第307話 王家との交渉①

 晩餐会を無事に終えた翌々日。ノエインは再び王城に呼び出され、アールクヴィスト大公国の建国に向けた諸々の話し合いに臨んでいた。


 会談のための一室では、ノエインとオスカーの他にも内務大臣スケッギャソン侯爵が席につき、他にも雑用の文官や護衛の衛兵などが数人同席している。


 さらに、ノエインは自身の側の書記官としてマチルダを隣に座らせていた。王との会談に獣人奴隷を同席させるという異常な振る舞いも、オスカーが何も言わないため、他の者が咎めることもない。


 ごく小さな規模とはいえ国を興すのだから、話を詰めるべき事項は多い。独立を告げられる前にアールクヴィスト家と王家の間で取り決めた事項――例えばバリスタの輸出や傀儡魔法使いの貸し出しなど――についても、取り決めを継続するにあたって改めて条件を確認しなければならない。


「――まず、ランセル王国側にもアールクヴィスト領の独立については既に話をつけた。あちらの王家もお前が大公を名乗り、国を治めることを承認すると確約がとれている。建国そのものについて、あちら側と揉める心配はない」


「なるほど。ではかの国との国境画定などの取り決めは、私が自分で行えばよろしいでしょうか?」


「そうだ。アールクヴィスト大公国は、独立したひとつの国となるのだからな。ロードベルク王国が直接的に口を挟むことはしない。が……どのように取り決めるのが大公国にとって最善かは、頭の良いお前なら理解できると思っていいな?」


 国境線の画定でノエインがあまりにもランセル王国に譲歩しても、逆に欲張ってあまりにも強硬に分不相応の領土面積を取りにいっても、大公国にとっては損になる。大公国と切っても切れない関係になるロードベルク王国にも結局は損が及ぶ。


 そうした事情を理解した上で、ノエインなら常識的なラインに国境線を引けるはず。王家がそう期待していること、今後ノエインにはそうした政治力が求められることを、オスカーは言外に匂わせる。


「もちろんです。少々気の早い言い方になりますが、我が国のために、最も利のある選択をして行く所存ですので。どうかご安心ください」


 アールクヴィスト大公国は東西の王国と比べれば極小の国だが、ただの形だけのお飾り国家になるわけではない。ノエインもそんな国にするつもりはない。


 ロードベルク王国とランセル王国を細い一本道で繋ぐ要所にあり、国家規模のわりには高い軍事力や技術力、経済力を誇り、これからはそうした国力をさらに増していく。


 仮にランセル王国が全力で襲ってきても、地形の利もあり、ある程度の時間は独力で耐えられる防衛力がある。ロードベルク王国にとってアールクヴィスト大公国は、北の国境の強固な砦代わりだ。


 そして、もしもまた二王国の関係が悪化した際も、両国がアールクヴィスト大公国に軍を進めなければ、泥沼の二正面作戦を避けることができる。


 アールクヴィスト家が正しく立ち回っている限りは、大公国への加害行為はロードベルク王国とランセル王国の双方にとって「超えない方がいい一線」になるのだ。


 そんな一線であり続けるためにも、ノエインは周辺国家の意向や情勢を理解した上で適切に振る舞わなければならない。それが結局は大公国の独立を守ることにも繋がる。そんな自国の立ち位置を正しく理解していると、ノエインもまた言外に示した。


「良い心がけだ。心配はしていなかったが、その様子ならやはり独立させても問題はなさそうだな……それでは次に、独立の具体的な時期と、それに向けた準備に関してだ」


 そう言ってオスカーが隣を向き、視線を受けたスケッギャソン侯爵が頷いて話し手を代わった。


「アールクヴィスト大公国の建国までに進めなければならない準備はいくつかあるが、最も時間がかかるのは、現アールクヴィスト領への移民の移送だろう。まずはどの程度の移民の受け入れを卿が希望するかだが……」


 今後も繋がりの深くなるアールクヴィスト大公国に、ある程度の力と安定した社会を保っていてほしいという王家の意向は変わらない。ノエインとしても、独立するのなら人口はもう少し多い方がいい、もらえる移民はもらっておきたいと考えている。


「現在のアールクヴィスト領の人口は二八〇〇人ほど。私としては、人口をここから一〇〇〇人増やし、三八〇〇人を超えた状態で独立したいと考えています。移民を八〇〇人、奴隷を二〇〇人の割合で領地に迎えられればと。奴隷はこちらで馴染みの商人に手配してもらいます」


「……三八〇〇人か。それで足りるのかね?」


 スケッギャソン侯爵の問いかけに、ノエインは頷きながら答える。


「はい。ひとまずそれだけの人口を備えれば、数年前の会談でお伝えした正規兵二〇〇人と予備役三〇〇人の体制を目指す上では十分です。もともと我が領は特殊な成り立ちのため、老人が少なく若い世代が多い。建国の時点で三八〇〇人いれば、すぐに人口四〇〇〇人が見えてくるでしょう」


 そして、視線をオスカーの方にも巡らせながら続ける。


「それに、いくら私の独立まで準備期間をとるとはいえ、あまり長くかかるのは王家としても望まれないかと考えます。移民の規模がその程度であれば、当家の方も、長くとも一年はかからずに家屋の用意や都市整備を終えられるでしょう」


「……そうだな。お前の望みどおりにしてやろう。スケッギャソン内務大臣。移民八〇〇人の選定、内務省に任せてよいな?」


「はっ。ではアールクヴィスト卿、移民の種族や階層については、以前と同じ希望でよいかね?」


 スケッギャソン侯爵のこの問いかけにも、ノエインは穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。


「はい。以前申し上げたように、小作農や単純労働者など、社会的に貧しい層で移民を揃えていただきたく存じます。種族は以前お話したよりも獣人を多く……そうですね、四割ほどまでは獣人で構いません」


「ははは、お前も相変わらずだな。他所の知識人階層が領内社会に入り込むのがそんなに嫌か?」


「畏れながら、我が領では平民の教育も進めておりますので。既存の民に教養を活かした活躍の場を与えたいと考えております」


 会話に入ってきたオスカーに、ノエインは苦笑いを作って答えた。


 アールクヴィスト領が大公国として独立し、ロードベルク王国とランセル王国との中継貿易を行うようになれば、国内の商業の規模は格段に大きくなる。むしろ商業こそが経済の根幹となる。スキナー商会をはじめとした、国内の商会で働く頭脳労働者の雇用も大幅に増える。


 せっかく古参領民に力をつけさせ、同時にアールクヴィスト領を故郷として育った若年層に領主直営の学校で知識を与えてきたのだ。それをここで活かさない手はない。


 外にも帰属意識を持つエリート層など不要だというノエインの考えは、今も変わっていない。むしろ、自身の治める地がただの貴族領ではなく独立国となるにあたって、その考えはより強固になっている。


「そうか。お前がそれで安心できるのなら、好きにするがよい」


 意味深な言い方で笑うオスカーに、ノエインも作り笑顔を崩さない。


 王家が移民の中に何人かの諜報員を混ぜてくるのは承知の上だ。移民を労働者層に絞ったとしても、無学な農民に扮した王家への報告役などは何人か入りこむだろう。


 だが、そうした諜報員はどう足掻いても国民の中に混ざる。大公国を出入りする商人などにも紛れ込む。友好関係にあるとはいえ、異国である以上は仕方ない。


 ノエインとてバートやその部下たち、そしてスキナー商会に領外の情報収集をさせてきたのだ。独立すればその規模も大きくすることになる。国を抱える身である以上、隣国の情報を収集するのはお互い様だ。


 ノエインとしては、そうした諜報員が政治や経済の中枢に当分入りこめないと分かっているだけでひとまず十分だ。


「さて、次は……アールクヴィスト大公国の貴族制度についてだな」


 オスカーとノエインの話が終わったのを確認して、スケッギャソン侯爵がまた切り出す。


「卿は独立とともに大公位を得る。それほど高い称号を持ち、ひとつの国を抱えるのであれば、卿の側近となる臣下にもそれなりの格が必要となる。という話だが……その様子だと、この話をされるのも予想していたようだな」


 その言葉に、ノエインは微笑みを保つ。独立するのならこういう話も出るであろうと、ノエインはあらかじめアルノルドやベヒトルスハイム侯爵から考察を聞かされ、助言を受けていた。


「どのように臣下に爵位を与えるかは、考えているかね?」


「ええ。私の従士長に軍部の総責任者として準男爵位を。その他に、各部門の責任者を務める従士数人に士爵位や名誉士爵位を与えたいと考えています」


 ノエインが答えると、オスカーとスケッギャソン侯爵が顔を見合わせて頷く。そして、今度はオスカーが口を開いた。


「適切な程度をよく理解しているようだな。やはりお前は賢い」


「恐縮です」


 ロードベルク王国とランセル王国では爵位の種類と序列は同じで、例えばロードベルク王国で子爵なら、ランセル王国でも子爵相当と見なされ、社交や話し合いの場ではその爵位に準じた扱いを受ける。


 必然的に、その爵位制度はこれからアールクヴィスト大公国にも適応される。そもそもノエインの大公という位も、もとはこの両国の貴族制度に基づいて立場が保障されるものだ。


 とはいえ、アールクヴィスト大公国は極小の国家。移民と奴隷を迎えて人口が四〇〇〇人近くになったとしても、その規模は一般的な男爵領以上、子爵領以下でしかない。


 そんな国に上級貴族が何人もいては、隣り合う二王国の同格貴族とのバランスがややこしいことになる。準男爵を一人に士爵や名誉士爵を数人置くというノエインの考えは、オスカーの言う通り「適切な程度」をわきまえたものだ。


「そこをわきまえているのなら、あとはこちらが口を出すことではない。お前の国のことだ。好きにするといい」


 ノエインが国家間の貴族のバランスを崩すことがないと分かっているのであれば、オスカーの側からも文句は出ない。大公国内の貴族任命についての話はここで終わった。

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