第266話 やるべきこと①

 ロードベルク王国西部軍が陣の最前列に並べる一〇〇体以上のゴーレムを警戒して、攻勢を一時停止してから四日目。ベトゥミア共和国軍の西部侵攻部隊の軍団長たちは、意見を割っていた。


「……いや、やはりあれはどう考えてもおかしいだろう。敵のはったりだ」


「はったりじゃなかった場合はどうするのだと言っている! 馬鹿みたいに力任せに暴走するゴーレムが一〇〇体以上など……そんなところに兵を突っ込ませたらどれだけの死者が出ることか。できるだけ死人を増やすなと言われているのに!」


「そうだ。それでなくても、兵士たちもあのゴーレムの暴れぶりを見ている。それがあれだけ大量に並んでいるところに突撃しろなどと命じたら、また士気が下がってしまうぞ!」


「考えても見ろ! あれだけの戦力があるのなら、どうしてあちらから攻めてこないのだ。二日目の戦いで出し惜しみして二〇体ほどしか動員しなかったことも説明がつかないだろう」


 意見対立の原因は、他でもない敵陣のゴーレムだ。あのようにゴーレムを動かせる手練れの傀儡魔法使いが一〇〇人もいるわけがない。あのゴーレムの大半はただの張りぼての人形なのではないか……という考えを巡って賛否が分かれていた。今は「ゴーレムは張りぼてである」派がやや優勢だ。


「……フォスター大軍団長閣下、そろそろご決断されるべきときかと。覚悟を決め、攻勢をかけるべきです」


「いえ、ここは慎重を期すべきです。持久戦を仕掛けるか、攻勢をかけるのであれば後方に増援を要請して、あのゴーレムの大群に確実に勝てる大火力を用意するべきです」


「……」


 埒のあかない話し合いを続けながら正面を振り返った軍団長たちを前に――アイリーンはニヤリと笑った。


「諸君らの意見は、確かにどちらも間違っていないだろう。なので私は両方を取り入れることにした。敵に攻勢をかける。なおかつ、慎重を期す」


「フォスター閣下?」


「よく意味が……」


 怪訝な表情を浮かべる軍団長たちにアイリーンは続ける。


「あのゴーレムの大半はただの張りぼてである、という意見が出た時点で、私は対話魔法使いを使って西部侵略軍の本部に要請を出した。その要請が聞き入れられ、この最前線まで増援が送られることが今朝決まった……現地住民による奴隷部隊が二〇〇〇。それが増援の内容だ」


「なっ!?」


「……なるほど。確かにそれなら……」


 アイリーンの言葉に驚愕する者もいれば、その意図を察して頷く者もいる。


 現地住民による奴隷部隊は、その言葉通り、支配域内のロードベルク王国民を戦闘奴隷として動員したものだ。


 元が一般平民なのでまともな戦力にはならないが、妻や子どもを人質に取り「命令に従わなければ人質を殺す」と言えば素直に言うことを聞くのでそれなりに使い勝手はいい。ベトゥミア人ではないので、使い潰しても惜しくないのも大きな利点だ。


 実際に、奴隷部隊は現地調達できる手軽な労働力として、昨年の侵略開始時からそれなりに使用されている。荷運びの人夫や雑用係として、あるいは戦場の最前列に並べる肉の盾や捨て駒の特攻部隊として。


「二〇〇〇の奴隷部隊を敵陣に突撃させる。大半が元は農民とはいえ、これだけの数が一斉に襲いかかれば敵もそう簡単には防ぎきれまい。必ずゴーレムを使うはずだ。動くゴーレムが先日のように二〇体だけなら、敵ははったりをかけていた、ということになる。ついでに同胞と戦わせることで、敵の士気を削ぐこともできるだろう」


「素晴らしい策ですな。さすがはベトゥミア共和国軍にその名が轟くフォスター閣下です」


「敵のこけおどしを打ち破りましょうぞ!」


 ベトゥミア兵を消耗せず敵軍のゴーレムの謎を解ける目処が立ったことで、この膠着状態にストレスを溜めていた軍団長たちは機嫌よくアイリーンを褒め称える。


「アハッツ伯爵領の西部侵略軍本部から奴隷部隊が届くまで、魔導馬車を用いても早くて三日だ。馬車が戻る際には先の戦闘で出た負傷者も全て後方へ移送するから、今のうちに準備を進めておけ」


 敵が用いる得体の知れない毒による負傷者は、移送が間に合わず今も多くが野営地に残っており、その世話にまた多くの兵士を割いている。部隊を身軽にするためにも、負傷者の移送は急務だった。


「以上だ。不毛な軍議は終わりだ。兵士たちも十分に休んだであろう。次の戦いに向けて働かせろ……解散」


・・・・・


 ゴーレムに混じった木偶人形にベトゥミア共和国軍が怖気づき、攻勢を止めてから八日後。


 ここ数日は指揮官として暇を持て余し、寝られるうちにできるだけ寝ておこうと朝遅くまでテントで眠っていたノエインは、マチルダに体を優しく揺さぶられた。


「ノエイン様、お目覚めください。フレデリック様がお呼びです」


「……っ、分かった。行こっか」


 ノエインはすぐに目を覚まして起き上がると、マチルダが差し出してくれた杯を受け取って眠気覚ましに水をひと口飲む。その後、軍服の上着を羽織ってマチルダと共にテントを出る。


 司令部の天幕に入ると、フレデリックがすぐに用件を伝えてきた。


「ノエイン殿、敵が動き出した。おそらく今日の午後にも攻めてくる」


「……そうですか。まあ、こんなはったりで一週間以上も持ったのなら上出来でしょうね」


 天幕を出て本陣の中を歩き、敵軍を見渡せる場所まで移動しながらフレデリックと言葉を交わすノエイン。


 敵と交戦すれば否応なしにゴーレムの大半が張りぼてだと気づかれるだろうが、ここまで実に一週間以上にわたって敵の攻勢を止めることができた。遊撃戦を行うための小部隊が南西部に浸透するまでの時間稼ぎとしては十分だ。


「敵は何やら増援を呼んでいたようだが、おそらくはその兵を用いるのだろうな」


「確か二〇〇〇人くらいでしたよね。一体どんな部隊なのか……」


 バラッセン子爵が提供してくれた秘密の山道も使いながら、ノエインたちは敵陣の後ろ側にまで偵察隊を送り込んでいる。その報告によると、少し前に二〇〇〇人規模の兵士が後方から輸送されてきたという。


 敵の方を見やっても、確かに今までとは違う兵士が最前列に配置されるかたちで隊列が組まれているようだった。


「……あの新手の部隊、やけに装備が貧弱だな」


「えっ……本当ですね」


 フレデリックの言葉に、子ども時代の読書生活のせいでそれほど視力の良くないノエインは目を細めて敵陣を見ながら答えた。


「あれでは兵士というよりただの農民だ。まともな鎧も身につけていないし、武器もただの鉄製農具……なるほど、そういうことか」


 新手の敵部隊の正体に思い至ったフレデリックは、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「あれはロードベルク王国民だ。おそらくは強制的に徴兵されているのだろう」


「……なるほど。ものすごく性格が悪いけど、頭のいい策ですね」


 ノエインも顔をしかめながら答えた。死んでも惜しくない敵国の民を奴隷兵として用いて、敵軍にぶつけてみて罠の有無を確かめる。内容はとても褒められたものではないが、コストの面では非常に効率的だ。


 西部軍の兵士たちも、敵の最前列に並ばされているのが同じ王国民だと気づき始める。自分たちと同じロードベルク王国の農民が敵として並んでいる状況に、徴募兵の多い西部軍全体がどよめく。


 無理もないことだった。農民たちからすれば、住むところが違えば自分たちもあちら側にいたかもしれないのだ。


「……まずいですね」


「ああ、こんな状態で攻撃など命じたら、士気の低下は免れないだろうな。戦わずに済めば一番いいが……降伏勧告をしたとして、あの部隊が応じると思うか?」


「思いません。僕がベトゥミアの将なら、あの王国民たちの家族を人質にとった上で『戦わなかったら人質を殺す』と言います」


「だな、私でもそうする」


 二人が話している間にもざわめきは大きくなり、その一方で敵は着々と攻勢の準備を進めていく。


「戦うしかないですよね……」


 あの奴隷部隊を『天使の蜜』で麻痺させたところで、敵は意に介さず彼らを見捨てるだろう。そうしたら今度はノエインたちが二〇〇〇人もの負傷者を抱えることになる。五五〇〇人を切っている西部軍ではとても世話をしきれない。


 すなわちあの二〇〇〇人を、敵に脅されながら並ぶ民を、殺すしかない。いくら感情的なためらいがあろうと、兵士たちが忌避しようと、やるべきことは決まっている。


「……仕方ありません。僕が前に出ます」


「ノエイン殿?」


「こういう時は大将が手を汚すべきでしょう。それが人の上に立つ者の務めです……マチルダ、『拡声』の魔道具を」


「はい、ノエイン様」


 マチルダから差し出された『拡声』の魔道具を、ノエインは口元に構える。


「……諸君!」


 西部軍全体に向かって、ノエインは声を張った。

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