第2話

アメリカ合衆国 合衆国内務省


「調査の結果、我々の領土から100km離れた地点から外側の海底には全く資源が存在していませんでした」


「石油一滴も無かったのか?」


「はい、石油一滴、ガス1m²もありませんでした」


「バカな、それじゃこの星には石炭紀が無かったとでもいうのか」


「まだ確定は出来ません。これまで調査した範囲はロシアの面積の2倍程度です」


この世界に転移した直後から、アメリカは近海を中心に資源調査を行っていた。


しかし、本土から100km超えた当たりからは探せど探せど、石油資源とガス資源は見つからない。


資源産出国のロシアや中央アジア諸国、そしてアメリカ自身も大量に資源地帯を持っているので、そこまで問題にはならないと考えられているが、無いよりはあった方が人間、安心するという物だ。


資源の捜索という目的と同時に、この星の成り立ちを理解するため、海底の調査活動はこののち長期に渡って行われる事が決定された。


アメリカ合衆国内務省はこの時気づいていなかったが、この星の生い立ち、そして自らがここにいる理由が、この星に石油や天然ガスが埋まっていない事につながるのだが、それはまた、別のお話。



カザフスタン 某所


「政府は最近、石油とかの鉱産資源よりも食料品に力をいれるつもりらしい」


「そりゃまたなんで?」


「異世界の国家相手の需要が爆上がり中だそうさ。ここで一発儲けて、国内の近代化を進めたいらしい」


「はー、近代化かぁ。俺たちもその恩恵に与れるのかな」


「さぁな」


転移後、貿易先を増やしていった地球圏各国の主な輸出品は、生活必需品や食料品だった。


常に紛争と飢餓の絶えない非文明圏では、品質の高い地球圏の生活必需品と、大量の食料品は、無限に近い需要があった。


重工業は異世界向けの需要は皆無であったが、逆に海外にあった機材等を損失し、異世界における活動の為の機材が必要になった地球圏内の需要が一定数以上あり、さらに軽工業の大幅な拡大に伴い、失業者が減ったことで、トラック等輸送機械の需要も増えた事で、重工業も活気を維持していた。



カナダ オタワ


「やはり、現在の我が国の体制では対応できません。我が国の沿岸警備隊では時代遅れとはいえ武装した船に立ち向かうのは不可能です。沿岸警備隊の早急な増強が必要です」


異世界への転移後、地球圏ではとある問題が起こっていた。


大量の海賊が獲物を求めて地球圏になだれ込んだのだ。


大量に輸出されている地球圏の物品。それらに目をつけた海賊たちは本土にはもっと大量の売れるものがあると考え、生産地を知った者から我先にと地球圏に走っていった。


地球と違い、頻度を調整すれば風を起こして5ノット以上のスピードを維持できる魔術師が居る。


多少遠く拠点が無いところにも、一定数以上の海賊は行く事が出来るため、地球圏にもやってきていたのだ。


「やはり今の沿岸警備隊の装備では無理か」


「現在は軍が対応していますが、帆船ごときにフリゲートやらなんやらを出すのはコスト的に望ましくありませんし、警察には荷が重すぎます」


「法律の改正と同時に装備を整える必要性があるな」


カナダの沿岸警備隊はどちらかというと、警察というよりは消防に近い印象で、海上での犯罪の取り締まりは警察が、軍事的な行動は軍が行う事になっていた。


しかし、異世界の海賊相手には、警察では荷が重すぎ、軍では過剰という問題が起こっていた。


カナダ沿岸警備隊の準軍事組織化はトントン拍子に進み、4ヶ月後にはアメリカのセンチネル型カッターを基に、一部電子機器が変更されたヒーローⅡ級巡視船として導入されていった。


またアメリカ沿岸警備隊も装備と人員を増強、より広範囲の哨戒活動を行うようになり、海賊は地球圏に入ったが最後、次々と逮捕されていった。



トルクメニスタン トルクメンバシ


転移後、外洋と比べれば小さな湖に過ぎなかったカスピ海から担当範囲が一気に増えてしまったトルクメニスタン海軍は大幅な増強を強いられていた。


「あれがロシアのアドミラル・ゴルシコフ級か」


「トルクメニスタン海軍はどこまで拡大するんだろうなぁ」


トルクメニスタン海軍は2029年までに3隻のアドミラル・ゴルシコフ級の輸出版(22356型)を導入する事を発表し、さらに沿岸警備隊を発足させた。


タジキスタン、ウズベキスタンは新たに海軍と沿岸警備隊を発足させ、カザフスタンもトルクメニスタンと同様に装備を強化、中央アジア各国は連携を強めていった。



ロシア ムルマンスク 北極地域国境局


「国境軍の新しい任務ですか?」


「ああ、近いうち、警備艦を大幅に増強し、商船等の護衛部隊として運用するそうだ」


「海賊対策、ですか」


「そうだ、もう既にギリギリの状況になった船も出ているらしい。これからは非効率だが安全な船団護衛方式をとるそうだ」


地球圏にやってくる海賊が居る一方、地球圏の商船を狙う海賊ももちろん居た。


1隻や少数であれば逃げれば良いが、多数ともなれば包囲されるなどするとたまったものではない。


船団護衛方式は最も速度の遅い船に速度を合わせ、行き先を固定するため効率は悪いが、固まっているため被害は出にくい。


まだまだ未知の部分も多いこの星だ。船を襲ってくるデカイ水生生物が居てもなんらおかしくはない。


11356M2型と仮称が付けられた新型国境警備艦は2024年調達開始を目指し開発が進められ、のちに11357型国境警備艦ととして完成することとなる。


主な貿易先の1つであったヨーロッパの消滅の為、圏外との活発な貿易によって経済を維持・成長させることになったロシアにとって、この11357型は縁の下の力持ちとして活躍することとなっていく。


ゼレル暦5680年7月/2020年9月

ミストラル王国 王都ミスト


きらびやかな装飾の施された大きな部屋で、2人の人物が多数の記者にシャッターを切られながら固く握手をした。


彼らのサインした文書には、こう書かれている。


「ミストラル=アメリカ合衆国安全保障条約」


この安全保障条約の内容は日米安全保障条約と同じような物だが、ミストラル王国側が駐留費用のほぼ全てを負担する事や、ほぼ全ての税金を免除するなど、かなりミストラル王国側が譲歩した形の物だ。


しかし、基地の設置場所の検討についてはミストラル王国側に優越権があったりと、ミストラル王国外務局の努力の賜物ともいえるもの散見されているし、なによりミストラル王国にはこれら厳しい条件をのんでも余りある利益があった。


それは、強力な後ろ楯を得たことだ。


地球圏の技術力は列強のそれを優に上回り、さらに経済力、軍事力、学問、全てにおいて桁外れの地球圏の強国の一角から安全保障条約を引き出せたのはミストラル王国にとって巨大な躍進だろう。


これから地球圏の先進的な技術、学問が入ってくるだろうし、国内は急速に近代化していくだろう。


ミストラル王国は時代の流れに乗るのではなく、時代の流れを作る方へと、少しずつ変わっていった。



王都ミスト 王城


「陛下・・・これから我が国は・・・世界はどうなるんでしょうか・・・」


「わからん・・・しかし、少なくとも、アメリカやロシア等の地球圏国家が世界を動かす中心になるだろう。その過程で、必ず我が国も巻き込まれる筈だ。今はその時に備え、力を蓄えるだけよ・・・」


地球圏と交流を初めてはや8ヵ月、ミストラル王国は急速に近代化を進めていた。


産業においては蒸気機関を導入した官営工場が建設され、その生産力と高い品質から同国内の有力資本家や一部の貴族達から視線を送られていた。


軍事においては、アメリカ合衆国から輸出されたウィンチェスターM1873ライフルを精鋭マスケット兵に支給し、同国初の狙撃部隊が結成された。


また、精鋭砲兵部隊向けに3インチパロット砲を輸入し、配備を進めていた。


そして、アメリカ、ロシア、その他様々な地球圏国家に留学生を受け入れてもらう約束を取り付け、厳正な審査を潜り抜けた留学生達は1年程度の言語学習ののち、各国に送られる事になっている。


「今我らに求められているのは、この時代を生き残ることだ・・・」

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