第446話 遊撃戦

 ベトゥミア共和国軍侵攻部隊の橋頭保であるオストライヒから、最重要目標である王都リヒトハーゲンへと続く道を、総勢百人弱の輸送隊が急ぎ進んでいた。


 本国からの輸送船団がロードベルク王国軍の襲撃を受け、輸送が大きく滞っている状況でも、できる限り多くの物資を王都攻略中の主力に届けなければならない。たとえオストライヒの後方部隊が腹を空かせることになったとしても。


 王都を攻略しなければ自分たちに未来はない。それが分かっているからこそ、輸送隊は積めるだけの物資を魔導馬車に積んで北へと走っていた。


 その隊列の先頭あたりに騎乗して立つ隊長のもとへ、先行していた斥候の騎兵が駆け戻ってくる。


「隊長! 大変です!」


「……どうした。敵の待ち伏せか?」


 隊長は表情を強張らせて尋ねる。


 前回の侵攻では、輸送隊が遊撃戦によって集中的に狙われた。だからこそ、通常は三十人から五十人程度で構成される輸送隊が、今回は百人近い兵力を伴っている。


 しかし、ロードベルク王国側はどうやらこちらの再侵攻を予見していたらしい……という話は、既に一般の士官や兵士の間にも広まっている。いくら輸送隊の兵力を増強していようと、街道上での待ち伏せには身構えないわけにはいかない。


「はっ、およそ三十人規模の敵部隊が、街道上に堂々と待ち構えております」


「堂々と? たった三十人でか?」


「はい……ですが、その……敵は街道上に土壁を並べた陣地を形成していて、そう簡単には突破できそうにありません」


 その話を聞いた隊長は、ひとまずその斥候に先導させて敵陣の近くまで走る。


 輸送隊は週に何隊も行き来している。自分たちが発つ前に帰還した輸送隊からは、街道上に陣地があったなどという話は聞いていない。敵が三十人で土木作業に勤しんだとしても、せいぜい一、二日で築ける陣地などたかが知れている。


 そう思いながら、報告にあった敵陣を目視し――


「……何だこれは」


 隊長は愕然とした。


 人の背を超える高さの土壁に、物見台のようなものまで設置されている。とてもではないが、一日や二日で築ける規模の陣地ではない。ちょっとした砦だ。


 土壁も物見台も、ことごとくが土製。おそらくは土魔法か。それにしても一体どれほどの手練れを何人動員したのか。


「隊長、どうしますか?」


「……迂回だ。街道を外れて進むぞ。百人足らずであれを攻略していては、何人死ぬか分からない」


 隊長は斥候の騎兵とともに隊のもとへ戻り、街道を外れて平原の中を進み始める。


 この辺りは背の高い草が広がる中に丘や大小の森が点在し、見通しはよくない。街道上に陣取る敵に見つかるかもしれないが、敵の数はわずか三十人。距離を取りながら進めば、追撃はさほど心配しなくていい。


・・・・・


「……なあ、セルジャン。私はこの二日だけで一年分は働いたと思うのだが、どうだ?」


 土製の頑丈な物見台の上に立ちながら、ヴィオウルフ・ロズブローク男爵は傍らの従士長に言った。


 類まれな土魔法の才を持つヴィオウルフは、昨日と今日で、土壁に四方を囲まれた簡易の砦を設営した。物見台と空堀まで作った。いくら多くの魔力を持っているからといって、わずか二日でこれだけのものを作るのが楽なはずもない。


 魔力が空になるまで魔法を使っては魔力回復のために仮眠することをくり返し、それでも回復が追いつかずに一度気絶し、つい先ほど目覚めたところだ。


「畏れながら閣下。確かにこの二日間の閣下の働きは素晴らしいものでしたが、一年分はさすがに言い過ぎでしょう。この戦争はまだ半ばです。場合によっては、閣下はこのような砦をあと何度か作ることになると思われます」


「……あまり考えたくはないが、まあ、お前の言う通りだな」


 温和だが甘くはない老齢の従士長に言われ、ヴィオウルフはため息交じりに苦笑する。


 そのとき。砦から見て南の平原に潜み、偵察役を担っていたロズブローク男爵家の従僕パウロが、急ぎ駆け戻ってきた。


「ロズブローク閣下! 敵の輸送隊が街道を外れて、西側の平原の中に迂回していくのを確認しました! 数はおよそ百!」


「そうか、報告ご苦労」


 ヴィオウルフは西の方角を見やる。森と丘に阻まれて敵の姿は直接は見えない。


「……さて、ここからは獣人の国の王女殿下が活躍してくれることだろう」


・・・・・


「王女殿下。砦の部隊より報告が入りました。敵の輸送隊が街道を東の方向に外れ、平原の中を進み出したそうです」


「……そう。あの赤髪の土魔法使い殿は上手くやってくれたようね」


 参謀という名のお守り役を務めてくれているスルホ・ハッカライネン候に言われ、ヘルガ・レーヴラントはそう答えた。


 ここはロードベルク王国の王都からオストライヒへの街道を進む途上にある、森と丘の陰に隠れた野営地。ヘルガはアドレオン大陸北部から唯一ロードベルク王国の友軍として参戦した部隊の長として、ここにいる。


 ヘルガの理想は、アドレオン大陸全土における、自身の同族たる獣人の地位向上。そのためには獣人の王家を持つ自国が獣人迫害の続く大陸南部との結びつきを強め、南部の大国と対等な友好を築くのが最短の道。


 また、単にレーヴラント王国の利益を考えても、ロードベルク王国のような大国と友好を深めるのは大きな利益になる。軍事的にも経済的にも多くの利益を享受し、大陸北部の小国群の中でより一層抜きん出ることも叶う。


 自分の理想に一歩でも近づくため、そして自分が父から受け継ぐ王国の未来をより良いものにするため、ヘルガはレーヴラント王国軍より騎士と兵士の計五十人を連れてベトゥミア共和国との戦いに加わっている。


 王女であるヘルガ自身が名目上とはいえ指揮官を務めているのは、獣人の多いレーヴラント王国軍がロードベルク王国から軽んじられないためだ。


 務める役割は、敵の橋頭保オストライヒと侵攻目標である王都リヒトハーゲンを結ぶ街道上での、輸送隊狩り。危険は比較的少なく、なおかつ獣人の能力を十分に発揮できる任務となっている。


「それでは、我々は敵を迎え撃つ準備をしましょう。スルホ、皆に出陣命令を」


「はっ、直ちに」


 スルホ・ハッカライネン候に命じたヘルガは、自身も準備をする。自身専用に作られた、耳の部分に穴のある獣人用の兜を被り、剣を帯びる。


「王女殿下」


「ありがとう、パウリーナ」


 ヘルガの直衛かつ世話係として付き従っているダークエルフの騎士パウリーナ・ベーヴェルシュタムが、ヘルガの乗るグロースリザードの手綱を引いてくる。ヘルガは彼女から手綱を受け取り、虎人としての身体能力を活かして背の高いグロースリザードに軽々と乗る。


 そして、ヘルガの率いる一隊は、警備兵や雑務をこなす臨時雇いの軍属を残して野営地を発つ。


 その数はおよそ百五十人。レーヴラント王国軍だけでなく、ロードベルク王国民の志願兵もいる。志願兵は全員が獣人で揃えられている。ヘルガとしては同族で身体能力の高い彼らの方が扱いやすく、ロードベルク王国としては扱いにやや困る獣人兵をレーヴラント王国に任せられる。


 部隊は迅速に移動し、敵輸送隊の予想進路を見下ろせる丘の上、間もなくやって来るであろう敵側から見て丘の裏に布陣した。


「……見えてきましたな」


「ええ。そろそろですね」


 ハッカライネン候と短く言葉を交わしたヘルガは、百五十人の兵士たちを振り返る。


「……皆さん。いよいよ私たちの戦いのときです」


 百五十人の注目を集めながら、しかしヘルガは臆することなく堂々とした態度を見せる。


「友邦たるロードベルク王国に助力するため、対等なる友邦となるため、レーヴラント王国より私とともに馳せ参じた国軍兵士の皆さん。そして、苦しい立場に置かれた獣人ながら祖国のために戦おうと決意した志願兵の皆さん。これは私たちにとって、大きな意義を持った戦いです」


 ヘルガは兵士たちを見回し、穏やかに、かつ力強く語る。


「道のりはきっと遠いでしょう。私たちの生きているうちには叶わないかもしれません。ですがどうか、今日この日を覚えていてください。いつかロードベルク王国において、このアドレオン大陸全土において、獣人が真に普人や亜人と対等な扱いを受ける日が来たとき。そこへ向けた最初の大きな一歩を刻んだのは、間違いなくあなたたちです」


 ヘルガを見つめる兵士たちの目に強い力が、戦いに向けた闘志が宿る。


「さあ、まいりましょう。私たちの力を示すときです」


「全軍前進! 敵はこの丘の向こうで、無防備に最後尾を晒している! 一気呵成に突き進み、戦え!」


「「「おおっ!」」」


 ヘルガに続いてハッカライネン候が命令を出し、百五十人の兵士が応える。全員が一気に前進し、平原を進む敵目がけて鬨の声を上げながら丘を駆け下る。ヘルガは象徴的な指揮官ではあるが戦闘要員ではないので、騎士ベーヴェルシュタムと数人の護衛とともに戦いを見守る。


 当然、この段階になればベトゥミアの輸送隊もヘルガの部隊に気づいているが、死角となっていた丘の向こうからいきなり突き進んできた敵に、すぐには対処できない。


 また、荷物満載の荷馬車を数多く抱え、整地もされていない平原を進んでいては、この場から急ぎ離脱することも叶わない。


 結果、輸送隊の兵士たちはろくに隊列を整えることも叶わないまま、レーヴラント王国軍とロードベルク王国志願兵の混成部隊に襲いかかられる。本気で走った獣人の足は速い。


 ハルバードを抱えた大柄な獅子人や、太い槍を持った牛人、ちょっとした柱のような棍棒を持った虎人が、ベトゥミア兵の身体を鎧ごと叩き割る。あるいは刺し貫く。


 破壊力はあるが大振りな彼らの攻撃の隙をつき、攻撃を仕掛けようとしたベトゥミア兵を、平原の草陰に隠れながら鼠人がクロスボウで射貫く。


 戦場から逃走しようとしたベトゥミア兵を、犬人や猫人が飛びかかって取り押さえ、剣でとどめをさす。あるいは兎人が跳躍しながら迫り、そのまま蹴り倒す。


 エルフやダークエルフの弓兵が、正確な射撃で自軍を巧みに援護する。


 少し遅れて戦場に到達したドワーフの兵士が、肉薄しながらの戦斧の一振りでベトゥミア兵の首を跳ね飛ばす。


 隊列を組んでいたのならともかく、連携をとる間もなく各個に襲われては、普人が大半であるベトゥミアの輸送隊に勝ち目はない。瞬く間に数を減らした輸送隊は、その数が半分を切ったところで全員投降した。


 この日以降、王都攻略部隊へと物資を届けようとするベトゥミア共和国軍の輸送隊は、どのようなルートを通ろうとも、ヘルガの部隊をはじめとした遊撃隊によってその尽くが壊滅させられた。

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