第444話 東部の戦い

 王都リヒトハーゲン近郊にて、ロードベルク王国、ベトゥミア共和国双方の主力が激突した数日後。


 ロードベルク王国南東部のとある平原で、ロードベルク王国東部軍とベトゥミア共和国軍東部防衛部隊が会敵していた。


「……やはり例のゴーレム部隊がいるか。面倒なことだな」


 東部防衛部隊の指揮官である将軍が、敵陣――ロードベルク王国東部軍の陣を睨みながら呟く。


 敵陣の最前列に、アールクヴィスト大公国のゴーレム部隊は並んでいた。二十体のゴーレムたちは鉄板を組み合わせたような、盾とも打撃武器ともつかない装備を両手に持っている。


 さらに、その黒いゴーレム部隊に混じって、白いゴーレムも並んでいる。事前の情報によると、ロードベルク王家がこの七年の間に設立したゴーレム部隊だという。そのゴーレムたちも、おそらくは炎による攻撃を避けるための盾のようなものを抱えている。


 黒と白のゴーレムが、合わせておよそ三十体ほど。その後ろにゴーレム使いたちが、そして歩兵やクロスボウ兵が、その後ろに弓兵が……と隊列が続いている。


 その数はおよそ一万五千。こちらより五千ほど多い。


「閣下、いかがなさいますか」


「ゴーレム対策は炎による攻撃と定められていたな。仕方あるまい。まずは火矢と弩砲、火魔法の攻撃を撃ち込めるだけ撃ち込んでみろ」


 将軍の命令に従って、弓兵と弩砲部隊、魔法使いたちが動き出す。


 東部防衛部隊は攻撃が届く範囲まで前進し、矢と魔法の一斉射を放った。


・・・・・


 火矢と、こちらの爆炎矢に似た兵器。そして『火炎弾』などの魔法攻撃が自陣に放たれる。


「予想通りですな」


「ええ。敵としては、あのように攻撃するしかないでしょうから」


 その様を後方の本陣から眺めながら、ブロニスラフ・ビッテンフェルト侯爵とノエインは言葉を交わした。


 ロードベルク王国東部軍は、陣形の最前列にこれ見よがしにゴーレムを並べた。アールクヴィスト大公国のクレイモアだけでなく、ロードベルク王家が抱えるゴーレム部隊デュランダルも含まれている。


 デュランダルに所属する傀儡魔法使いたちの実力は、クレイモアの隊員たちよりも一段劣る。それでも、ゴーレムに腕を振り回させておけば、敵歩兵にとっては十分に脅威となる。


 どれがクレイモアでどれがデュランダルかは一目瞭然。デュランダルのゴーレムは、魔法塗料の中でも特に高価な白で塗装されている。さすがは王家の抱える軍勢というべきだが、その神々しさもまた敵を威圧する。


 敵陣から曲射で放たれた攻撃は、クレイモアとデュランダル、そしてその後方にいるクロスボウ兵と歩兵に向けて降り注ぐ。


 しかし、それらの部隊は慌てずに防衛態勢に入る。ゴーレム使いたちはゴーレムの掲げた盾の陰に入り、さらに専属の大盾兵に守られる。二人一組になっているクロスボウ兵と歩兵は、歩兵の掲げた盾にクロスボウ兵が一緒に隠れる。


 そこへ火矢が、あるいは炎を炸裂させる壺が、さらには攻撃魔法の火炎弾が降り注ぐ。火が散るが、黒いゴーレムの掲げる突撃盾や、白いゴーレムの掲げる鉄製の扉のような大盾は貫けない。


 その後ろ、歩兵のかかげる盾では全ての攻撃を完璧には防げない。盾で覆いきれない下半身に矢を受けたり、炸裂する壺や火炎弾の直撃を受けて火だるまになったりする者も出る。


 しかし、その数は少ない。そもそもゴーレム部隊との戦闘を想定していないのか、ベトゥミアの東部防衛部隊には、弩砲や火魔法使いの数がそういないらしかった。


 歩兵とクロスボウ兵の部隊は間隔をあけて並んでいるため、倒れるのは敵の一撃につき不運な二人一組だけ。損害としては許容範囲内だ。


 おまけにアールクヴィスト大公国の兵士は傀儡魔法使いの護衛につく大盾兵以外、後方で予備兵力として待機している。自国の兵に犠牲が出ていないので、ノエインとしては心も痛まない。


 身を守りながら前進したロードベルク王国東部軍は、やがて隊列後方の弓兵隊やバリスタ隊が敵陣を射程に収める。曲射による矢とバリスタの攻撃が、ベトゥミア共和国軍の東部防衛部隊に降り注ぐ。


 矢の雨は、少なくない数のベトゥミア兵を倒し、さらにバリスタの矢は敵陣の後方まで届く。敵の弩砲は壺を撃っている一方で、こちらのバリスタは通常の矢を撃っている。同じ距離まで近づけば、射程はこちらの方が遥かに勝る。


 軽微な損害しか負わないロードベルク王国側と、目に見えて被害が拡大するベトゥミア共和国側。飛び道具による攻防は、まず王国側の勝利に終わった。


・・・・・


「ちっ、やはり火力不足か」


 金のかかる火矢や爆炎壺、貴重な魔法使いによる攻撃を惜しみなく撃ち込んでも敵のゴーレム部隊を打ち破れない様を見て、東部防衛部隊の将軍は舌打ちする。


 本来はゴーレム部隊と接敵する想定ではなかった東部防衛部隊には、火による攻撃を行える武器や魔法使いが少ない。成果はまったくと言っていいほど上がっていない。


「閣下。敵の弩砲の矢が本陣まで届こうとしております。ここは危険です」


「戦場にいるのだ。多少の危険など承知の上。流れ矢が怖くて戦えるか」


 副官の進言を受けても、将軍は微塵も動じない。


「騎兵部隊を動かせ。敵の正面に並ぶゴーレムは脅威だが、あれはすぐに側面に回るような真似はできまい。敵は大軍である分、陣形移動も遅いはず。その弱点を突き、側面から突き崩すのだ……それと同時に、歩兵部隊は前進。側面攻撃で混乱させれば、正面のゴーレムの守りも崩れるだろう。その機に正面を突破しろ」


 将軍の命令を受けて、東部防衛部隊の騎兵が両側面から動く。左右それぞれ五百ほどの騎兵部隊が、ロードベルク王国東部軍の両横を突こうと疾走する。それと同時に、歩兵部隊も前進する。


「見ろ! 敵の精鋭は正面に集中している! 側面後方は見るからに弱そうな徴集兵だ! おまけに敵騎兵は少ない! 我々の機動力なら弱点を突けるぞ! 全力で駆けろ!」


 東部防衛部隊の右翼側から出発し、ロードベルク王国東部軍の左翼側を突こうとする騎兵部隊の指揮官が、そう叫びながら部隊の先頭を走る。


 目指すは、明らかな弱点となっている側面後方。そこへ迫っていると――敵本陣に控えていた、おそらくは補給物資などを積んでいると思われる荷馬車隊が、何故か側面後方を塞ぐように前進を始めた。


「……何をするつもりだ」


 騎兵部隊の指揮官は、その様を見て緊張を抱きながら呟く。


・・・・・


「敵は予想通り、側面後方に作った弱点を突いてくるようだな……アールクヴィスト閣下。お願い申し上げます」


 ビッテンフェルト侯爵に言われ、ノエインは頷く。


「分かりました。お任せを……ユーリ」


「はっ」


 ノエインの指示を受け、ユーリが本陣に控えていた大公国軍に命令を飛ばす。


 陣の最前列を守っているゴーレム三十体のうち、クレイモアのものは十体。デュランダルのものは二十体。残るクレイモアの十体と、デュランダルの十体、さらにノエインの二体は、この本陣に置かれた荷馬車に未だ積まれている。


 その荷馬車に、本陣で待機していたクレイモアとデュランダルの傀儡魔法使いが乗り、さらに彼らの護衛である大盾兵や、大公国軍の正規軍歩兵、予備役クロスボウ兵なども乗り込む。ノエイン自身も、自身のゴーレム二体が積まれた荷馬車にペンスやマチルダとともに飛び乗る。


 それら戦力を乗せた荷馬車隊は、最後方の本陣から、側面後方へと進み出る。ゴーレムと多くの兵を載せているが、魔導馬車の効果もあって、軽快に前進する。


 左右の側面後方を塞ぐように停まった荷馬車から、兵士たちと、起動されたゴーレムたちが飛び降りる。左翼側と右翼側、それぞれに十一体ずつのゴーレムが瞬く間に展開される。


 ノエインは右翼側の指揮をユーリに預け、自身は左翼側に降り立った。荷馬車を飛び降りたノエインの周囲を、即座にマチルダとペンス、親衛隊兵士が囲む。


「突撃盾、構え!」


 ノエインが命じると、左翼側に展開された十一体のゴーレムのうち、ノエインのゴーレムとクレイモアのゴーレムを合わせた六体が、漆黒鋼製の突撃盾を構える。


 敵の騎兵部隊は腹をくくったのか、目の前に突如として展開されたゴーレムの壁を突破しようと真正面から突き進んでくる。五百の騎兵であれば、数を頼りに突破するのも可能と思ったのだろう。


「投擲!」


 ノエインが叫ぶと、六体のゴーレムは、間近に迫っていた騎兵部隊へと一斉に突撃盾を投げつけた。


 さすがに予想外の行動だったのか、騎兵部隊は思わず停止しようとする。そこへ重量のある突撃盾がぶつかり、最前列の騎兵たちが崩れる。倒れた馬と兵士、地面に転がった突撃盾に足を取られ、後続の騎兵たちも転ぶ。


 さらにそこへ、クロスボウ兵たちが一斉射を行う。この駄目押しの攻撃で、敵の突撃の勢いは完全に殺される。


 そして、ゴーレムたちは前進する。勢いの止まった敵騎兵たちに直接殴りかかる。いくら騎兵といえど、動きを止めていればゴーレムの敵ではない。


 このときには、動きの遅い徴集兵たちも側面を向くことに成功している。高速で移動してこちらの側面を突こうとした敵の騎兵部隊は、結局はただこちらの陣の真横で動きを止めて駆られるだけの存在になる。


『閣下。こちらは敵騎兵の迎撃に成功しました』


「ご苦労さま。こっちも成功したよ」


 右翼側の部隊を指揮するユーリの『遠話』に、ノエインはそう答える。


 ノエインたちがそうして側面防御を成功させている間に、正面の勝敗も決まる。


 敵歩兵の前進を受けて、ビッテンフェルト侯爵も軍に前進を指示。三十体のゴーレムと、それを操る傀儡魔法使いの部隊、そして歩兵とクロスボウ兵の混成部隊が前進する。


 両軍は正面から次第に接近し――その途中で、ロードベルク王国東部軍の側の士官たちは新たな命令を下した。


「よし! 停止しろ!」


「その場で停止だ! 停止ー!」


 敵とぶつかるために前進していたはずの東部軍は、急な命令を受けてその場で足を止める。前進によって多少崩れていた隊列をあらためて整え、万全の体制を作る。


 一方で、ベトゥミア共和国側の歩兵たちは止まらない。東部防衛部隊は多くが練度の低い志願兵なので、急な命令変更で迅速に動くことができない。今さら数千人が一斉停止することもできず、隊列をやや乱れさせながら進み続ける。


 前衛に練度の高い正規軍人を並べ、前進を途中で止めて隊列を整え、列を乱しながら進んできた敵を迎え撃つ。パラス皇国を相手に多くの実戦経験を積んできたビッテンフェルト侯爵が、得意としてきた戦術だ。


 東部軍の側面に向けた敵の急襲が失敗したことで、東部軍は未だまったくもって混乱していない。万全の体制を整えているゴーレム部隊と、歩兵とクロスボウ兵の混成部隊は、列が乱れて崩れやすくなった敵軍と接触すると、相手を一方的に屠り始める。


 突撃盾や鉄板を構えたゴーレムたちが敵歩兵を肉片に変え、その隙間を潜り抜けてきた敵歩兵はクロスボウ兵が撃ち殺し、それでも生き残って迫ってきた敵歩兵はこちらの歩兵が斬り殺す。


 最前列から隊列をごりごりと削られていくベトゥミア共和国軍の東部防衛部隊は、このままでは損害が広がるばかりと指揮官が判断したのか、間もなく退却を開始。


 ビッテンフェルト侯爵は追撃までは命じず、潮が引くように下がっていく敵軍を見送る。


「……まったく、他愛もない敵だ」


 この戦いで、王国南東部におけるベトゥミア共和国軍侵攻部隊の防衛線は大きく後退することとなった。

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