第54話 鍛冶師は変わり者③
「それにしても、これほど素晴らしい新兵器の発想をどうして親方さんは放っておかれたんでしょうか……」
「あの人は頭が固くて考えが古臭いんですよ。俺がこの設計図を突きつけても、ろくに見もしないんです。それに俺の話を聞いても『弓は弓兵が体で撃つもんだ、兵士をやったこともないお前に何が分かる』って。自分だって戦ったことなんてないくせに……」
ノエインが聞くと、ダミアンはそう愚痴をこぼした。
「それでも、一度は試作をさせてもらえたんですよね?」
「確かに作らせてはもらえたんですけど……部品のかたちも付け方も全てが手探りだったんですよねえ。試作品は矢が真っすぐ飛ばないし威力不足だし、使い物にならなかったんです」
「なるほど。でも、そうした問題は試作と改良をくり返していけば解決していくでしょうね」
「そう! そうなんですよ! そもそも開発ってそうやって試行錯誤するもんじゃないですか! それなのに親方はたった一回の試作を見て『ほれ見ろ、やっぱり使い物にならねえ。夢みたいなもん作ってないで修業しろ』って……あの頑固ジジイ」
親方への反発を露わにするダミアンを見て、ノエインは苦笑する。
この工房の親方はベテランだけあって鍛冶師としての腕は確かだが、王国北部の保守的な気風にどっぷり染まっているためか、分かりやすく「頑固な職人」といった雰囲気の人物だ。
若く野心に溢れ、柔軟な発想力を持ったダミアンのような人間との相性は最悪だろう。
アイデアとしては素晴らしいダミアンの設計図に見向きもしなかったのも、「若くて未熟な職人が開発なんて生意気だ」という意地に囚われていたようだ。
「まあ、親方さんにも職人として譲れない哲学があるのでしょう」
「ふんっ、そんなしょうもない哲学、豚の餌にもなりゃしませんよ」
「あはは……でも、僕はあなたの設計図を見て大きな可能性を感じましたよ。それにあなたから詳細な説明を聞いて、この兵器が実用的な水準にまで達する見込みもあると思いました」
ノエインがそう評すると、ダミアンは途端に目を輝かせて前のめりでノエインに迫る。
「ええっ! そ、それじゃあ……」
「はい。是非あなたをうちの領に迎えたいと思っています。工房と開発予算は僕が与えましょう。もちろん、鉄製品の修繕など鍛冶師としての仕事も手がけてもらうことになりますが……それでも必要十分な時間を開発に充てることができると思いますよ」
「構いません! 今までは開発すること自体が許されなかったんですから。開発を許されて予算までもらえるなんて夢みたいですよ! やったあ! やったあああ!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶダミアンを横目に、ノエインはマチルダに頼んで親方を呼んできてもらう。
ノエインがダミアンを引き取ると聞いた親方の驚き様は相当なものだった。
「本気でこいつを引き取るおつもりですかい!? こんな若ぞ……こんな礼儀知らずな馬鹿を?」
「ですが、鍛冶師としての腕は十分だとも聞いていますが?」
「まあ、確かに実力も経験もそこらの若手より遥かに上ですが……はっ、こいつが閣下の領に迎えられたら、うちへの発注はなくなりますか!?」
ダミアンに仕事を取られると危惧した親方は、慌てた様子でそう言った。
「いえ、修繕などはダミアンさんに頼んでうちの領内で行うと思いますが、新しい農具や工具、武器の発注は当分はこちらにお願いすると思いますよ」
人口が増え続けるアールクヴィスト領の鍛冶仕事までダミアン一人にすべて振るのは無理がある。そうした仕事でダミアンを長時間拘束するより、彼には開発を手がけてもらう方が領全体にとってもノエインにとってもプラスになるだろう。
そう考えてノエインが言うと、大口の仕事が無くならないと分かった親方はほっと息をついて胸をなでおろした。
・・・・・
レトヴィクの工房での話し合いからわずか1週間後。工房を即行で退職したダミアンは、アールクヴィスト領の領都ノエイナへと移住してきた。
以前作ったというクロスボウの試作品や自身の工具、ノエインから当面の開発資金を受け取って買い集めた鉄など、その引っ越し荷物は相当な量がある。この移住のためにわざわざ荷馬車と御者を雇っているほどだった。
「ノエイン様! いやー来るのが遅くなってすみません。工房の仕事の引継ぎなんかで時間をとられちゃって。開発の素材集めにも手間取ったもんですから」
「いや、十分早いと思うけど……とにかく、無事にたどり着いてよかったよ。それにしても荷物が多いね?」
「せっかく開発に打ち込める環境も資金ももらったんですから、つい素材や道具を大量に買っちゃいました!」
「そっか。張り切ってもらえてるならよかったよ」
アールクヴィスト領の領民となるダミアンに対しては、ノエインも口調を変えて領主として接する。
「それじゃあ、さっそく工房の方に!」
「ちょっと待って、まずは君が寝泊まりする部屋に案内するから。屋敷の方に行こう」
待ちきれない様子でそう急かすダミアンに、ノエインは苦笑しながら答えた。
ダミアンはひとまず臨時の従士待遇で迎えられ、ノエインの屋敷に個室を与えられて生活することになる。
彼がクロスボウの開発・量産を成功させ、鍛冶師としての仕事ぶりにも問題がないようであれば、技術職の従士として正式に迎え入れようとノエインは考えていた。
ノエイン直々に屋敷の個室へとダミアンを案内し、従士用の執務室や、食堂、浴室などの場所を説明する。さらに、屋敷に勤めるメイドたち3人の紹介も今のうちに済ませた。
「というわけで、何か用事があるときはこのメアリー、キンバリー、ロゼッタに申しつけてね。あとは……ひとまず説明するのはこれくらいかな?」
「それでノエイン様、俺が使わせてもらう工房はどこに!?」
「工房は南西の川辺の方に作ってあるよ。この領都ノエイナを囲んでる木柵に、川辺と行き来するための小さな門が作ってあるから、そこから――」
「南西の方ですね!? 木柵の門を出て進めばいいんですね!? ありがとうございます! 行ってきます!」
「あ、ちょっと――」
ノエインが声をかける間もなく、ダミアンは既に屋敷の正面玄関から飛び出していった。
「今度の従士さんは私よりも元気な方ですねっ、ノエイン様っ」
「ノエイン様のお声がけを振り切るだなんて、あの方の頭は大丈夫なのでしょうか?」
「面白い人が増えてまたお屋敷が賑やかになりますね~」
明るく元気なメアリー、生真面目なキンバリー、おっとりした性格のロゼッタ。それぞれの言葉で新しい住人への感想を語るメイドたち。
「ああ見えて、職人としては優秀なんだろうけどね……」
「それにしても、部下としても領民としてもあまりにも礼儀が足りないように思えます。私が彼に身の程を教えましょうか?」
ノエインが軽んじられていると感じたとき、マチルダは怒る。今回もダミアンに対しては思うところがあるらしい。
「いや、彼のあの振る舞いは職人としての熱意の表れだからね。まあ暴走気味ではあるけど……誰に迷惑をかけるわけでもないんだから、彼はあのままでいいよ」
ノエインが子ども時代に読んだ本でも、優れた才能や技術を持った人物の多くは、人間的にはクセの強い部分があったと記されていた。
あの振る舞いと引き換えに職人として実績を示してくれるのなら、ノエインとしては何も文句はない。
「とはいえ、あの調子じゃ寝食を忘れて開発にのめり込みそうだね……メアリー、キンバリー、ロゼッタ。彼がちゃんと夜には帰って食事や睡眠をとってるかどうか、見張ってもらっていいかな?」
「お任せくださいっ」
「しっかりと見張ります」
「体を壊したら大変ですもんね~」
ノエインの頼みに、メイドたちはまたそれぞれ個性のある返答を示した。
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