第119話 帰りを待つ④
「それじゃあ俺たちは出る。後のことはおめえらに任せるから、落ち着いて対処しろよ」
「はい、お任せください」
ラドレーの言葉に、まだあどけなさの残る若い領軍兵士が頷いた。
領都ノエイナに残って防衛を務める兵士は若い者を中心に6名。そこに農民たちのまとめ役であるエドガーや、領民の男たちの中から有志が加わることになる。
「ドミトリさん、フィリップも、よろしく頼むな」
「おう、自分の商会がある街を守るためだ。奮戦させてもらいやすぜ」
「商人だって利益を守るためなら戦うこともありますからね」
街の有力者である建設業商会長のドミトリと、御用商人のフィリップがそう言って笑う。自分たちの拠点であるアールクヴィスト領を守るためならと、彼らは喜んで協力を申し出てくれたのだ。その声に応えて防衛に加わった領民も多い。
「いざというときの女性と子どもの避難は任せて」
「私も魔道具で少しは戦えるから、皆を守らせてもらいます」
「ええ、ありがとうございます。マイさん、ダフネさん」
アールクヴィスト領婦人会を運営しているマイと、攻撃用魔道具についての知識があるダフネの言葉に、バートがそう返す。
「私たちもマイさんを手伝います……あなた、無事に帰って来てくださいね」
「おう、俺あ大丈夫だ。心配すんな」
「バートさんもどうかお気をつけて」
「ああ、必ず戻って来て君を抱き締めるさ」
ジーナとミシェルがマイに並びながら言った。心配そうな表情の妻たちに、ラドレーもバートも力強く答える。
オーク狩りに参加する他の兵士たちも、それぞれ家族や友人から激励の言葉をかけられていた。
「……皆さん、決して楽な戦いではないと思いますが、どうかこの領を守ってください。そして、どうかご無事で」
オーク討伐隊を見送るために集まった面々を代表して、クラーラがそう発言する。彼女はラドレーとバートが考えた作戦実行や領都防衛のために、自ら声をかけて各方面の協力を取りつけてくれた。
アンナやメイドたちはここにはいない。市街地までオークが侵入した場合に備えて、領内で最も頑丈な士爵家の屋敷に領民たちを避難させる準備をしているからだ。
「お任せくだせえ」
「必ずオークの脅威を払って見せます」
ラドレーとバートの言葉に合わせて他の面々も頷いて見せ、総勢30人以上のオーク討伐隊は領都ノエイナを出発した。
・・・・・
「林道の先にオークの気配はありません。付近の森の中にも気配なし」
「分かった、ご苦労だった」
偵察から戻ってきたバートの報告に、ラドレーはそう答える。
「……よし、それじゃあ行くぞ、ヘンリク」
「分かりましただ」
ラドレーの指示でヘンリクは乗っていた荷馬車を進める。ラドレーは荷馬車を守るように、馬をその左側につけた。
荷馬車に積まれているのは大量の餌――ジャガイモと干し肉、そして生きた豚一頭だ。
御者としてアールクヴィスト領でも随一の腕を持つヘンリクが務めるのは、その技術を活かしての迅速な餌の運搬だ。巧みに馬を操り、荷馬車を討伐隊から十分離れた位置まで素早く移動させ、馬の輓具を外す。
それを確認したラドレーは荷馬車の真横に近づき、生きたまま荷台に繋がれている豚の体に剣で軽く切れ目を入れた。突然の痛みで豚が少し暴れるが、口は事前に縛ってあったので鳴き声は上がらない。
さらに、ラドレーは剣の先で、荷馬車に取り付けられた魔道具のボタンを押し込んで起動させる。するとすぐに、羽根を十字に取り付けたようなその魔道具が回り始めた。
「よし、急いで戻るぞ」
「分かりましただ」
ラドレーは馬を走らせて荷馬車から離れる。その斜め後ろには、鞍のない裸馬を器用に乗りこなすヘンリクが続いた。
二人は足早に林道を駆け戻り、他の討伐隊の面々が身を隠す森の中に飛び込んだ。
「上手くいったぞ」
「お疲れさまです……ヘンリクは後方に下がっていてくれ」
小声で言ったラドレーに、バートも声を抑えて返す。
「後は待つだけだ……リックはバリスタで狙い撃つ準備をしておけ。他の奴らはそのまま周辺を警戒しろ」
「「了解」」
荷馬車から離れる際にラドレーが起動したのは、十字に付けられた羽根が回ることで風を生み出すだけの単純な魔道具だ。
富裕層が夏場に涼むために使うこともあれば――魔物狩りでターゲットを誘い出すために、動物の血の匂いなどを流す用途で使うこともある。
輸送隊が放棄した荷馬車付近の痕跡を見るに、オークたちは林道から見て西側の森にいるはずだ。なので豚の血の匂いを西に向けて流す。
オークが林道を越えて東側に移動している可能性もあるが、今は確率が高い方に賭けるしかない。
ラドレーたち討伐隊は息を潜め、ひたすらにじっと待つ。
それから一時間と経たないうちに、狙い通り、林道の西側からガサガサと音が聞こえてきた。
木々をかき分けて出てきたのは――三匹のオークだ。
オークたちは荷馬車に近づくと、逃げようともがく豚を殴り殺した。そのまま豚を引きちぎって分け合い、貪り始める。さらに、ジャガイモや干し肉にも手を伸ばして齧る。
オークのうち一匹はまだ普人程度の体長しかない。おそらく子どもだろう。一方で他の二匹は2mを超える成体で、特に片方は3m近い巨躯を誇っている。おそらく大きい方がオス、小さい方がメスの番だ。
どうやら親子三匹で行動しているらしい。基本的にオークは番と親子以外では群れないので、これは予想されていたことだ。
林道の真ん中で荷馬車に積まれた餌を食らうオークたち。そこから南に向かってカーブしている道を外れ、森の中に隠れた討伐隊は、攻撃の機会をじっと窺う。
一台しかないバリスタの射手を務めるのは、領軍の中で最も狙撃が上手いリックだ。彼はバリスタの先端をオークたちに向け、ラドレーが合図として肩を叩けばいつでも発射できるように狙いを定める。
他の面々も、息を潜めて攻撃の指示を待つ。
と、そのとき。父親と思われる最も大柄なオークがピクッと鼻を動かすと、何かに気づいたように南を、すなわち討伐隊の方を見た。
「!」
次の瞬間、リックが反射的にバリスタの引き金を引く。弦が空気を切る鋭い音が響き、真っすぐに飛んだ極太の矢がオークの一匹を貫いた。
矢が当たったのは母親と思われるメスのオークだ。胸のど真ん中に矢を受けたそのオークは、鳴き声を上げる間もなく崩れ落ちる。
その時には子どものオークも気づいて立ち上がり、一方で最も大柄なオークは棍棒を手に討伐隊に向けて走り出していた。
「ブゴオオオッ!」
食事を邪魔されたためか、後ろで番が倒れたことに気づいているのか、怒り狂って雄叫びを上げながら突っ込んでくるオーク。
「すみません自分で!」
「いい!」
“一匹でも仕留められるうちに自分の判断でバリスタを撃ちました”と短く報告するリックにそう答え、ラドレーは槍を手に森から飛び出す。その後ろにバートも続く。
「俺がでかい方を引きつける!」
「あれを一人では無茶です!」
「やるしかねえ!」
あれだけの巨躯を誇るオークだ。真正面から相手どれば手伝いの奴隷たちはもちろん、領軍兵士でも危うい。死なずに牽制できるとしたら、戦闘経験が豊富で体が頑強なラドレーだけだ。
ラドレーは槍を手に林道を駆ける。こちらへ迫るオークとの距離が数瞬のうちに縮まり――オークが棍棒を振り上げたタイミングで真横に飛び退いた。
林道の脇の木にぶつかるようにして体を止めるラドレー。一方のオークはラドレーの動きに反応しきれず、何もない地面に向かって棍棒を振り下ろす。
視界の端では、子どものオークと距離を詰めたバートが、同じようにフェイントをかけて横の森へと跳ぶのが見えた。
二人が森に退避したことで、林道には二匹のオークだけが残る。
「放てえっ!」
そこへ後方から声が響いた。領軍兵士と奴隷のクロスボウ隊を率いるダントが、隊列を組ませてクロスボウを撃つよう指示を出したのだ。
見通しのいい林道で、真正面にいる図体の大きな獲物を狙うだけだ。素人の奴隷も混ざっているとはいえ、そう狙いを外すことはない。
20人強のクロスボウ隊が一斉に矢を放ち、それが二匹のオーク目がけて飛んだ。
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