第310話 これからの話

 アールクヴィスト領に帰り着いた翌日の午後。ノエインは屋敷の領主執務室で、今後の独立までの流れを家臣たちと共有するために、簡単な話し合いの場を設ける。


 席についているのはノエインと、書記を務めるマチルダ。そして従士長ユーリと副長ペンス、さらに事務方の実質的なトップであるアンナだ。


「とりあえず、アールクヴィスト領の方で進めないといけない準備は大きく二つ。まず一つ目は、王家から送られてくる移民八百人の受け入れ準備だ。これは家屋の建設や都市内の諸々の整備、資材の確保のために、フィリップ、ドミトリ、ヴィクターの商会とも連携していくことになる。契約やお金勘定の面で、アンナと文官たちに力を発揮してもらうと思う」


「分かりました……ですが、資金面は大丈夫でしょうか? 八百人分の家屋建設や、領都内の人口が増える分の整備となると、相当な費用がかかります。ジャガイモやバリスタの輸出が増えるとはいえ、今のアールクヴィスト家の資金状況ではかなりの負担になると思いますが……」


 心配そうな表情でアンナに指摘され、ノエインはすぐに頷いた。


「その点は大丈夫なはずだよ。主に鉱山資源なんかの大きな輸出物で、独立前の駆け込み需要が見込めるから」


「駆け込み需要、ですか?」


 聞き慣れない言葉にアンナが首をかしげ、同じようにペンスも意味を理解しかねる表情を見せた。この話を既にノエインから聞いていたマチルダは、無言で書記に徹している。


「……つまり、アールクヴィスト大公国からケーニッツ伯爵領への輸出で税がかかるようになる前に、鉱山資源を買いつけようとする商人が増えるということか」


「凄いねユーリ、正解だよ」


 自力で意味を察したらしいユーリに、ノエインは少し驚きながら首肯する。


「今まではアルノルド様との合意で、ケーニッツ領との行き来に税をかけてなかったけど、うちが国として独立したらそのあたりも完全に無税ってわけにはいかないからね。向こうも貿易を活発にするために税はできるだけ低くするだろうけど、どうしてもその分は流通する品物の値段に乗るだろうから……税がないうちに、ラピスラズリや鉄や銅が多めに買い求められるはずだ。腐るものでもないからね」


 ノエインがそこまで言うと、ペンスとアンナも納得のいった表情に変わる。


「というか、既にそういう話が来てる。僕が留守中にアールクヴィスト家に届いてたいくつかの言伝の中に、マイルズ商会からの取引増の申し出があったんだよね。うちの独立の噂はこれから他の商会にも広まっていくだろうから、一時的な収入増はほぼ間違いなくあると思っていい」


「なるほど。では、その増加分を移民の受け入れ予算に充てるんですね」


「そういうこと。あとは、うちが大公家として相応の格を見せるために、屋敷を改装したりする費用もそこから出したいと思ってる。ああそれと、独立までに奴隷もそれなりの人数を……アールクヴィスト家で農奴や単純労働の奴隷を数十人は迎え入れるつもりだから、その購入費用もだね」


「分かりました。具体的にどれくらいの費用になるか、鉱山資源の輸出を独立までにどの程度増やせば予算が足りるか、試算しておきますね」


「ありがとう、よろしく頼むよ」


 すぐに自身の役割を理解したアンナにそう言って、ノエインは次の話に移る。


「二つ目は、領内の行政機構の再編だ。独立した国になるわけだから、形だけでも国らしい組織図を作っておかないといけない。もっと明確に各部門を分けて、人員と役割を整理しないと」


「なるほど。今までは武官と文官で分ける以外は、少し曖昧な部分もありましたからね」


「そうだね。田舎領地としてはそれでよかったんだけど、国になるなら国らしい機構を構えてることが対外的にも求められる。国として今後歴史を重ねていく上でも、仕組みははっきりしておいた方がいい」


 納得した様子で呟いたペンスに頷きつつ、ノエインは説明を続ける。


「それで、まあ組織再編については今の役割分担を整理すればいいとして、ここで一番大きな仕事は……君たちみたいな、譜代の家臣への爵位授与だ」


 その言葉に、場の雰囲気が、特に従士三人の纏う空気が少し引き締まった。


「……って言っても、僕が君たちにあげられるのは下級貴族位だけどね。それも領地があるわけでもない、単なる職能貴族にしかしてあげられないけど」


「いやいや、そんなことで文句を言うわけないでしょう」


「そうですよ、平民の私たちが爵位をいただくだけで、夢のようなことなのに」


 苦笑いを浮かべて頭をかくノエインに、ペンスとアンナが恐縮した様子で首を振った。


「それで、具体的に誰に爵位を与えるかは決めてるのか?」


「うん。大体ね」


 笑みを浮かべて答えながら、ノエインはまず、今問いかけてきたユーリの方を見る。


「まずユーリ、君は準男爵だ。これまでのように僕の側近として、そして軍部の総責任者として能力を発揮してもらいたい。国外に戦いに出ることは少なくなるだろうけど、東西の国境の警備と、拡大する領軍……いや、国軍の管理は最重要の仕事だ。僕が大公になれば内務や外交で忙しくなって、今まで以上に軍事面の仕事からは遠のくと思うから、引き続き君に任せたい」


「……そのお役目と準男爵の位について、謹んで拝命いたします」


 ユーリは体ごとノエインの方を向き、あらたまった口調で答えた。


「よく言ってくれた。期待してるよ……次にペンス、君は士爵だ。国軍の副隊長を務めつつ、引き続き親衛隊を率いて、僕と家族、屋敷の警護を行ってほしい。大公家の警護責任者ともなれば、それなりの権限と権威が要るからね。僕に随行して国外に出るときも、士爵位を持っていれば色々な場面で融通が利くはずだ」


「了解しました。謹んで拝命します」


 ペンスもノエインに向き直り、真剣な表情で答える。


「その他に僕が士爵位を与えたいと考えてるのが、ラドレー、バート、エドガーかな。あと、ダミアンとグスタフには名誉士爵位を与えようと思ってる」


 ラドレーはアスピダ要塞の指揮官――すなわち西側の国境警備や、大公国領土内のベゼル大森林道の管理の責任者になる。国内においては最も戦いに身を投じる可能性が高い立場である以上、ある程度の自己裁量で動ける地位が必要だ。


 バートは外務長官となる。一国の元首の使者として動いていく以上、本人にもそれなりの格が求められる。


 エドガーは農業長官だ。仕事に派手さこそないが、直接的に管理する民の数で言えば、ノエインの家臣の中でも最も多い。今後は数千人の農民に実務責任者として命令を下す立場になる以上、爵位があった方がいい。


 ダミアンはアールクヴィスト大公国の工業力の要となり、グスタフは大公国で最も大きな力を持つ魔導師部隊の指揮官となる。どちらも譜代の家臣というよりは個人の才によって役割を果たす立場のため、個人に一代限りに与えられる名誉爵位が適切だ。


 これが、ノエインの考えた大公国の貴族社会の顔ぶれだった。


「それとアンナ。君はエドガーの叙爵で自動的に士爵夫人になるわけだけど、内務長官として、君自身も名誉士爵位を持ってほしいと思ってる」


「それは……いいんですか? 夫の爵位とは別に、私が個別にいただいて」


「うん。君は大公国の内務の総責任者になるわけだからね。それくらいの格は必要だと思うし、僕も主君としてそれくらい報いないと。さすがに一家に二つの世襲爵位があるとややこしくなるけど、名誉爵位なら問題ない」


「……かしこまりました。謹んでお受けさせていただきます」


 爵位について自身の考えを説明し終え、全員の了承を確認し、ノエインは話をまとめに入る。


「他にも色々と話し合うべきことは多いけど、それはこれから他の従士や、場合によっては商人や職人を交えて会議の場を設けていくよ。今日はひとまず、領内の運営をまとめる立場の君たちに今後の大きな方向性を把握しておいてもらえれば大丈夫だから……今後も少しずつ着実に進めていこう」


 そう言って、ノエインはユーリとペンス、アンナに退室を許した。

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