幕間 ユーリとペンスのその後

「疲れたな。年には勝てん」


 帰還後、兵士たちと共に領軍詰め所に直行して装備の片づけを終えたユーリは、ようやく自宅に帰って一息つく。


 傭兵として国内各地を渡り歩いていたのも、もう5年近く前の話だ。そろそろ40歳も近くになって全盛期と比べると衰えも見えてきた体に、今回の出征はなかなか堪えるところがあった。


 居間の椅子にどかっと腰を下すと、つかまり立ちで寄ってきた息子のヤコフを抱き上げる。


「ほーら、父さんが帰ってきたぞ」


「おとーたま、おかえいなさい」


「おお、また言葉が上手くなってるじゃないか」


 一歳を過ぎた頃から、ヤコフは少しずつ意味のある言葉を喋り始めた。これまでユーリに子を育てた経験はなかったのであまり実感はないが、これは世間一般の子どもと比べるとなかなかに成長が早いらしい。


 抱え上げられてキャッキャッとはしゃぐヤコフを見て、ユーリも相好を崩す。家族以外には絶対に見せない、しまらない笑顔だ。


「あらあら、久々に帰ってきてもまた私じゃなくてヤコフから構うのね?」


 そんなユーリの横で、机にお茶の入ったカップを置きながらマイが呆れ声で言った。


 ヤコフが成長していくごとにユーリの親ばかぶりは増していき、出征前は仕事から帰るなりヤコフの相手ばかりしていた。戦争帰りでもそれは変わらないらしい。


「なんだ、お前も構ってほしかったのか?」


「そんなの……当たり前でしょ。お帰りなさい」


「ああ」


 自身も傭兵としてユーリと共に戦ってきたマイにとって、ただ彼の帰りを待つというのは本当に久しぶりのことだった。まだ子どもの頃、傭兵団の雑用係としてユーリに使われていたとき以来だ。


 待つ側になれば心配も募るし、恋しくもなる。


 マイは何も言わずユーリの後ろから両腕を回し、彼を抱き締めた。ユーリもされるがままになる。


「……今はヤコフをしっかり構ってあげて。でもこの子が寝静まったら私を構ってもらうわよ」


「……ああ」


・・・・・


「わ~、ここが今日から私たちの愛の巣になるんですね~」


「変な言い方するなよ」


 ペンスの家――今日からはペンスとロゼッタが暮らす家に入ってまず最初に、彼女はそう呟いた。今までは領主家屋敷の住み込みのメイドだったロゼッタだが、これからは通いで働くことになる。


 屋敷の自室を引き払って持ってきた私物は、やや大きめの鞄がひとつだけ。中には私服の着替えと小物、化粧品と多少の貯金くらいしか入っていない。一平民の持ち物などこんなものだ。


「奥様、これからよろしくお願いします」


「わ~、奥様だなんて、照れます~」


「ほら、照れる前にちゃんと挨拶を返してやれ」


 ロゼッタを「奥様」と呼ぶのは、ペンスの所有する農奴たちだ。


 普段は従士として働きつつ自身の農地も持っているペンスは、その管理を農奴に任せていた。当初は一人だけだったが、年頃の農奴の妻として新たに女性農奴を購入し、結婚させている。


 普段はペンスの自宅の隣で小屋暮らしをしている農奴夫婦だが、仕事が忙しいペンスの代わりに出入りして家事もしてくれている。主人が妻を迎えるのならこれから顔を合わせることも多かろうと、いち早く顔合わせをするためにこちらに来ていた。


「えへへ、二人ともよろしくお願いしますね~」


「前にも話したが、ロゼッタはメイドとしてノエイン様のお屋敷に勤めてる。だから俺たち二人とも家を空けることも多いと思う。今後もお前たちに家のことを頼むと思うが……」


「はい、大丈夫です」


「いつでもお申しつけください」


 従士副長としてそれなりの高給取りであり、さらに農地からの収入もあるペンスは、農奴夫婦にも普通より多めの給金を渡している。そのため二人とも仕事への意欲は高い。


「それじゃあロゼッタ、俺の……じゃなかった、俺たちの寝室はこっちだ。荷物を」


「はい……えへへ」


 ペンスがそう言い直したことが嬉しくて、ロゼッタは小さく笑いながら彼のあとに続いた。

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