第336話 対ワイバーン会議
ワイバーン出現の報から数時間後、会議室にはノエインとマチルダ、クラーラ、ユーリ、ペンス、ラドレー、バート、マイ、エドガー、アンナ、ダミアン、グスタフ、さらに魔道具職人のダフネが集まった。大公国の君主と重臣が勢揃いしたかたちだ。
「――というわけで、僕たちはワイバーンに挑まないといけなくなった。貿易による大公国の発展のためにも、社会の安寧を守るためにもね」
そう言って、ノエインは事態の概要の説明を締める。
「……ワイバーン退治か」
「何というか、どうやればいいのか見当もつきませんね」
険しい顔でラドレーが呟き、隣ではバートが言った。
「一応、ロードベルク王国の歴史にも、王国の建国以前の歴史にも、人間がワイバーンを倒した話はあるけど……僕もあんまり詳しくは知らないんだよね。クラーラは分かる?」
「はい。ワイバーン討伐はどれも王国北部で起こったことなので、私の実家の資料や、隣のベヒトルスハイム侯爵領などから取り寄せた歴史書に記述がありました」
問いかけられてクラーラが頷く。
「人によるワイバーン討伐の例は、多くが魔法使いによってなされたものです。兵士が囮としてワイバーンの注意を引き寄せ、王宮魔導士や大貴族家の抱える手練れの魔法使いが集団で攻撃魔法を叩き込むことで討伐を成し遂げた、という記述が共通しています」
そこで言葉を切って、クラーラは表情を暗くした。
「ただ、どの討伐の事例でも多くの人的被害が出ています。素早い上に空を飛ぶワイバーンには攻撃魔法もそう簡単には当たらないので……囮を務めた兵士は数十人から時には百人以上。魔法使いの犠牲者も少なくありません」
「さすがに楽にはいかないか……」
クラーラの話を聞いたノエインも厳しい表情を見せる。アールクヴィスト大公国には攻撃魔法を放てる人間はいないし、大公国軍の兵力で何十人も犠牲者を出せば軍全体が機能不全に陥る。
それ以前に、いくらワイバーン討伐のためとはいえ民が何十人も死ぬ前提の作戦を立てるわけにはいかない。
「囮に関しては、大公国軍にはクレイモアがいます。ゴーレムを用いれば人的被害が出る可能性は大幅に減らせるはずです」
そう提言したのはユーリだ。それにグスタフも頷く。
「ゴーレムであれば人の兵士より打たれ強いですし、破壊されても代えが利きます。囮にはうってつけでしょう」
「それじゃあ、囮については問題なしか」
二人の提言を聞いて、生身の兵士を危険に晒さずに済むと分かったノエインは安堵した。
「あとはワイバーンへの攻撃方法だね。アールクヴィスト大公国軍で一番威力のある攻撃方法と言えば……」
「単純な力で言えばゴーレムでしょうが、そう簡単にワイバーンが殴り合いに付き合ってくれるとは思えませんね。何せグレートボアを足で掴んで持ち去るような奴ですから」
「ってえと、あとはバリスタですかい」
「バリスタか……効くのかな?」
ペンスとラドレーの言葉にノエインが首をかしげると、クラーラが答える。
「王国でのワイバーン討伐の珍しい例として、当時王国軍一と言われた騎士が強力な肉体魔法で全身を強化しながら、ワイバーンの心臓を槍で貫いて倒した話があります。鱗に覆われていない腹側への、肉体魔法を駆使した末の攻撃とはいえ、人間の突きで致命傷を与えられたんです。バリスタの矢の直撃であれば十分に効果があるはずです」
「ああ、『戦士ゴードンの戦い』か。ただのおとぎ話だと思ってたよ」
「おとぎ話にもなっていますが、元々は実話です。王国北部の複数の貴族家が正式な記録として記していますわ」
ロードベルク王国建国までの幾多の戦いで活躍し、槍一本でワイバーンを仕留めたという逸話さえ持つ、戦士ゴードンの戦いの物語。おとぎ話としては聞いたことがあったのか、実話だと知ってノエイン以外にも何人かが驚きの表情を見せていた。
「ですが、ワイバーンにそう簡単に当たりますかね」
「……難しいだろうな。バリスタに機動力は無いに等しい」
再び呟いたペンスに、ユーリが顔を険しくして答える。
台車で移動させる方式のバリスタは射撃の向きや角度をすぐには変えられない。固定式のバリスタなら射撃方向についてはもう少し柔軟に動かせるが、バリスタ自体を動かすのが困難だ。レスティオ山地の中でワイバーンと対峙しながら通常の運用が叶うとは誰も思っていない。
「バリスタをクロスボウみたいに抱えて撃てればいいんですけどねぇ」
「とはいえ、そんなことできるわけがないわね。たとえゴーレムだって……」
腕を組んで悩む表情を見せるダミアンに、マイが答えながら――ふと思いついた様子でノエインの方を見る。他の者たちの視線も、ノエインに集まる。
「……僕の巨大ゴーレムか」
彼らと同じ考えに至ったノエインは、何とも言えない笑みを浮かべながら呟いた。
アールクヴィスト大公国の建国の式典で用いられ、ノエインの威光を示す象徴として無二の存在感を発揮した巨大ゴーレム。三メートルを上回る背丈とそれに見合う怪力を持つ巨大ゴーレムであれば、バリスタを抱え上げることも叶うだろう。
実際に、巨大ゴーレムは式典の際に大公国建国を示す大きな石碑を担ぎ上げ、長い距離を運んで見せていたのだ。
「あの巨大ゴーレムは通常のゴーレムと同じように実用に堪える作りになっています。機能面や耐久性では問題ないはずですが……」
「……あとは、僕があれを使いこなせるかどうかってことか。もちろんやろうと思えばできるけど」
ダフネの言葉に、ノエインは苦笑いを浮かべた。
巨大ゴーレムは精神的にも魔力的にも使用者の消耗が激しいが、ノエインであれば短時間動かす分には問題ない。ワイバーンを討伐するにしても、どうせ何時間も戦い続けるわけではない。
しかし、「あくまで式典用」という前提で作らせたものを、完成した翌年にいきなり実戦投入することになるとは思っても見なかった。笑うしかない。
「ダミアン、バリスタを改造して、ゴーレムが抱えて射撃可能な作りにできる?」
「台座の部分を持ち手に換えて、引き金をゴーレムが握れる形にするだけですから! 改造だけに専念させていただければ二週間、いえ一週間もあれば対応できますよ!」
ノエインに問われたダミアンが元気よく答える。
「それじゃあお願いするよ……ワイバーンに対抗できる武器はあるとして、あとは狩り方か」
「魔物の討伐と言えば、『天使の蜜』の原液で動きを鈍らせてから袋叩きにするのが大公国軍での定石ですけど……そもそもワイバーンにも効くんですかね?」
「ワイバーンも巨大な強敵とはいえ魔物ですから、薬品も効きはするはずです。牛の死体に毒を混ぜてワイバーンに食べさせて、弱らせたところを攻撃することで撃退した事例が過去に北西部でありました。相当量の毒を盛った割には、効きが悪かったそうですが」
ペンスの疑問に、やはり歴史上の事例に詳しいクラーラが答える。
「ってことは、『天使の蜜』もできるだけ多くの量を打ち込まないと駄目そうだね。魔力の豊富なワイバーンに対して魔法薬を使うんだから尚更だ」
「バリスタの矢の方も改造してみます! 中心に空洞を作って、その中に『天使の蜜』を注げば、ただ表面に塗るよりも多くの量を打ち込めるはずです!」
「ああ、それいいね。ダミアンの負担が大きくなるかもしれないけど、そっちも頼みたい」
「まっっかせてください! お安い御用ですよ!」
ダミアンの場違いに明るい声に、何人かが苦笑する。こうした重い内容の会議の場では、彼の賑やかさがかえって良い方向にはたらく。
「それとあなた、もう一点、ワイバーンについてよろしいですか?」
「いいよ。何、クラーラ?」
「ワイバーンですが、眠りから覚めると数か月ほどかけて完全な力を取り戻すと言われています。最近になってワイバーンが出現したということは、交易路の辺りを縄張りにしていた個体が起きたばかりなのかもしれません」
「……ってことは、討伐に乗り出すのが早いほど楽ってことか」
「おそらくはそうです。加えて、活動中のワイバーンは水辺に拠点をおき、そこに食糧を溜め込んだり休息の場を作ったりすると言われています。整備作業の方々が襲撃された地点の近くに水辺があれば、そこで張ることができるかもしれません」
クラーラの言葉に、ノエインはさすがに驚く。
「それも歴史上に残ってる知識なの? ワイバーンは珍しい魔物なのに、けっこう色々分かってるんだね」
「小国乱立の時代、当時のシュタウフェンベルク侯国に、ワイバーンの生態調査に生涯を捧げた獣人の学者がいたんです。彼の功績によって多くの情報が明らかになりました……その学者は、休眠中のワイバーンの巣に調査で入っていったきり帰って来なかったそうですが」
「その人のおかげで、僕たちはワイバーンへの対応策を考えることができるってわけか。過去の偉人に感謝しないとね」
人が積み重ねてきた歴史のありがたさを体感しながらノエインは呟いた。
「では基本戦術としては、アールクヴィスト閣下の巨大ゴーレムと改造バリスタ、それに『天使の蜜』でワイバーンの動きを鈍らせたところへ、包囲攻撃を仕掛けて討伐。ワイバーンを引きつける囮や、弱ったワイバーンへの攻撃は、主にクレイモアが中心となって行う。このような形でよろしいでしょうか、閣下?」
「うん。それで問題ないよ」
ここまでの話をまとめて確認するユーリに、ノエインは頷く。
「かしこまりました。それではこの前提でさらに細かく作戦内容を詰め、人員の選定や訓練を行います。ダミアンによるバリスタの改造期間や、ワイバーンの拠点を探る偵察の期間も含めて考え、数週間以内の決行を目指します」
「分かった。僕の動き方も含め、討伐作戦の詳細についてはユーリたちに任せるよ。それと、ワイバーンがこっちに降りてきたときや、僕たちが討伐に失敗したときのことを考えて、マイとエドガー、アンナたちは民の避難計画の策定を一応お願い」
ノエインの最終決定に、名指しを受けた臣下たちがそれぞれ了解の意を示す。
「バートは周囲の貴族領にワイバーンの件を伝えに出てほしい。ワイバーンの動きによってはそっちに被害が及ぶ可能性もあるからね。ダミアンはさっき言った通り改造の方を頼むね。ダフネは可能な限りゴーレムの増産をお願い。多分、ワイバーンとの戦いでは結構な数が損壊しそうだから」
続くノエインの指示にもそれぞれ担当の者たちが応え、今後の動き方が完全に決まった。
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