流石に防御力は高そうですな」
「うむ・・・結界魔術には及ばんだろうが、今回は大砲ではなく魔術師を多めに連れていこう」
一方クタル魔人国でもアメリカとロシアに対する情報が集められ、同時に、何回目かも数えるのが面倒となっていた遠征部隊が編成されていた。
ファフィ島に駐留している部隊は、単純な軍隊として見れば、練度普通、装備普通の平凡な部隊である。
しかし、何度も遠征をしてきたその経験は、格下相手の戦争では対ゲリラ戦術や、占領地運営においては本国の軍をも凌ぐと言われていた。
なおも、今回の相手が格上とかいう言葉で片付けられないレベルなのだが、彼らはそんな事は知ったこっちゃない。
彼らはまた遠征と聞き、最初はいつものように魔術師よりコストパフォーマンスに優れた大砲を中心にした部隊を編成しようとしたが、相手の船が鉄で出来ているという情報が入ったことで、方針を転換し、魔術師を増やした。
なぜ魔術師を増やしたかと言えば、彼ら自身も、自らの使う大砲が鉄の船を倒せないということが分かっているからだ。
だが魔術師ならば、1基しかない大砲をスナイプし、さらに火魔術を利用した火炎放射で内部を焼き尽くせばよいと考えたのだ。
しかし、彼らはここで大きな誤解をしていた。
この時彼らが思い浮かべていたアメリカとロシアの艦艇の見た目は鉄製の船体を持った帆船の艦首に1門だけ大砲が顔を覗かせているという、あまりに現実とは違うものだった。
ましてや、レーダーやミサイルの存在はもちろん知らないし、FCSによって制御されている大砲なんぞ脳の処理能力の範囲外だろう。
それらに加え、転移直後から打ち上げられ続けた衛星網の前には、クタルの技術力では帆船1隻隠すのも至難の技である。
いつもの様に彼らは、これから倒す相手が愚かな選択をし、その国民が殺される事を哀れに思いながら、戦争の準備を進める。
ミストラル王国 王城 応接間
この質素ながらよい雰囲気のある部屋で、1人はガタイのよい大柄の男が、もう1人はメガネをかけた役人の男が言い合いをしていた。
「どういうことだ!なぜ彼らと友好関係を結ぶ!?」
「ギルドマスター、それは私のセリフです。なぜ我々の外交にあなた方が干渉できるのです?」
「あのアメリカとか言う国家は我々ギルドの進出を断ったのだぞ!そのような国家と友好関係を結ぶ!?」
「ギルドの進出を断ったのが何になるのです?それに先程も言いましたが、なぜあなた方が我々の外交に干渉できるのです?」
「ぬぐっぅ!」
ミストラル王国とアメリカ合衆国が安全保障条約を結んだことは、ギルドにとって青天の霹靂だった。
いや、ギルドにとって最も重要なのは安全保障条約より、安全保障条約に内包されている「ミストラル王国=アメリカ合衆国地位協定」の方だ。
安全保障条約によってアメリカ軍がミストラル国内に展開するのは良いとして、地位協定によってミストラル国内において大きな特権を持つことは、ギルドのプライドが許すこのできないことであった。
ここ200年間、大きな特権を国家から与えられた例があるのはギルドのみである。
ギルドに登録して実際に活動している討伐者等はともかく、上層部には所謂「選民意識」と言えるようなものがあったのだ。
つまり、ギルド上層部はアメリカ、ひいては地球圏の外交政策が気に入らなかったのだ。
(ある勢力が)国家から特権を与えられるのはギルドだけ、という固定概念のような何かがギルド上層部にはあった。そして、今回アメリカがミストラル王国から特権を与えられた。
この事実はギルド上層部を大いに荒れさせた。
前々から自分たちを受け入れない地球圏をよく思っていなかった彼らは、この事を聞いて地球圏にあらぬ恨みをもった。
自らのシマに勝手に足を踏み入れた部外者。
簡単に決まった上層部の見解によって、ギルドは水面下で地球圏に対する報復(と言えるかどうかは微妙だが)の計画を立て始めた。
しかし、報復の方法が問題となった。
まず進出自体していないので、営業停止や撤退という普通の方法は不可能。
いつもの手段、もとい唯一の手段が使えないとなっては、彼らも思考に浸るしかなかった。
そんな彼らの会議室に、日本の忍者に似た姿をした黒装束の男が入り、幹部の一人に耳打ちする。
耳打ちされた内容を頭の中でまとめると、彼は口を開く。
「提案があります」
そして彼は頭の中でまとめた事を一通り話す。
「なに?それはいいな」
・・・彼らは史上最も最悪の決断を下した事に、この時は気づこうともしなかった。
画して、静かながら、着実に、各陣営において、戦争の準備が進められた。
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