第172話 記念祭③

 レ・ギムリ大会も一回戦、二回戦、三回戦と進めば、連戦を重ねた出場者の疲労も溜まる。そこで、上位進出者の休憩を挟む意味も兼ねて、番外編のような試合も行われる。


 番外編のひとつが、女性のみを対象とした試合。出場枠はわずか数人だが、その全てが獣人の女性兵士ということもあり、男たちに負けず劣らずの迫力ある戦いを見せていた。


「はっ!」


「うわああっ! ……ま、負けた」


 その決勝でさほど時間をかけずに勝利を決めたのは、領主ノエインの副官であり、直属の護衛であるマチルダだった。彼女の跳躍からの蹴り技を受けて、虎人の女性兵士が倒れ伏す。


「おお……あれだけ体格差があるのに」


「さすがは領主様の護衛なだけあるな……」


 自身より頭二つほど背が高い相手をあっさり倒してしまったマチルダを、観客たちも感心した様子で見る。


「いたたた……さすがはマチルダさんね。とても勝てないわ」


「いえ、あなたもなかなかよく鍛えられていたかと……ただ、私も日常的に訓練を続けていますので」


 そう言葉を交わすマチルダと女性兵士。マチルダは身分こそ奴隷であるが、その立場もあって、アールクヴィスト領内で彼女を一般の奴隷扱いする者はもういない。


 マチルダは今回自分が当然のように勝利すると考えており、実際に勝利した。


 もともと格闘術には才覚があり、おまけにこの数年は従士長ユーリから定期的に指導を受けていたのだ。その背景には、ノエインを守るために強くあらねばならないという使命感があった。今では、その強さは相当なものだとユーリからも認められている。


 だからこそ自身の優勝を無闇に誇りはしないが、自分がノエインを守るにふさわしい存在だと周囲に示せたことに関しては内心で嬉しく思っていた。


「お疲れさま、マチルダ。よくやったね」


 マチルダにそう声をかけたのは、わざわざ壇上から降りて間近で彼女の戦いを見守ってくれていたノエインだ。愛する主人からの直々の賛辞に、マチルダは片膝をついて頭を下げる。


「ありがとうございます、ノエイン様。この勝利もあなた様への忠誠の証です」


「君の忠誠をあらためて受け取るよ。マチルダ、君は僕の誇りだ」


 領民たちの面前で、あえて彼らに聞こえるようにはっきりと語るノエイン。マチルダは表情こそ変えず微動だにしなかったものの、内心では震えるほどの喜びに満たされた。


(今は立場的にマチルダを愛でてあげられないけど、今夜はめちゃめちゃに褒めて撫でて可愛がってあげよう……)


 一方のノエインは、そんなことを考えていた。


・・・・・


 レ・ギムリ大会のもうひとつの番外編として、10歳から14歳を対象とした未成年の部があった。


 こちらの出場枠は16人。兵士の子どもから農民の子ども、奴隷の子どもまで、力自慢の少年が集まっている。


 そんな中に、小柄ながら善戦して準決勝まで進んでいる者がいた。対話魔法使いで、名誉従士のコンラートである。


「てえいっ!」


 自分より年上で体も大きい相手の懐に、コンラートは果敢に飛び込んで腰に掴みかかる。そのまま相手を倒そうと押し込む――と見せかけて、急に足を踏ん張って自分の側に引いた。


「うおおっ!? 危ねえ!」


 コンラートの思惑通り、相手は前につんのめる。そのまま転ぶかに見えた相手だが、


「畜生っ!」


「ぎゃっ!」


 咄嗟にコンラートを掴んで引き寄せ、彼を下敷きにするように倒れた。先に地面についたのは下敷きのコンラートなので、相手の勝利だ。


「危なかったなぁ。おい、大丈夫かよコンラート……様」


「大丈夫大丈夫。ていうか『様』はよしてよ」


「いや、だってお前もうノエイン様に仕える従士だし、魔法使い様だからさ……」


 以前は一緒に遊ぶことも多かった対戦相手の少年の言葉に、コンラートは苦笑する。


「公の場ではともかく、こういうときは昔みたいに話してよ」


「そ、そうか? そうだな……にしてもお前、強くなったな」


「僕は代えが利かない人材だからね。いざというときに自分の身を守れるように、従士長様に鍛えられてるんだ」


 自分を死なせないのも魔導士の仕事のひとつだ。コンラートは今では自衛のための戦闘訓練も受けている。


「そっか。魔法使いも大変なんだな……まあ、今回は俺が勝ったけどな」


「ははは、けっこういい勝負したつもりだったけどね」


 相手の少年は恵まれた体格と運動能力を買われて、成人するとともに領軍に入ると聞いている。そんな相手と善戦しただけでも上出来だろうとコンラートは考えた。


 と、そこへコンラートの幼馴染の少女が駆け寄ってくる。


「コンラートくん、大丈夫っ?」


「平気だよ、ありがとう……かっこ悪いところを見せちゃったね」


「そんなことないよ! 凄かった! 魔法が使えるだけじゃなくて戦えるなんてかっこいい!」


 一生懸命に褒めてくれる幼馴染を前に照れ笑いを浮かべるコンラート。一方で対戦相手の少年は、少しばかりムッとした表情を浮かべた。彼が以前この少女のことを少しばかり好きだったのは、友人の間では知られた話だ。


「……俺の前でいちゃつくなよ。お前ら早く結婚しちまえ」


「えっ!? で、でも私たちまだ未成年だから……」


「あははは」


 弱冠10歳にして名誉従士になり、大人たちに囲まれて働くようになったコンラート。久々に子どもらしく同世代の友人と話して騒ぐ時間が、彼には無性に楽しかった。


・・・・・


 女性の部と未成年の部を挟んで再開されたレ・ギムリ大会の本試合。ここまでくれば、残っているのは戦闘職の従士をはじめ、腕っぷしにおいて領内で名を知られた者ばかりになる。


 商人ギルドで最も勝ち進んだのはヴィクター、奴隷で最も勝ち進んだのはノエインの所有するザドレク。しかし、彼らも精鋭の兵士や従士には敵わず敗北していった。


 その後も試合が進み、リック、ダント、ペンスが敗北していき――決勝に残ったのは従士長ユーリと、戦いの腕では唯一彼に匹敵すると言われているラドレーだった。


「予想通りの決勝になったな」


「何の面白みもねえですね」


 広場の中心。何百人もの観客が見守る中で、アールクヴィスト領で最強の二人が向かい合う。


「特に番狂わせもなかったね」


「はい、順当な流れだと思います」


 一方、壇上の特等席ではノエインたちがその様を見守っていた。ノエインとマチルダ、クラーラだけでなく、壇に上がることを許された従士たちも集まって最終試合が始まるのを待っている。


「ねえペンス、クラーラはペンスに賭けてたんだってよ」


「それは……ご期待にお応えできず申し訳ないです」


 ノエインがからかい口調でペンスに言うと、彼は低いテンションでクラーラに小さく頭を下げた。慌てた様子のクラーラが気にしないでほしいとペンスに返す。


「えらく落ち込んでるね? そんなにラドレーに負けたのが悔しかった?」


「……まあ、一応は俺にも勝ち目があると思ってたんで」


 ペンスによると、三十代後半に差しかかったラドレーなら多少は体力が衰えて自分でも勝てるかもしれないと思ったらしい。


「だけど全然駄目でさあ。あのおっさん、年取ってるはずなのにむしろ強くなってやがる。そろそろ従士長が負けるんじゃないですかね?」


 投げやりにペンスが呟くと、ノエインは苦笑した。ラドレーをおっさん呼ばわりするならペンスももう大概ではないかと思うが、その突っ込みは心の中だけに留める。


「あっ、そろそろ始まるみたいだね」


 ノエインが視線を向けた先で、審判役の兵士が試合開始を告げる。


 戦いが始まってまず動いたのはラドレーだ。体格でユーリに劣る彼は、姿勢を低くして肉薄し――突進するように見せて、いきなり真横に飛び退いて背後に回り込もうとする。


 それを予想していたらしく、ユーリは後ろに飛びながら体を捻って向きを変える。


 ラドレーを捕まえようとしたユーリに対して、ラドレーは大きく跳躍し、ユーリの背中を踏み台にさらに背後に回った。


 人間離れした立体的な動きに広場の観客たちが沸く。


 その後も互いに一進一退の攻防がくり広げられる。


「……これ、ほんとにどっちが勝ってもおかしくないね」


「はい、先に集中を切らして隙を見せた方が負ける……という状況でしょうか」


 ユーリもラドレーも手練れだからこそ、互いに隙を作らず決定打が生まれない。


 もう10分近く戦い続けているのではないだろうかというほど試合が続き――焦りが出てやや強引に攻撃を仕掛けたラドレーが遂にユーリに捕まる。


「でりゃあああっ!」


 ラドレーを片手で無理やり持ち上げ、地面に落とすユーリ。審判の宣言で自身の勝ちを確認すると、荒い息を吐きながらそのまま自分も地べたに寝転んだ。


「……ちっ、今日こそ、か、勝てると思ったのによお」


「……馬鹿が……まだ、譲らねえよ」


 息も絶え絶えにそんな会話を交わす二人。アールクヴィスト領の最強を決める場となったレ・ギムリ大会は、こうして従士長ユーリの意地の勝利に終わった。


・・・・・


 レ・ギムリ大会の最後を飾るのは、領主ノエイン・アールクヴィストによるエキシビションマッチである。ただし人間による試合ではなく、ゴーレム同士の戦いだ。


「……ノエイン様、本当に二対一でいいんですね?」


「構わないよ。領主の強さを見せてあげるよ」


 試合前に改めて確認してくるグスタフに、ノエインは不敵な笑みを浮かべて返す。


「それじゃあ……遠慮なく」


「俺たちだって訓練を積んできたんすから、簡単には負けねえっすよ!」


 ノエインの無意識の挑発に野心をくすぐられ、グスタフともう一人のゴーレム使い――アレインが言った。七人のゴーレム使いの中ではムードメーカー的な存在で、ゴーレム隊お披露目の治水工事ではどや顔でゴーレムを操って領民の娘たちの気を引いたりしていた青年だ。


 ゴーレム同士の本気の勝負、という異色の状況に観客たちもどこか緊張感をもって見守る中、審判役が試合開始を告げる。


「アレイン、打ち合わせ通りに」


「おう、任せろ!」


 グスタフとそう言葉を交わして、アレインは自身のゴーレムをノエインのゴーレムに突っ込ませた。その速さに観客たちがどよめく。


 アレインは細かな技術では他のゴーレム使いたちに敵わないが、単純な突進力だけではノエインにさえ引けを取らない。彼のゴーレム操作訓練の最終的な成果を見たときには、ノエインも少し本気で驚いたほどだ。


 凄まじい速さの突進がノエインのゴーレムに向かう一方で、グスタフは自身のゴーレムをその側面に回り込ませる。アレインの突進で翻弄しつつグスタフが隙を見つけて攻撃する、というのが彼の考えた策だった。


 しかし、ノエインはグスタフの予想外の方法でそれに対処する。


「なっ!?」


 ノエインのゴーレムが突進に対して急に背を向けたのだ。思わぬ行動にアレインが驚く。


 ノエインはそのままゴーレムを跳躍させ――アレインのゴーレムの突進を足の後ろ側に当てさせ、その反動を利用して空中で回った。


 ゴーレムの重量だと、自力で空中で一回転などできない。相手の突進の力を利用したからこその動きだ。重いゴーレムが宙を舞うのを見て、観客たちがどよめく。


 回りながらノエインのゴーレムはアレインのゴーレムの頭を掴み、自身が地面に降り立つ勢いも加えて後ろに引き倒す。アレインのゴーレムは無様に背中から転び、引き倒された勢いで頭がすっぽ抜けて転がった。


「やだーまた修理しないと!」という魔道具職人ダフネの声がどこかから響く。


 牽制役のアレインがあっさり戦闘不能になったのを見て、グスタフはため息をついた。


「……ああ、勝てない」


 一対一ではグスタフがノエインの技量に敵うはずもない。それから30秒と持たずにノエインの勝利が決まった。


「うおおおお!」


「すげえ! ノエイン様すげえ!」


「ゴーレムってあんな動きができるんだ!」


 圧倒的な勝利を飾った領主を、観客の領民たちが口々に称賛する。


 領主の頼もしさは領地の安定に直結する。単純に戦いで強ければそれだけでいいというわけではないが、こうした分かりやすい力の誇示は民の支持を集めるには非常に有効だった。


「……これからも領主として、この力で君たちを守ろう!」


 ゴーレムに拳を突き上げさせ、ついでに自分も拳を上げ、そう宣言するノエイン。ちょっと格好をつけ過ぎかとも思ったが、領民たちがそれに歓声で応えてくれたところを見るに受けはよかったらしい。


 レ・ギムリ大会が幕を閉じた後も祭りは夜まで続き、誰もがアールクヴィスト領の豊かな発展を実感しながらその日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る