第317話 大公閣下の威光

 空気が冬から春へと移り変わっていく二月の終わり。アールクヴィスト領製の魔導馬車の開発に努めていた従士ダミアンと魔道具職人ダフネから、試作品が完成したという報告がノエインのもとに上がった。


 それを受けてノエインは、試作品の出来を実際に確認する。場所は領主直営工房に併設された、兵器の試射などを行うための実験場だ。


「こちらがご報告した試作品です。ひとまず機能を確認するためのものなので、見た目は少々不格好ですが……」


 ダフネが示す馬車の車体は、急ごしらえの簡素な造りだった。彼女の言葉通り、そのまま実用することは想定していないのが分かる。


「そこは気にしないから大丈夫だよ……やっぱり、車体はけっこう大きくなったね」


「ええ。なので四頭立てで運用することになると思います。なるべく小型化するよう努力はしたんですが、ロードベルク王国の魔法塗料の質ではこれが限界でした」


 試作品の車体は、ロードベルク王国で一般的な一頭立てや二頭立ての馬車と比べると一回り大きい。いくら魔力回路の効果で馬への負担が小さくなるとはいえ、御者と十分な荷物を積んで馬に牽かせるなら四頭は必要だ。現にこの試作品にも、四頭の荷馬が繋がれている。


「十分だよ。ケーニッツ伯爵領やランセル王国と通じる道も、キルデや開拓村と通じる道も、これから整備を進めるからね。四頭立ての馬車でも十分通れるようにするから、何も問題ない。むしろ積載量の多い大型馬車を魔道具化できる方が好都合だよ」


 ベトゥミア共和国の魔導馬車より質の低いものしか作れないのが不満な様子のダフネに、ノエインはそう返す。


「性能的には、最初に言ってた目標を達成できてるんだよね?」


「ええ、馬車を牽く馬たちにとっては、実際の重量よりも三割ほど軽く感じるはずです。実際にご覧に入れますね……ダミアンさん、お願いするわね」


「まっかせてください! ノエイン様、よく見ててくださいねー!」


 試作品の御者台に座っていたダミアンが、いつもの如く元気に声を張ってノエインに呼びかける。そんな彼にノエインも笑顔で手を振って応える。


 まずダミアンは、御者台の斜め前に伸びるレバーを引く。すると車体の下、車軸に刻まれた魔力回路が一瞬輝きを放った。これは魔道具を起動する際の一般的な反応だ。


 そしてダミアンが手綱を操作すると、四頭の馬が歩き出し、馬車を引っ張る。


 車体の上には荷物を想定した麦の袋やら鉱山資源やらが積まれており、実際の輸送時と変わらない程度の重量があるはずだが、馬たちは本来よりも軽快な足取りで進んでいるのがノエインから見ても理解できた。


 ダミアンは常歩から速歩へと馬を速め、実験場の中を一周し、ノエインたちのすぐ傍で馬車を停めて降りてくる。


「……うん。君たちが作ったものだから心配してなかったけど、しっかり報告通りの性能が発揮されてるみたいだね。これなら十分に作る価値がある」


「ありがとうございます。回路の魔力消費が少ないので、燃費に関してだけはベトゥミア共和国のものよりも優れているはずです。魔石の消費量を考えても、輸送量や輸送距離の面で利点が多いかと」


「合格ですかっ!? このまま作り進めていいですかっ!?」


 補足説明をくれるダフネの横で、ダミアンは目を輝かせながら訪ねてくる。そんな彼の無邪気さに微苦笑しつつ、ノエインは頷いた。


「性能でも魔力の燃費でも合格だよ。領内での実用化に向けて仕上げていこう」


 ダミアンが飛び上がって喜ぶ一方で、ダフネも安堵と喜びが合わさった表情を見せる。


「実用性の向上については僕が見てもよく分からないからね。商人や職人たちと、あとは農務長官のエドガーにも助言役を務めるように僕から口添えしておくよ」


 実際にアールクヴィスト領製の魔導馬車を使うのは、品物の輸送を行うスキナー商会とヴィクターの鉱山開発商会、建築資材の運搬を行うドミトリの建設業商会、そして農産物の運搬を行う農民たちだ。馬車を完成させるには、そうした使い手の意見も取り入れていく必要がある。


「では、引き続き仕上げに努めますね……それで、実は魔導馬車とは別で、今日はもうひとつお話が」


「見てもらいたいものがあるんです!」


 あくまで冷静なダフネと、さらにはしゃいだ様子のダミアンが指したのは、実験場の端にある革布をかけられた物体だ。


「あれか。ここに来たときから気になってはいたんだけど、僕に見せるものだったんだ」


 高さはノエインの背丈とあまり変わらないくらい、幅はそれ以上に大きな物体のシルエットを革布越しに見ながら、ノエインは呟く。


「そうです! 魔導馬車の試作と同時進行で進めてました!」


「……発案は彼で、助言や助力もしてもくれましたが、実際に作ったのは主に私ですね。まだ製作途中ですけど」


「君が作ったってことは、これも魔道具なのかな?」


 苦笑するダフネにノエインが言葉をかけると、彼女は「仰る通りです」と頷いた。


「実際に見てもらう方が早いですよ! それっ!」


 そう言ってダミアンが革布を取り払うと、その下から出てきたのは――ゴーレムの上半身だった。ただしどう見ても普通のゴーレムではない。


「……これ、大きくない?」


 ゴーレムは小さなもので一メートル、大きくて二メートルほど。しかし目の前のゴーレムは上半身だけで一・五メートルだ。下半身がつけられれば、その背丈は三メートルに届く。小さな家ほどの高さになってしまう。


「ええ。魔導馬車の魔力回路の仕組みを使えば、ゴーレムの大型化が叶うんじゃないかとダミアンさんが発案したんです。その意見を取り入れて、一部の部品の加工も手伝ってもらいました……仕事の片手間で気長に作る実験品のつもりだったんですが、つい職人の血が騒いでしまって」


 ダフネはそう言いながら、いたずらっぽい笑みを見せる。


 従来の魔力回路では、ゴーレムを二メートル以上に大型化させることが難しかった。しかし、魔導馬車の回路の一部をゴーレムの関節部分に取り入れることで、これまでよりも大きな体を動かすことができるようになった……という説明が、専門的すぎる部分は省略されて語られる。


「まだ改良の余地はありますが、全身になってもちゃんと動くはずです。ただし大型化する分、操作に必要な魔力や集中力も大きくなると思います。操作する傀儡魔法使いへの負担もかなり増すかと」


「まあ、それはそうだよね……ちょっと触ってみていい?」


「もちろんです。ノエイン様に実際に触れてみてもらうためにお見せしましたから」


 ダフネの許可を取ったノエインは、目の前の大型ゴーレムに自身の魔力を注ぎ、操作を試みる。


「お……っと。これは……確かに、凄いね、負担が」


 このゴーレムは胴や腕の太さなどは従来のものとあまり変わらないので、背丈が伸びた分、ほっそりとした印象を感じさせる。しかし、重量は確実に増え、魔力回路も拡張されているので、必要な集中力と魔力は段違いに大きい。


 まるでいきなり重量が倍増した体を動かしているかのような感覚だ。腕を操作しただけだが、ノエインは予想外の操作性の重さに思わず呻いた。


「おおっ! 凄い迫力! これは全身動くところが見てみたいですねぇ!」


「……ダミアンさんはこんなことを言ってますけど、どうでしょうか?」


「んー、これを全身動かすとなると、相当な力が必要になるだろうね。僕ならできるけど、それでも普通のゴーレムみたいに長時間は無理かな。僕以外となると……かなり厳しいと思う。技量的にはグスタフやセシリアがごく短時間だけ。あとはアレインなら力任せになんとか少し動かせるかもしれない、くらいかな?」


 ノエインは一般的な魔法使いと比べても魔力量が多く、並外れた器用さも相まってゴーレム二体の同時操作という離れ技が使える。そんなノエインでも全力を用いなければ、この大型ゴーレムの完成形を満足に動かすのは難しい。


「では、これに関してはこれ以上の製作は見送った方がよさそうですね。たとえ完成させてノエイン様が動かせたとしても、実用性が……」


 ダフネは少し気落ちした様子で、小さくため息を吐いた。


 今後ノエインがゴーレムを扱うのは戦いのときくらいだが、相手が人の軍隊だろうと魔物だろうと、通常のゴーレムの力があれば事足りる。それを二体操作できるところを、わざわざオーバースペックの巨大ゴーレムを用いて手数や稼働時間を減らす意味はない。


「あーあ、お蔵入りかぁ。これが動き回れば、きっと誰が見ても驚くような存在感があるのになぁ」


「……ちょっと待って」


 肩を落とすダミアンの呟きを聞いて、ノエインは少し考え、口を開いた。


「製作を見送らなくていいよ。このまま下半身も作って、三メートルのゴーレムとして完成させて」


「えっ!?」


「……よろしいんですか?」


 一転して目を輝かせながらダミアンが声を上げ、ダフネは目を丸くしながらも、ノエインの真意を測りかねた様子で尋ねた。


「いいよ。むしろぜひお願いしたい。完成品は僕が買い取るよ。これは……アールクヴィスト家と大公国の威光を示すのに使える」


 ノエインは自身がこの大陸でも有数、もしかしたら大陸一の傀儡魔法使いかもしれないと考えている。その自分が全力を出してようやくまともに動かせる大型ゴーレムとなれば、それはすなわち自分にしか動かせない代物だ。


 一般的な魔物の中では相当に大柄な部類のオークでも、体高はせいぜい二メートル台前半。人型をした三メートルの物体が動き回る様など、見たことのある人間はいない。


 かつてなく大きなゴーレムをノエインが今後の式典や祭りの場で操作して見せれば、「さすがは偉大なアールクヴィスト大公だ。常人とは違う」と多くの者に思わせることができるだろう。


 はったり以外の何物でもないが、はったりは馬鹿にできない。桁外れの力を示す相手に畏れを感じない人間はいない。アールクヴィスト家が舐められることは減り、ノエインは今後の社交や交渉の場で精神的に有利な立ち位置をとれる可能性が上がるだろう。


「――だから、これはアールクヴィスト大公国の象徴になり得る。操作できる僕が生きてる間だけだけどね」


「なるほど、象徴としての効果ですか……確かに、それは大きいですね」


「これが歩き回るところを見て凄いと思わない人なんていませんよ! 絶対いけます!」


 ノエインの説明に、ダフネもダミアンも納得した様子で頷いた。


「実用性より見栄えが重要になるんだ。どうせなら派手な装飾用の装甲をつけたりしようか。防御性能は皆無でいいから、できるだけ軽いものを」


「いいですね。装甲についてはダミアンさんの仕事になるかしら?」


「まっかせてください! できるだけ薄くて軽くて、見栄えのする装甲部品を作りますよ!」


 こうして、魔導馬車の実用化と並行して、アールクヴィスト大公国の独立までに式典用の大型ゴーレムも製造されることが決まった。

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