第369話 フィオルーヴィキ峡谷の戦い 緒戦③

「……確か、レーヴラント王国の戦える魔法使いは十人程度だったな。さすがに亜人が人口の一割もいる国は違うな」


 砦からの魔法の一斉射を見て、カドネは苦笑を浮かべる。その横ではカイアが表情を険しくしていた。


「……妙だな。あの国の戦える魔法使いのうち、半分弱がエルフの風魔法使いだと聞いていた。だが今の魔法攻撃で、風魔法は二つだけだ。残りは何をしている?」


「後方で魔力を温存しているんじゃないか? 敵も長い戦いになると踏んでるんだろう」


「いや、それにしては何かが……」


 二人が話している間にも、さらに何発もの魔法が砦から放たれる。


「っ! ……杖のようなものを持った兵士が何人かいる。鎧を見るにアールクヴィスト大公国軍の兵だな。その杖から魔法が放たれているようだ」


「何だと!? それは攻撃魔法の魔道具だぞ!」


 カイアの言葉にカドネは驚嘆する。若い頃の書物漬けの日々のせいで視力がやや悪いカドネには、砦の兵の一人ひとりまではよく見えない。しかし、戦士として視力に優れるカイアが言うのであれば間違いないだろう。


「攻撃魔法の魔道具ですと? 古の超大国の? あれは昔話の類でしょう」


「いや、確かにそうだが、ロードベルク王国には数は少ないが現存しているはずだ。まだ使える状態でな」


 横から尋ねてきたガジエフに、カドネは苦い表情を浮かべながら答えた。


「だが、どうしてアールクヴィスト大公国軍がそんなものを持っているんだ。それも何本も。いくらロードベルク王国と友好関係にあるとはいえ、あれは頼めば貸してもらえるようなものじゃないはずだぞ」


 ロードベルク王国に現存する攻撃魔法の魔道具は数十本程度とカドネは聞いていた。武器としても骨董品としても破格の価値を持っており、一本あれば下級の爵位と領地を買えるほどの代物だとも。


 おまけにその作り方は謎だらけで、今後解明されるとしても数十年程度では足りないだろうと言われていたはずだ。そんなものをどうやってノエイン・アールクヴィストが手に入れたのか、想像もつかない。


「今考えても仕方あるまい。見たところ、敵が使っている攻撃魔法の魔道具は四、五本程度だ。味方の損害が増える分厄介ではあるが、戦いの趨勢を決するほどのものではない」


「……そうだな。砦を落としてノエインかその部下を捕えたら、聞き出すこともできるか」


 カイアの言葉に納得し、カドネは息をついて戦場をまた見守る。


 戦況は予想より悪い。もちろん戦力で敵を圧倒するこちらが負ける心配はないが、敵の抵抗は思っていた以上に激しい。


 攻撃魔法や爆炎矢、そして弓兵による矢はもちろん、投石も厄介だ。やたらと大きな石がたびたび飛んでいるのは、おそらくゴーレムに投げさせているのだろう。


 中には、いくらゴーレムとはいえ一体で投げるには無理のある丸太まで飛んでいる。それが味方の軍勢の中に落ちるたびに、何人もの兵士が叩き潰されて血肉の絨毯が出来上がっていく。おそらく、あの丸太を投げているのがノエイン・アールクヴィストのゴーレムだ。


 防壁に取りつく兵士たちとて無事では済んでいない。既に三十本以上の梯子がかけられているが、防壁の上からは敵兵が槍を突き出したり、石を落としたり、熱湯らしきものをかけたりしている。おまけに防壁上にまで数体のゴーレムが立っており、その防衛線は相当に強固だ。


 ほとんどの兵士が梯子を上る途中でそうした攻撃に倒れ、たまに運良く防壁上まで上がれた兵士も多勢に無勢ですぐに仕留められ、突き落とされている。


「敵も必死だな。これでは思っていた以上に兵と時間を損耗してしまう」


「カドネ、あれをやるか?」


「……ああ。本当はもっと敵を疲弊させてからの方が良かったが、これだけ粘られるのではいつになるか分からない。多少の危険は承知の上でやってしまおう」


 混沌とする戦場を見渡しながら、カドネはカイアの言葉に頷いた。


「よし、ではガジエフ。頼む」


「はっ! 左右に散っている本隊に伝えろ! 魔法使いを前に出して防壁の破壊にかかれ! 牽制の火矢も惜しみなく使え!」


 カイアの命令をガジエフが伝令に伝え、伝令たちがまた戦場へと駆けていく。


 それから数分後には、事前にカドネが考えておいた、防壁破壊のための作戦が実行に移された。


・・・・・


「我こそはドゥレイ王国騎士ロトゥーエン! 誰ぞ俺と戦うにふさわしい武人は――」


「消えろこのクソ野郎!」


 猛攻を掻い潜って梯子を上りきり、防壁上に到達して戦いの口上を述べながら剣を抜いた一人の敵騎士が、アレインのゴーレムに殴り飛ばされる。


 いかに果敢な猛将であろうと、独りでゴーレムに勝てるわけもない。その騎士はあっけなく防壁の向こうに落ちていった。


「ちっ! 虫みてえに涌きやがって。きりがねえ」


 アレインは毒づきながらもゴーレム操作の手を止めることなく、先ほどの梯子を上ってきた別の敵兵を突き落としながら、敵陣を見やる。


 戦力差およそ四倍。言葉にするのは簡単だが、実際に最前線で目の前にするとその現実はあまりにも厳しい。見渡す限りの敵兵が次から次に防壁をよじ登ろうとしており、その後方からは矢や魔法まで飛んでくる。


 防壁の足場に立って敵と直接刃を交えている味方は、アレインたち四人の傀儡魔法使いを合わせても二百人弱といったところだ。それ以上は物理的に並べない。


 残りの兵士は防壁の足場の後ろで投石や矢の曲射を行い、あるいは最前面の死傷者や疲労が激しい者と交代して足場に上がり、上って来る敵に立ち向かう。今のところは交代要員にも余裕があるが、数はこちらが圧倒的に少ない。死傷者が増えるごとに戦線はジリ貧になるだろう。


「魔法使い殿! 卿は休まなくて大丈夫か!」


「俺ぁまだ大丈夫だ! 根性あるからな!」


 この一角の兵たちを指揮するレーヴラント王国の若い騎士に問われ、アレインは威勢よく答えた。疲れていないわけではないが、無尽蔵の敵に腕を振るい続けたベトゥミア戦争と比べればまだ何ということはない。


 次の獲物は、と思って周囲を見回した瞬間――右手側、頭の上の方から何かが弾けるような大きな音が響く。


 振り返って見上げると、物見台の支柱に敵の攻撃魔法が当たり、叩き折れていた。急造の木製の物見台は、柱の一本が折れたことで不安定に揺れ出す。


「そこ! 危ないぞ! 飛び降りろ!」


 アレインの隣の騎士が叫ぶように命令すると、物見台の上にいたレーヴラント王国軍の数人の弓兵と、魔道具を手にした大公国軍兵士が飛ぶ。その直後、寸前まで彼らがいた位置にまた別の魔法が直撃し、大破。そのまま物見台は真横に倒れていった。


 周囲にいた兵は退避が間に合ったようで、幸いにも下敷きになった者はいない。しかし、飛び降りた大公国軍兵士は魔道具を庇うために足をついて着地したようで、開放骨折した足から血を溢れさせながら、周囲の王国軍兵士に抱えられて運ばれていった。


 攻撃魔法の魔道具は別の大公国軍兵士が引き継ぎ、防壁上に上がって戦闘に加わる。


 その様を、防壁のやや後方、投石陣地からノエインも見ていた。


「これで高所の攻撃拠点がひとつ減ったね……」


「仕方ありません。あれだけ目立つ物見台です。遅かれ早かれ潰されてたでしょう」


 ノエインの呟きに、傍らで盾を持ちながらペンスが応える。


「火矢だー! 火矢が来るぞー!」


 そのとき、残るもう一方の物見台から王国軍の兵士が砦全体に叫んだ。その言葉で、マチルダや親衛隊、傀儡魔法使いを守る大盾兵たちがそれぞれの護衛対象を庇う態勢に入る。


「閣下! ゴーレムに突撃盾を!」


「僕はいい。ここには四体分しかないんだ。君たちが使って」


 グスタフにそう答えながら、ノエインは自身の二体のゴーレムを投石陣地の隅にあった天幕に飛び込ませる。火矢が当たれば燃えるのは天幕も同じだが、ゴーレムを陣地の只中の空の下に晒しておくよりは幾分かましだろう。


 グスタフたち四人が操るゴーレムは、突撃盾――漆黒鋼で実験的に作られた、直方体の底面一つと側面一つだけを金属板で形成したようなL字型の盾だ――を両手に持ってそれを空に向ける。本来は振り回しての攻撃に用いるこの盾だが、ゴーレムの弱点である炎による攻撃への対策も兼ねている。


 ゴーレムがなんとか防衛態勢を整え終わるのとほぼ同時に、防壁の向こうから火矢の群れが飛び込んできた。


 レーヴラント王国の兵士はほとんどが盾を持っていない。物陰に身を隠す者もいるが、矢に倒れるかは運次第の状況の中、懸命に攻撃や負傷者搬送を続けている者も多い。


 それでも、ゴーレムが動けず、火矢による火災の消火などにも人手をとられる現状では、どうしても応戦の勢いは鈍る。おそらくは敵もそれを狙って火矢を放っているのだろう。間違いなくカドネの入れ知恵だ。


「いきなり大盤振る舞いだね……こっちを牽制するためなんだろうけど、何を企んでるんだか」


 マチルダとペンス、親衛隊兵士たちが隙間なく盾を並べて作った壁の後ろ。戦場の中ではおそらく最も安全な位置で、ノエインは周囲を見回しながら呟いた。


 大陸北部では、南部以上に油が貴重だと聞いている。そもそも矢も安いものではない。火矢をいくらでも使い放題とはいかないだろう。それをこのタイミングで惜しみなく放ってくるということは、こちらの攻勢を一時的にでも弱めたい理由があるということだ。


 ノエインが思考を巡らせているとき、最前面ではアレインが防壁の陰に隠れていた。


 ゴーレムはひとまず足場の下に潜り込ませ、自身は防壁の裏にへばりつくようにしゃがんでおけば、曲射で飛んでくる火矢の影響を直接受けることはない。そもそも火矢のほとんどは防壁を大きく飛び越えて砦の中に降り注ぐように放たれている。狙いは明らかに、弓兵や投石隊だ。


「火矢は金がかかるんだ。何故急にこれほど惜しまずに……っ! 敵魔導士が接近!」


 アレインの隣にいる騎士は敵陣を覗き込み、慌てた様子で声を張った。


 アレインも丸太の上に頭を半分だけ出して敵陣を見ると、確かに敵の魔導士が前面に出て来ている。直接姿が見えるわけではないが、護衛の大盾兵が何人も固まって強固な防御陣形を築いているので間違いない。国や地域が違っても、魔導士の運用方法は同じらしい。


「ちっ。火矢は魔導士を前面に出すための牽制かよ……にしても何でこんな前の方に連れてきてんだ」


 ふと防壁の下を見ると、敵兵は梯子を上るのを止めていた。アレインは隣の騎士の肩を揺さぶり、真下を指差しながら叫ぶ。


「おい! 敵が退いてる!」


「何? ……ということは、狙いは防壁だ!」


 次の瞬間、いくつもの衝撃が防壁全体に響いた。魔法の一斉射だ。アレインたちは慌てて頭を引っ込める。


 そのほとんどが防壁の壁面に直撃しているようで、防壁と接する足場にいるアレインたちにも振動が伝わってくる。


 防壁に当たる攻撃魔法の数こそ多いものの、その威力はアレインの思っていたほどではない。分母となる人口が違いすぎるためか、これがロードベルク王国なら魔導士ではなく「魔法が多少使える兵士」程度の実力の者も多いようだった。


「これ、防壁が壊れるまで続けるつもりか? 敵さんの魔力が持たねえだろ……」


「ああ、この程度なら防壁に穴が空くことは当分ないな。表面に固めた土は剥がれるだろうが……」


 アレインの零した疑問に隣の騎士が答え、その瞬間、二人は顔を見合わせる。


「「火魔法か!」」


 アレインは誰に伝えるべきか一瞬迷い、自分から見て一番近い上官――関所の屋上のユーリに叫ぶ。


「グラナート閣下ぁー!! 敵は防壁の土を剥がして火魔法で焼き落とすつもりです!!」


 馬鹿でかい地声は戦場の喧騒の中でもユーリにしっかりと情報を伝え、ユーリは片手を上げて了解の意を示しつつ、ノエインに『遠話』を繋いだ。


「アールクヴィスト閣下! 敵は攻撃魔法で防壁表面の土を打ち崩し、火魔法をぶつけて防壁を焼く狙いかと思われます!」


★★★★★★★


「突撃盾」ですが、ザ〇Ⅱのスパ〇ク・シールドの棘なしバージョンのようなものをご想像ください。


一つ一つ微調整が必要な鎧と違って、金属板を張り合わせるだけの単純な造りなので、数は少ないですがこういう武装も出兵前に急きょ用意されました。


本当はダミアンが表面に殺傷力を高めるスパイクまで付けたがりましたが、そこまでは時間がなくてノエインが却下しました。

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