第308話 王家との交渉②

「移民の受け入れ用意と国内の貴族社会の形成。以上の二点が、アールクヴィスト家にまず行ってもらいたい建国準備だな。あとは、卿の大公としての格を整えるための用意も進めてもらいたい」


 辺境の子爵から一国を治める大公になるのであれば、アールクヴィスト家には今より高い格を形で示すことが求められる。屋敷を見栄えよく改装したり、それに見合った調度品を揃えたり、ノエイン自身がより良い衣服や装飾品を身につけたりと、相応の見栄を張る準備が要る。


「かしこまりました。最終的な建国までの猶予期間は……一年弱といったところでしょうか?」


「察しがよいな。卿の言う通り、ロードベルク王国としては、来年の八月頃に卿の領地で大公位授与式を迎えられればと思っている。それを以て、アールクヴィスト子爵領はアールクヴィスト大公国として独立することになる」


 王家の望むアールクヴィスト領独立の期日をほぼ正確に言い当てたノエインに、スケッギャソン侯爵は頷く。


「では、それまでに一国家としての形を整え、独立後も問題なく国家運営を行えるよう準備を進めてまいります」


「ああ、頑張ってくれ。その他にも取り決めるべき細かな事項は多いが、それについては大公となる卿のみならず、貴族となる卿の部下たちとも話す必要があるからな……一貴族領と一国家では運営の要領も違うので、分からぬ点も多かろう。折を見て、こちらから話し合いと助言のための官僚を送ってよいか?」


「それは……こちらとしてはとても助かります。何卒お願いしたく存じます」


 国として独立するのであれば、外交儀礼や貿易の管理、安全保障面での立ち回りなど、貴族領とは勝手が違う部分も出てくる。ノエインとしては、いくら自身の家臣たちが優秀とはいえ、ゼロからどこまでやれるだろうかと思う部分もあった。


 話し合いのついでにそこを教えてもらえるのは素直にありがたいことだ。アールクヴィスト大公国の失態はロードベルク王国にも損を及ぼす以上、わざと不完全な知識を教え込まれるような心配もない。


「分かった。ではこの件はまたいずれ『遠話』通信網で連絡を送ろう……最後に、終戦直後に王家とアールクヴィスト家で取り決めた、バリスタの輸出と指導役の傀儡魔法使いの貸し出しについてだが。この二点については、そのまま取り決めの通りでよいかね?」


「はい、問題ございません」


 バリスタの大量配備と王家直属のゴーレム部隊の創設は、ベトゥミア共和国の再来を含めた海の向こうからの侵略に備えるためのものだ。ロードベルク王国の危機はアールクヴィスト大公国の危機でもある以上、その危機を避けるための取り組みにノエインが協力しない理由はない。


 王国と友好を保っている限り、王国がバリスタとゴーレム部隊を備えることは大公国にとってもプラスになる。王国が強い方が、ノエインの安心も大きくなる。


「ただ、友好国としてロードベルク王国の軍事力強化に協力させていただくにあたって、一定の配慮はいただきたく存じます」


「配慮、とは?」


「まずひとつは、王家から製造依頼を受けた分のバリスタの輸送に関して、独立後も関税免除の確約をいただきたい」


 ノエインが尋ねると、スケッギャソン侯爵はオスカーの方を見る。オスカーが頷いたのを確認してから、今度は侯爵がノエインに頷いた。


「よかろう。税が免除されるよう約束する」


「感謝いたします。もうひとつは、まだ先の話になりますが……アールクヴィスト大公国がその役割を果たすためにも、現在のゴーレム使い二十四人の体制を、今後も維持したいと考えております。つきましては、現在アールクヴィスト家が抱えている傀儡魔法使いが引退したり死亡したりして欠員が出た際は、ロードベルク王国からの新たな傀儡魔法使いの移住を募集する許可をいただきたい」


 この点はノエインの懸念事項のひとつだった。こうして話す機会がなければ、自分から切り出そうと思っていた。


 クレイモアはアールクヴィスト大公国の国力の柱のひとつとなる。将来的にその規模が縮小すれば、大公国は北の国境を守る砦になり得ず、ベゼル大森林道の整備が滞れば貿易にも支障が出る。ロードベルク王家が才の豊富な傀儡魔法使いを独占してしまえば、それは結果的に王家の損に繋がることをノエインは仄めかした。


「……よかろう。移住者を募集する許可だけでよいのか?」


「はい。私としては、自らの意思で大公国の住人となる者を迎え入れることでクレイモアを維持していきたいと考えております。そのための工夫や努力は自分で考えますので、どうかお気遣いなく」


 中継貿易を進めれば、アールクヴィスト家はその税だけで莫大な富を得る。傀儡魔法使いを雇い入れるためにも多額の予算を使える。


 王家を上回る厚待遇でアールクヴィスト家が傀儡魔法使いの移住者を募集すれば、腕に自信のある希望者は必ず現れる。王家に優秀な傀儡魔法使いを総取りされるような事態にはならないとノエインは考えていた。


「分かった。ではその点についても約束しよう……スケッギャソン内務大臣。後は王国側から話すべきことはないか?」


「はっ。今の話が最後でございます」


 スケッギャソン侯爵に確認を取り、オスカーは再びノエインに向き直った。


「では、それとは別で私から話がある。王家からの独立祝いと、詫びの品についてだ」


「……独立祝いは分かりますが、詫びですか?」


「そうだ。王国内の安定のためとはいえ、裏工作でお前の悪評を市井に広めたことへの詫びだ」


 ノエインは少し驚いたように、小さく眉を上げる。


「てっきり、そうしたものも私の独立の権利に含まれているのかと思っていました」


「ははは。それでもよかったが、臣下の門出のときくらいは一国の王としての器を見せねばなるまい。それでノエインよ、何か欲しいものはあるか? 可能な限り揃えよう」


「ありがとうございます。では……」


 そこで、ノエインはニヤリと笑みを浮かべる。大らかな笑顔を浮かべていたオスカーは、思わずその表情を引き締めた。


「王立研究所で今まさに研究されている、ベトゥミア共和国の魔法塗料。『魔導馬車』の驚異の性能を実現させているあの塗料ですね。あれの製法が解明された暁には、その研究結果を我が国も頂戴したく存じます」


「……あの塗料が王立研究所で調べられていると、お前に教えた記憶はないが?」


「私も別に誰かから聞いたわけではありませんが、研究していないわけがないと思いまして。高性能の魔導馬車をアールクヴィスト大公国が自前で製造・運用できるようになれば、軍事、貿易など様々な面で効果が発揮されます。その利点はロードベルク王国にも及ぶと思われますが、いかがでしょうか?」


 オスカーはノエインの不敵な笑顔を見つめ、同じように不敵な笑みを浮かべる。


「私が嘘の研究成果をお前に送るとは心配しないのか?」


「両国の友好や信用を安易に損なうようなことを陛下がされるはずないと、私は信じています。王国から見て要地にある友好国を、いずれ縁戚となるアールクヴィスト家を、どうして陛下が陥れるような真似をしましょうか」


 あからさまに質の悪い製法を王家が送りつければ、当然ノエインもそれに気づき、王家への信用は崩れ去る。アールクヴィスト家に嫁ぐマルグレーテはさぞ居心地の悪い思いをするだろうし、オスカーやルーカスは下手をすれば自らの娘・妹と対立することになる。


 また、気づかれにくい程度に製法の質を下げて教えても、そんなことをするメリットは大してない。微妙な性能差に気づかれて、結局嘘がばれたときのリスクと釣り合わない。


 正直に研究結果を分けてやるのが最も利益になると、オスカーの頭なら分からないはずがない。ノエインはそう考えていた。


「よく分かっているではないか。よかろう。ベトゥミアの魔法塗料の製法を解明した暁には、その研究結果をそのままアールクヴィスト家にも教えると約束する。誓約書も書いてやろう」


「感謝いたします。それともうひとつ」


「ほう、まだ欲しがるか。言ってみろ」


 面白がるような顔をするオスカーに、ノエインは不敵な笑みのまま続ける。


「アールクヴィスト大公国に、今後も一定量の『天使の蜜』を常備しておきたく存じます。そのために、ミレオン聖教の総本山であるセネヴォア伯爵領と取引をするお許しをいただきたい。これもまた、大公国の役割を果たす上で、万全の備えをするための措置です」


「……どの程度の量が欲しい?」


「原液を六壺ほど備えさせていただければと」


 万が一ランセル王国から侵攻を受けた際に『天使の蜜』の原液が六壺もあれば、バリスタやクレイモアと組み合わせることで、アールクヴィスト大公国は独力で、敵の攻勢を長く防ぐことができる。


 同じ理屈で、もしロードベルク王国が大公国に武力を向ければ、クロスボウやバリスタ、クレイモアに加えて『天使の蜜』による反撃を受け、手痛い被害を受ける。大軍を用いようがゴーレム部隊を導入しようが、ただでは済まない。


 それが分かっている上でオスカーがノエインの要望を認めれば、ロードベルク王国がアールクヴィスト大公国と敵対する意思がないことを示すひとつの材料になる。


「よかろう。ベトゥミア戦争での原液の余りを王家が回収しているから、ひとまずそこから六壺やろう。その分が経年劣化した後のことについては、大公国がセネヴォア伯爵領から相応の寄付と引き換えに原液を受け取れるよう、王家からも口添えしておいてやる」


「ありがとうございます。その二点について確約をいただけるのであれば、独立祝いやお詫びの品としては十分です」


「……これでお前は、次世代以降も大きな武器となる技術や魔法薬を保持する権利を得たわけだ。単なる金銭ではなく、長い目で見て利益になるものを要求するのはさすがだな」


「お褒めに与り、恐悦至極に存じます」


 涼しい微笑みを浮かべながら頭を下げたノエインに、オスカーは小さく苦笑する。


「その頭があれば、独立後も大過なく国を維持できるだろう。今後もまだ実務面で話し合うべき事項はあるが、ひとまず今日は終いだ。参内ご苦労であった」


 オスカーのその言葉で、その日の会談は締められた。

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