第53話 鍛冶師は変わり者②
「ご無沙汰してます親方さん。急な訪問になってしまってすみません」
「いやあ、アールクヴィスト士爵閣下ならいつでも大歓迎ですよ」
バートがレトヴィクで若い鍛冶師と親方の言い争いに巻き込まれた日からおよそ2週間後。
従士のバートだけでなく、その主であるノエインが直々に工房を訪れたことに驚きながらも、親方はそう笑顔で応対した。
場所は工房の表の受付ではなく、貴族などの富裕層と商談をするための応接室だ。
ノエインは自領で必要とする農具や工具などのほぼ全てをこの工房で発注している。その取引額は親方にとってかなりの稼ぎになっている。そんな上客のいきなりの登場に、親方としてはやや緊張しつつもできる限りの歓待をするのは当たり前だった。
「ところで、本日はどのようなご用件で?」
「実はこのバートから、こちらに面白い鍛冶師がいると聞いたものですから。ちょっと話してみたいと思いまして。何でも新しいものの開発に意欲があるという……」
「あ、あの若造のことですかい!?」
ただの農具の受け取りのためにノエインがわざわざ来たのではないことは親方にも分かっていた。しかし、まさかあの問題児でしかない若造に会いに来たとは予想外だ。
「あいつはただの夢見がちな若造でして、とても閣下にお会いさせるほどのもんじゃありませんよ、ははは」
「そうなんですか? まあ、僕もせっかくレトヴィクへ足を運んだので、親方さんがよろしければぜひ話してみたいんですが……同じ夢見がちな若造同士、気が合うかもしれませんし」
ノエインが微笑むと、親方の顔が引きつる。
まだ若く、おまけに「ベゼル大森林を開拓する」という目標を掲げて邁進しているノエインの前で「夢見がちな若造」などという貶し文句を使ったのは浅はかだったと今さらながら気づいたのだ。下手をすればノエインのことも軽く見ていると捉えられかねない。
「どうか彼と一度お会いさせていただけませんか?」
「は、はい! すぐに呼んできますんで、少しばかりお待ちくだせえ」
もう一度ノエインが微笑んで見せると、親方は飛び跳ねるように椅子から立ち上がって作業場へと走っていった。
「……言っておきますけど、その鍛冶師、とんでもなくクセが強いですよ。ノエイン様と張り合えるくらいの」
「それは楽しみだね」
待っている間にバートとそんな会話を交わしながら、ノエインはヘラヘラと笑う。
バートから「面白いものを作ろうとしている職人がレトヴィクの工房にいた」と報告を受けたノエインは、すぐに自らその職人に会うために足を運ぶと決めた。
バートが見たという設計図の話を聞いて、わざわざ出向く価値があると感じたのだ。
「閣下、お待たせしました……ほら、とっとと来い!」
「何なんですかまったく……なんで俺がお客さんに会わないといけないんですか」
「うるせえ! 貴族様がお前にお会いしたいって仰ってるんだよ!」
親方に引っ張られるようにして作業場からやって来たのは、気だるそうな雰囲気を漂わせる20代半ばほどの男。無造作に伸びた髪と雑に剃った髭、貴族の客人を前にこんな態度をとるところを見ても、相当な変わり者だと分かる。
親方によって応接室の椅子に無理やり座らされた若い男に、ノエインは声をかけた。
「初めまして。僕はこのケーニッツ子爵領の西隣にある、アールクヴィスト士爵領を治めるノエイン・アールクヴィストと言います。どうぞよろしく」
「はあ、どうも」
「……」
「……」
「ば、馬鹿! お前も名乗るんだよ!」
挨拶すら終わらないまま会話が途切れてしまったのを見て、親方が慌てた様子で男に拳骨をかます。
「いってえ……えっと、俺はダミアンっていいます。ここで鍛冶師やってます、はい」
「ご挨拶どうも、ダミアンさん」
若い男――ダミアンの礼儀正しいとは言えない振る舞いを前にしても、気を悪くした様子もなく微笑んで見せるノエイン。
「親方さん、申し訳ないんですが、少し席を外していただいても? ダミアンさんも上司の前だと話しづらいかもしれませんから」
「そ、そりゃあ構いませんが……あの、こいつはこの通り馬鹿なもんで、何か失礼をやらかすかもしれないんですが……」
「彼の振る舞いについては問題にしないとお約束しますので。どうかお願いします」
「わ、分かりやした」
それでも少し不安そうな表情を浮かべたまま親方が退室するのを見届けると、ノエインはあらためてダミアンの方を向く。
「ダミアンさん、急にお呼び立てして申し訳ない。実はあなたの開発しようとしている新兵器に興味がありまして。何でも『訓練を受けていない者でも弓を扱える夢のような武器』だとか……」
「き、聞いてくれるんですかっ!?」
ノエインが話を切り出すと、椅子から飛び上がってテーブルに乗らんばかりの勢いで食いついてくるダミアン。あまりに劇的な反応だったので、後ろに控えていたマチルダが咄嗟にノエインを守ろうと前に出たほどだ。
予想を上回るダミアンの食いつきっぷりにさすがに少し面食らいながらも、ノエインは「大丈夫だよ」とマチルダを制して話を続ける。
「はい、ぜひ詳しい話をお聞きしたい。場合によってはあなたをうちの領に迎えて、開発のための予算も出したいと考えています」
「本当ですか! ああっ夢のようです! あなたは神様ですかっ!?」
「あくまで『話を聞いた上で考える』という意味です。まずは詳細を伺っても?」
「もちろんです! よかった、やっと俺の話をちゃんと聞いてくれる人に巡り合えました!」
・・・・・
戦場の花形は騎士……すなわち騎兵であるが、戦争で犠牲者の数を決めるのは弓兵である。
ある学者がとった統計によると、戦場では剣でも槍でもなく、そもそもの使い手の絶対数が少ない攻撃魔法でもなく、弓こそが最も多くの人間を殺している。
飛び道具とはそれほどまでに強力なものだ。故に、精鋭の弓兵を揃えることは強い軍を備えることと直結する。
しかし、優れた弓兵の部隊を維持するのは容易なことではない。
剣や槍なら振り回してぶつければとりあえずダメージを与えられるが、弓には弦を引く筋力とその姿勢を維持する体力、的確に的を狙う判断力、そして十分な速度の矢を狙い通りに飛ばす技術が要る。「弓を扱う」というのは特殊技能なのだ。
そのため、実戦レベルの弓兵を育てるには金も時間もかかるし、その練度を保つのも一苦労だ。
そんな弓兵を取り巻く事情があるからこそ、バートの報告を聞いたノエインはこの若い鍛冶師……ダミアンに興味を抱いた。
ダミアンの考えた「誰でも弓兵になれる新兵器」とは、弓を横向きにして木製の台座に固定し、弦を引いて矢をセットし、引き金を引けば弦が弾かれて矢が飛んでいく……という構造の武器だった。
「俺はこれを『クロスボウ』と呼んでいます」
「なるほど。由来は『アレクサンドル戦記』に出てくる弓使いの名前ですか?」
「そうです! いやーさすが閣下、よくご存じで!」
アレクサンドル戦記は、この大陸南部ではそれなりに知られた冒険譚だ。その登場人物で、主人公アレクサンドルの仲間でもある最強の弓使いクロスボウの名を兵器に冠したらしい。
「にしても、これは素晴らしい発想ですね……これなら一から弓兵を育てるより遥かに短い時間で弓部隊を作れるでしょうね」
「そう! そうなんです! 何せクロスボウはただ相手に向けて引き金を引くだけでいいんですから。多少の練習は要るでしょうが、弓の訓練とは比べ物になりません。その気になれば子どもにだって扱えますよ!」
ただ相手に向けて引き金を引くだけで矢を放てる弓。これが実用化されればとんでもないことになる。まさしく戦争のかたちが大きく変わるような兵器だ。
極端な話、これが一人一台あればアールクヴィスト領の人口150人がそのまま弓兵150人に化けることだって可能なのだ。
話を聞きに来てよかった、とノエインは考える。これほどのものを開発しようとしている人材を逃す手はない。
おまけにダミアンは鍛冶師だ。アールクヴィスト領に未だ1人もいなかった鍛冶師を迎えられると考えれば、ますます彼が欲しい。
思わず不穏な笑みを浮かべて舌なめずりをしそうになるのを堪えながら、ノエインはこのダミアンを領へと迎え入れることを決めた。
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