第3話
ある日、ウラジオストク市庁舎の一室で公務員と大柄の男が話をしていた。
「無理です、お引き取りください」
「何故だ!お前たちはギルドが必要ないというのか!」
「実際問題必要ありません」
「我々の領土には魔物はいませんし、治外法権も認められません」
「くっ」
「しかも、ギルド内のランクによっては、免税や免責、さらに国からの特典が必要だと言う。これも認められません」
「残念ですが、この内容では地方自治体では許可できません。国との交渉を行ってください」
「貴様らっ・・・後悔するぞ!」
バタン!
大柄の男は大きな音を立てて部屋から出ていった。
彼は非文明圏を中心に事業を展開するギルドの人間であり、ミストラル王国支部からロシアへ派遣され、ギルドの設置に関する交渉を任されていた。
彼はロシアの王が直々に対応してくれるだろうと考えていたが、通された部屋は普通の応接室。
さらに対応した人も、普通の公務員だった。
彼は不思議に思いながらもギルドの要件を伝えるが、相手はそれを聞いて笑う。
「何がおかしい!」
「こんな事を言う方は初めてでしたので」
「まさかこんな条件を飲む人々がいるとは思いませんでした」
「ギルドがなければ国家運営は成り立たなくなっていくぞ!」
そして最初の会話に繋がる。
彼を含めて当然と考えていたギルドの規定は、封建的かつ、魔物の問題に苦しめられるこの世界の国家では通じていたが、近代的な共和制国家では古すぎて全く通じない物だ。
恨みを持ったギルド上層部だが、あいにくギルドという組織は報復行動を取れるようなものではない。
しかし・・・このギルドが、今後の紛争で地球圏国家の悩みの種になるとは、この時は誰も知るよしもなかった。
◆◆◆
アメリカ合衆国 ワシントンD.C. 国務省
「さて・・・次の国交樹立を目指す地域は何処にしようか」
「距離的には、第3魔術文明圏が近いですな」
「魔術文明圏か・・・どうも、この世界の国との外交は疲れる」
「今回も、軍事力を誇示しつつ行う必要が
あるだろうな・・・」
「そういえば、ミストラル王国は、1ヶ月後の演習に我々に参加してほしいと言っていたな」
「演習か・・・」
演習なら、諸外国のスパイや官僚も見るだろう。
ここで軍事力を誇示すれば、今後外交関係を広げていく中で、有利に働く筈だ。
この世界の技術力は最大でもギリギリ原爆を作れるか作れないかで、水爆まで実用化している地球は文字通りレベルが違う。
戦争になれば確実に勝てはするが、帆船を倒すために一々対艦ミサイルなんかを使っていてはコストまったくと言ってに見合わない。
ならば技術力と軍事力を見せつけ、敵対する国家を最初から無くしてしまえば、コスト削減だけでなく、影響力の増大も見込める。
地球圏が黒船外交を推進する、というのは自然に行き着く道であったのだろう。
2020年10月
ミストラル王国 王都ミスト 外務局
「演習に参加して頂けると聞きましたが・・・」
「はい、貴国の・・・海軍の演習に加わらせていたこうかと思いまして」
「本当ですか!」
「ええ、演習にはこちらに書かれた部隊が参加します」
彼がそう言って手渡した資料にはこう記載されている。
演習参加予定艦艇
フリーダム級及びインディペンデンス級各2隻。
LCS、沿海域戦闘艦と呼ばれる艦で、アメリカ外ではフリゲートとして扱われる事が多い艦艇で、1990年代末期、ストリート・ファイター・コンセプトや、ネットワーク中心戦などの概念などに基づいて設計、建造された。
転移以前は実質的に失敗作扱いとなっていたが、転移後はコストはともかくとして、ミッション・パッケージに代表される汎用性の高さと、低強度紛争を強く意識して設計されたLCSは、コスト低減と各所の改良を行えば、こちらの国家との紛争では通常の駆逐艦や巡洋艦よりもこの世界ではより有用な艦艇コンセプトと見られていた。
「よ、4隻だけですか?」
「?私は軍属ではないのでよくわかりませんが、軍がよく分析した上でこれが最適と判断したのでしょう」
「そ、そうですか」
王から列強にも値する国家だと聞かされていた彼からしてみると、あまりにも貧相な編成に見えた。
実は非文明圏にも列強は1か国のみ存在しており、多くの非文明圏国家はまるで伝説のようにその国の事を語る。
曰く、一つの大陸をまるごと支配している。
曰く、人口は1億を超える。
曰く、兵士は1000万人を超える。
曰く、1日で10隻の戦列艦と100門の砲を作る
どれもこれも通常の非文明圏国家からすれば神にも等しい所業だ。
地球圏からすれば、戦列艦は300年近く昔の兵器な上、砲は弾頭は石のボールだし、射程はたったの1.5kmとザコ未満である。
ミストラル王国もかの国を上限と仮定して考えるなら地域大国程度の国力はあるが、かの国はこの世界最弱の列強である。
そんな最弱の列強を上限とした時の地域大国程度では目にも止められないのが結果であった。
もっとも、アメリカ合衆国の援助によって5年後にはかの国を大きく上回り、実際の国力は(地球圏国家を除き)世界第5位にまで上り詰めるが、それはまた別の話。
アメリカ海軍 フリーダム級沿海域戦闘艦
「ミストラル王国水軍、視認」
「旗艦に続き、並走せよ」
「了解」
アメリカ海軍フリーダム級の乗員は緊張に包まれていた。
今回の艦隊にはアメリカの力を見せつけることと、魔術という不可解な技術を探る側面もある。
つまるところ、艦隊の乗員全てがスパイのようなものなのだ。
現在アメリカを含めた地球圏では魔術という技術の研究が進められているが、研究資料が少ないこともあって全く進んでいなかった。
今回の艦隊派遣を聞き、研究者達は情報収集を軍に依頼。軍はこれにこたえ、機材を艦艇に搭載。
そして演習時にそれらを利用して記録するということだ。
「艦長、今回の演習の内容は沿岸部に上陸した敵地上部隊を海上から攻撃する・・・という想定で無人島に対し攻撃を行うんですよね?」
「ああ、主砲とヘルファイアミサイルによる攻撃演習を行う」
フリーダム級、インディペンデンス級ともに、武装は基本形としてMk.114 57mm速射砲とRAM/SeaRAM 21/11連装近接防空ミサイル、M2重機関銃4丁を装備し、前述のミッション・パッケージ毎に装備が違っている。
今回4隻は艦固有のMk.114 57mm速射砲とMk.46 30mm単装機銃、MH-60R、ヘルファイア対戦車ミサイルからなるSuW、対水上戦パッケージを装備している。
対艦ミサイルとしては元々はNLOS-LS ミサイルシステムを搭載予定だったが、開発が中止されてしまった為、ヘルファイアミサイルを装備している。
同海域 ミストラル水軍
「あれがアメリカとやらの戦船か」
「大きいですが、砲が一つしかありませんな」
「ふむ、たった一つの砲でどうやって戦うつもりなのだろうか?」
彼の名はオクタヴ・ド・ジェモン。
ミストラル王国水軍第四艦隊の司令官で、今回の演習の最高責任者でもある。
彼は地球圏国家が今回の演習に参加すると聞き、どのような武器を持っているか、もしかすると、列強のような強力な武器を持っているかもしれないと考えていた。
そう考えていた彼からすると、地球圏の艦艇は貧相で弱々しく見えていた。
やがて、演習が始まる。
ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!
「うむ、やはり新型の80門級戦列艦は強いな」
カノン砲を次々と発射する姿は彼の目には地球圏の鉄の戦船より力強く写っていた。
・・・アメリカ海軍の艦艇が無人島に攻撃を始めるまでは。
アメリカ海軍 インディペンデンス級
「ヘルファイア発射成功!」
「ヘルファイアミサイル、目標へ飛翔中」
「命中まで残り19秒」
「データリンク正常、目標追尾中、主砲はいつでも発射可能ですです」
ミストラル王国軍の攻撃は球形の石砲弾を撃つもので、上がるものは砂ぼこりだけ。
少しあっけからんとしたが、今度はこちらの番である。
主砲だけでもあの小さな無人島を焼け野原にするには十分だが、誘導ミサイルであるヘルファイアも披露しておこうというものである。
「ヘルファイア、弾着5秒前!」
「4、3、2、1、弾着!」
「弾着確認!」
「主砲!撃ち方始め!」
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
アメリカ合衆国が近年になって導入を進める57mm艦砲であるMk.114はミストラル王国のカノン砲とは桁違いの速射性を見せつけながら無人島を爆炎で覆う。
「主砲、撃ち方やめ」
無人島は爆発でできた地面の焦げ後と無惨に砕かれた岩の破片で覆われた。
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