第372話 フィオルーヴィキ峡谷の戦い 決戦①

 戦いの二日目。夜襲のふりに乗じてを講じてから一夜明け、ノエインはガブリエルと並んで、関所の屋上から敵陣を見渡していた。


「昨日とは陣の並べ方が違いますね。敵もいよいよ本気ということですか」


「そうだな。今日でこの砦を落とす、そんな気概がうかがえる」


 昨日は属国や友好国のものと思われる部隊を正面からぶつけ、本国の主力は左右の後方に展開していた敵側だが、今日は違う。


 中央には主力が惜しみなく並べられ、属国と友好国の残存兵と思われる部隊もそこに含まれている。その左右と後ろには魔法使いと弓兵が薄く広く配置されており、おそらくは主力の攻勢の援護に入るものと思われた。


 昨日の死者と負傷者を除いたおよそ四千数百のうち、負傷者後送のために午前中に発った馬車隊と、本陣の直衛、そして医者や炊事係などを除いた四千人弱の敵が、全て対峙している状況。


 敵が総力を以て一気にこちらをひねり潰そうとしているのは明らかだった。


 対するこちらの残存兵力は千人強。ただしこれは後方要員を含めた人数なので、実際に戦えるのは千人に届くかどうかだ。


 この圧倒的な戦力差と、敵の攻撃的な姿勢を見て――ノエインは不敵な笑みを浮かべた。


「元より短期決戦に意欲があるのはもちろん、昨日の夜襲のふりで苛立ってくれたみたいですね。あの前のめりの姿勢は、こちらとしては都合が良い」


「……ああ。我々が戦闘開始からしばらく敵の攻勢を耐え抜けば、勝利が見える。及び腰で半端な攻め方をされるよりは良いな」


 ガブリエルは自国の命運が比喩でなくかかっているためか、あるいは個人の人柄か、ノエインほど強気な表情ではないものの同意を示す。


「では陛下、別動隊を動かす機の見極めはお願いいたします。ユーリとコンラートに命じていただければ大丈夫ですので……私は下の投石陣地で敵への嫌がらせに努めます。別動隊に回った配下たちの穴を少しでも埋めなければ」


 そう言って下に降りたノエインは、投石陣地に立つ。そこにはレーヴラント王国軍の投石兵たちの他は、ノエインと護衛のマチルダ、ペンス、親衛隊兵士たちしかいない。


 防壁の足場にはアレインたち四人の傀儡魔法使いとその護衛が、そして攻撃魔法の魔道具を持った計四人の大公国軍兵士が。後方のバリスタ陣地にはダント率いるバリスタ隊の兵士たちがいる。それが、今この砦に配置されたアールクヴィスト大公国軍の全戦力だ。


 砦の防壁の向こう、敵陣から声が響く。四千人の鬨の声が巨大な一塊の衝撃となって空気を震わせる。


 その声は次第に近づいてきて、一方でノエインたちの後方からダントの声とバリスタの弦が弾かれる音が聞こえた。


 ノエインたちの頭上を飛び越えて、爆炎矢が敵のもとへ飛んでいく。それが今日の戦闘開始の合図となった。


・・・・・


「さすがにこの攻勢には、いかなノエイン・アールクヴィストと言えどまともな抵抗の術を持たないようだな」


 カドネは戦いの様子を見てほくそ笑んだ。


 昨日とは打って変わって、戦闘はこちらの有利に推移している。真正面に立つこちらの兵の数も、戦意も違う。


 兵士たちは果敢に梯子を上り、弓兵や魔法使いはその攻勢を掩護する。敵側からも魔法や投石、弓による抵抗があるが、その勢いは昨日ほどのものではない。


 防壁上で剣や槍を振るって戦う敵兵も、こちらの攻勢に押されて次々に死に、あるいは負傷して後方の者と交代している様子だ。それも追いついていないのか、あるいは敵の交代要員に余裕がないのか、昨日と比べて防御が薄い。


 ゴーレムの数も少ないように見える。砦の中から飛んでくるのはノエインのゴーレムが投げているのであろう丸太だけで、他のゴーレムによる大きな石の投擲はない。防壁上に四体のゴーレムが見えるのみだ。昨日の火矢が効いた証拠か。


 このまま押せば勝てる。ノエイン・アールクヴィストを打ち破れる。カドネは確信していた。


「……だが、こうなるとこちらの損害が無駄に広がるのは惜しいな。早いところ砦の門を突破してしまえればいいのだが」


「属国の弱兵どもが! 破城槌まで用意してやったというのに、まったく不甲斐ないですなあ!」


 カイアの呟きに、将軍ガジエフも同調する。


 いかにこちらの勢いが勝っているとはいえ、梯子を上る兵士はどうしても無防備になり、敵の抵抗を真正面から受ける。防壁を乗り越えるかたちで砦に押し入るのを待っていては、死傷者数がかさみすぎる。


 そこで投入したのが破城槌だ。


 敵の砦の様相と初日の戦いを見てカドネが提案し、カイアが命じて作らせたこの破城槌は、本陣の左手側に見える森から大木を切り出してその丸太に取っ手を取り付けただけの簡素なもの。


 それでも、数十人の兵士がこの丸太を抱えてぶつかれば、その衝撃は砦の門に少なからぬダメージを与えられる。突撃を数回もくり返せば、いくら丈夫に作られているとはいえ木材の表面を金属板で覆っただけの門など、容易く打ち壊すことができるだろう。


 その破城槌を振るい、突破口を切り開く栄誉は、昨日の戦いで目立つ成果を見せられなかった属国の兵士たちに与えられていた。


 しかし、門が破れれば勝敗が決すると考えているのは敵も同じ。門の周辺や直上の足場にゴーレムや精鋭を集中的に配置し、破城槌による突撃を何が何でも阻止する構えを見せている。


 矢を、石を、さらには熱湯を。門の上から浴びせられる壮絶な抵抗は破城槌を抱える兵士に死傷者を続出させ、属国の部隊は怖気づいてしまっていた。


「これでは埒が明かないな。カドネ、俺も前に出てくる。俺自らが兵どもを鼓舞し、突破口を切り開かせる」


「陛下、私もお供いたしますぞ!」


 カイアもガジエフも、本来は自ら兵の先頭に立って敵に切り込む気質の将だ。獰猛な気配を滲ませながら言った二人に、カドネは呆れた笑みを浮かべつつも頷く。


「分かった。だがくれぐれも気をつけてくれよ。カイアが死んだら元も子もないし、ガジエフ将軍がいなくなると軍をまとめるのが大変になる」


「大丈夫だ。精霊は俺の戦いを祝福している。矢や石が俺に当たるはずがない」


「矢や石つぶて程度、防げぬはずがありません。陛下の御身も己の身も、守り抜いて見せますとも!」


 獲物を前にした肉食獣のような気迫を放ちながら答えたカイアとガジエフは、近衛の兵士たちを引き連れて最前面に駆けていった。


「元気のいいことだ……俺としては、戦場で敵の矢が届く位置に近づくのは二度とご免被るがな」


 カドネが笑いかけたのは、傍らに立つイヴェットだ。


 彼女が横にいる名目としては、身の回りの世話役。しかしその本音としては、ヴィルゴア王国の軍勢が敵の砦を打ち破る様を彼女に直に見せてやりたい。そんな見栄を張って戦場で女を侍らせるカドネに、しかし文句を言う者はいない。


 カイアに気安く進言も諫言も行える立場のカドネだ。多少の酔狂な振る舞いを咎められるわけがない。


「カイアが直々に兵を鼓舞するんだ。あの砦の門は破城槌に破られて、それで終わる。俺たちの勝利は揺るがない」


 カドネは独り言ちて、あとは見物を決め込むだけだと椅子にゆったりと背を預け――ふと、不安を覚えた。


 自身の勝利を疑うことなく油断していたところへ思わぬ不意打ちを食らい、それがきっかけで全てを失った過去が、デジャヴとしてふと頭をよぎった。


 不安を顔には出さぬように気をつけながら、周囲を見回す。


 カイアとガジエフが出撃し、それに近衛の部隊も随行していったことで、本陣を守る兵士は減っている。それでもまだ百人ほどいる。魔法使いもそれなりの実力の者が四人いる。必要十分だ。


 その誰もが正面の戦場を見守っている。ヴィルゴア王国の勝利が疑いようもなく、周辺に伏兵がいないことも開戦の前に確認されているのだから、これは別に問題ない。


 本陣のある丘を下った先、左手側の森をうかがう。カドネたちがここに布陣する前に森の中は調べられているのだ。そこに敵などいるはずもない。


 続いて、右側後方の森を見る。その森も数日前に木の上まで調べられたのだ。やはり敵がいるはずない。


 心配し過ぎか。そう思ってカドネはまた椅子に腰を落ち着け――ようとして、何か本能的な違和感を覚えて再び右後ろの森を見た。


 目を向けた直後、森の中からいくつか光が瞬いた気がした。


「おい、今のは――――」


 カドネが手近に立っている自身の親衛隊兵士に声をかけた次の瞬間、


 爆炎が、氷の槍が、土の柱が、本陣を襲った。


★★★★★★★


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